不死人 「死ねる事の意味」
70になって不死になったBARのマスターがいた。
俺が気まぐれにいった東京の高円寺のマスターで。
珍しく名前を変えずにのらりくらりとかわして、この高円寺に住んでいる変わり種だった。
子供とは死別しており、年齢は俺より遥かに上で、俺はマサトさんと呼んでいた。
酒なんて飲めりゃいいとおもう、そんな俺でもうまいと思えるそんな酒をつくるひとだった。
BARは落ち着いた木目調の空間でカウンター席が10席あるくらいだ。
高円寺の雑多さがこの店に来ればなくなっていた。
マサトさんは気まぐれな人で、あり合わせのつまみと酒をつくり、その日の気分で値段を決める。いずれも500円以下の値段で。
金もなくオシャレに呑みたい若者たちや訳ありな男女、バンドマン、世の中に疲れた人間。そんな人達がマサトさんを慕い集まってくる。
マサトさんは高円寺における怪異にも言われていて、テレビにも一時期出ていた。
たまに人に紛れて俺のような同族もいる。
BARの他にアパートも何件か持ち、高円寺での生活を楽しんでるようだ。
見た目は身綺麗で髭を蓄えている穏やかな人、老人と呼ぶには少しだけ躊躇するような世の中でいえば老人。バーテンダー特有の制服がよく似合う。
身長は俺と似たような身長で俺より身体ががっしりとしている。枯れ専女子にしてみたら魅力的だろう。
たまにプライベートでも遊ぶが、丁寧な遊び方をする。誰にも染まらず、無口ではあるが、話を聞く事に長け、無言でご飯をご馳走し、相手の趣味に合わせてエスコートをする。
永い時を生きてもなかなか気をつかえない奴もいるので、すごいなあと思う。
まあ極度の甘党なのでボリュームあるパフェを幸せそうに食べるのはギャップがあるが。
父親が居なかった俺にしてみれば父親とはこんな人なのかなあと思う。
永い時の中で死ねる事の意味を失う奴もいる中で、マサトさんは死ねる事の意味を大切にしている。
死に別れた友の名前も死に別れた家族や知人の名前も忘れる事はなく、1度辛くはないのか? と聞いた事があった。そして答えたのは
「終わらない人生という旅路に彩りを残した愛すべき終わりある者達の名前を覚えるくらいなんてことはない」
そんな解答だった。
俺は人に関してそこまで興味がないし、目の前の出来事さえなんとかできりゃ基本的にはどうでもいいが。
マサトさんにとっては人というのは愛すべき存在で、忘れ得ぬ大切なものらしい。
俺たちは種族の特性で覚えときたい記憶は絶対に覚えることのできる便利な特性を持っている。多分脳内の仕組みが不死に耐えうるだけの仕組みに変容してるかなんからしいが、友人の検査受けてみてもレントゲンでは確認できず、人体を調べるための手術はさすがに俺も友人もやめておいた。
一応戸籍があり、人間として生活している以上はなるべく逸脱しないことをしたほうがいいだろう。不死や不老だとしても俺たちは死ぬのだから。
俺はそれなりに楽しく過ごしているし、面白い毎日になるようにしてる。
心と体が健康でないとどうしようもないのは命ある者ならどれも一緒。
終わらないことを羨むひとも居るんだろうが、どうなんだろうな。
永く生きるより寿命があるなかで見出す輝きも大事なんだとおもうが。
不死を得た俺たちの中にも死にたい奴もいれば永遠を喜ぶ奴もいるし、名を変え顔を変え好き勝手やる奴もいれば危険思想がやばすぎてずっと監視付きで投獄されている奴もいる。
まあ好き勝手にできるのはいいことだ。
たまに人外関連で交渉の席につかされることもあるし、永い人生で人間以外の言葉も覚えた。
最近では俺らの中でも進化した奴がいて、再生能力を手に入れた奴もいるらしい。
映画のような話だ。
死にたくない奴からしたら俺らの存在は黄金のような存在らしいし、血液型もそんな変わらないし、輸血するくらいなら問題ないらしいが。
臓器に関しては適合率が非常に低いらしい、それは細胞自体が人間の身体になかなか合わないというのと、細胞同士の質が合わずに適合しづらい。
なんで知ってるかと言うと、表ではないところで、合意ある状態で移植手術をすることを知り合いから聞いてたからだ。
医療には詳しくないが、マサトさんみたいに人間に関して想いを持つ同族が細胞提供とかして、研究に協力している研究所もある。
秘密裏に繋がりを持つ奴らは案外いる。
まあそいつらはそいつらなりに生きているので、俺は別に気にしない。
生きることは自分が納得し、生きれたらそれでいいのだ。
マサトさんも養子で孫を何人か引き取ったみたいだし、なんだかんだ40くらいの美人な女性を彼女にしているようだし、マサトさんもマサトさんなりに不死の人生を人間として楽しんでるようだ。
俺は恋人つくらん主義だし、子供の面倒みるのは好きだが、いかんせん家族を知らないので良い父親になれる自信がないし、嫁さんや子供が出来たとしても先立たれたら立ち直れない気がする。
先立たれても永遠を生きる先輩たちはすげえよ。
発達障害当事者の詩人が色々と経験しながら生きていくかんじです。興味あれば支援してくださるとありがたいです