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読書感想

残像に口紅を 筒井康隆 (著)

最初の読書感想文から、だいぶ時間が経ってしまった。

本当は何冊も読み終わっているけど(私はだいたい同時並行で5冊くらい読み進める)文章にまとめるとなると、どうしても腰が重くなっちゃう。いかんいかん。

今回読み終わった本は筒井康隆の実験小説と言われる「残像に口紅を」

もし、世界から「言葉」が順々に失われる世界で小説を書くと、どうなってしまうのかという内容の本書。

例えば、「あ」という文字が失われたら、「貴方」という呼びかけもできなくなってしまうし、「愛」という言葉が概念ごと消えてしまう。「安倍」とか、名前に「あ」が含まれる人は、存在が消失して、その人がいたという記憶ごと消えてしまう。残された人は、いきなり人が消えた後の奇妙な状況や、どこか「変だ」という違和感を覚えるものの、すぐ忘れてしまう。

この「消えた人が残した僅かな名残」が、タイトルで言う「残像」である。

読む前は、言葉が消失した際の世界の混乱やトラブルをメインに書くのかなと予想していたけれど、全く外れた。

この小説の主人公は「佐治勝夫」という壮年の売れっ子小説家なのだが、彼は「言葉が消える」という奇妙な現象の仕掛け人でもある。「残像に口紅を」は、まるで佐治の私小説のように、話が進んでいく。

なんと、佐治は「言葉が消えていく」というのを自覚しているし、それどころかメタ的な視点すら持っている。文中には「虚構とした手立て」と明文されて、時間軸が唐突に飛んだり、登場人物の行動がまるっとカットされていたりする。これも「実験小説」だから出来る技だと思う。

だからこの本の最初の部分を読んだときは、少し物足りなく感じた。元々、言葉が失われていく喪失感や悲劇が書かれた小説だと思っていたけど、そこはこの小説の主題ではない。

佐治は言葉が消えていくという現象の、いわば共犯者なので、例え自分の娘が消えても「物悲しい」という、淡い気持ちを感じるに過ぎない。概念が消えてしまうことで起きる混乱も、強引に解決されていく。

ただ、後半になるとグッと面白くなった。もはや残っている言葉の方が少ない世界で、なんとか生活しようと足掻いている、名も知れぬ人々は可笑しいし、どこか切ない。

佐治の文章も、最初は流暢だったのが、使える言葉が減ってくるにつれてどんどん硬くなっていく。ただ、本当に後半にならないと、文章がたどたどしくならないのは、さすが筒井康隆である。

「半分読んで面白くなかったら返金してよろしい」という触れ込みで、袋とじで売られたという本作。個人的には面白くなるのは、半分よりもっと後になってからである。

でも、読み終わったときに胸の奥に残る、物悲しさや切なさは、タイトルの「残像に口紅を」に相応しい。

印象に残る本だった。

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