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#タクシードライバーは見た「苦心する母娘」後編

「このまま頑張れないなら、もうあなたみたいな子はいりません」
「本当に要らないからね。」

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前回のあらすじ
母娘が乗ってくると、何かの習い事のお迎え帰りで
その習い事で注意されたことについて母が娘に叱っていた。
罵倒するように甲高い声が続き、車内は張り詰めた空気が続く。
継続について“やる”か“やらない”か聞かれた娘は“やる”と言うが、
その反応は本心ではないように思えた。
そして、母は言う「ママに認めてもらいたいなら頑張りな」

前回の記事
https://note.com/taxi_driver1/n/n911deb052fe0

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母親の罵倒はまだ続く。

熱した鍋から熱水が蓋の淵から噴き出てくるかのように、言葉が次から次へと掛けられる。冷静に言葉を発しているようにはみえない。
まだ幼く純粋な気持ちで
『ママに認められたい』という思いと、
でも『楽しくないからどうしたら良いのか分からない』
そんな二つの思いが娘さんの涙腺を溶融させる。
今まで褒められて嬉しかったことも、くだらないことで笑い楽しかったことも頭に浮かび混交しているのかもしれない。
そんな情景を頭に浮かべてしまった私も、目頭が熱くなる。

「あなたみたいな子はいりません」
母親は厳しさで出した言葉かもしれないが、
まだ5.6歳の娘さんにとっては重く苦しい言葉だ。
そんなこと言わなくてもいいんじゃないかと思う僕の心は
相変わらず自分に言われているようにチクチク感じるものがあった。
しかし、母親の罵倒は止まらない。さらに温度を上げていく。

「あなたさー、年下だからってスクールでカワイイカワイイってチヤホヤされるから自分の事かわいいと思ってるんじゃないの?」
「・・・・」
鼻水をすする音と、泣くことで乱れた呼吸だけが聞こえてくる。
「そんなの今だけだからね」
「・・・」
「あんたのその顔なんて直ぐに崩れるよ」
遂に、暴言といえることを言い出した。
こんなこと、厳しさでもなんでもない。
ただただ、自分にとってのこうあってほしい娘像からかけ離れていくこと、娘の気持ちや行動を受け入れることが出来ないことを自分の苛立ちに乗せてぶつけているだけ。
しかも、大事な大事な娘に。その娘のためにもならない。
その言葉を言われたその娘はどういう感情を持てば良いのか、
ただただ言われた暴言に『うるせぇババア!』と思うだけの余裕はない。
厳しいとはいえ大好きなママに言われたその言葉は、
巻き上げられない重い錨になって心の深くに沈んだままになるかもしれない。

その後、罵倒は落ち着いた。
塾から帰るお姉ちゃんを迎えるため別の場所で停まり、少し離れた時間が
母親の心を和らげてくれたのだろう。
しかし、その離れた時間は私を悩ませた。
「(あ、飴持ってたな。あげよっかな、、、でも、なんて声かけよう。
『今いる状況が全てじゃないよ、安心して』なんて声かけても理解できないだろうな)」
静かな車内ですすり泣く声が聞こえる。
余計なことかもしれないが、その状況でその娘に何かしてあげたほうが良いのか?と悩んでしまうのは誰でもあるだろう。
だが、また別の考えが浮かぶ、

「(というか、そもそもオレが勝手に妄想してるだけで
ただただ悔しくて泣いてるだけかもしれない。
よく、卓球の天才選手なんかは子供の頃から負けず嫌いで悔しくて何度も泣いていたって見たことがあるし、)」

そうこうしているうちに姉と母が戻って来た。
お姉ちゃんを迎え、車内に戻ってきてからは姉にスクールの注意された話はするが罵倒はしなくなった。
お姉ちゃんはこれまたしっかり者に見える。
しかも心優しく、泣いている妹に詰め寄ったり
母親が話す妹のスクールの話に同調して責めることもなく
ただ隣に座る。
後部座席の一番右が妹で、真ん中が姉、左の母が座っている。
それだけで妹は救われているかもしれない。
すすり泣く声も聞こえなくなった。
姉の迎えを待つ間、私と二人、車内に残される時間にあれこれ考えていたのも無駄だったなと恥ずかしく感じるくらい無言で優しく妹を包んでいる。
姉の優しさは強い。
自宅へ到着し降りた後も、姉の側について歩いていた。

対照的に、感情に任せて大事な娘に暴言を吐く母は、、、
と言いたいところだが
“暴言を吐いた”というところだけ切り取って母親も責めることは違うような気もする。
確かに、娘にかける言葉とは思えない言葉を吐いた。
だが、その言葉の裏には、子育ての難しさ、自分の持つ母親像との違い、
周りの人間関係、夫との関係。
そして、
「この子のが将来苦しまないため、良い生活が出来るために
厳しく叱らなければならない」
そんな、子を想う良心と様々なものを抱え交錯し、圧し掛かった末に出してしまったことなのかもしれない。
この母娘の背景は分からない。
人間はそれぞれの環境、出来事、その時の感情によって
常に自分が理想としている生き方ができるものではない。
他人のことなんて簡単に理解することも出来ない。
だからきっと、こんな感じで良いのかもしれない。

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