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大空をゆく

愛犬との朝の散歩。天気はいいが、その分朝晩の空気がピリッと冷える季節になってきた。いつものように庭を抜けて、畑へ向かう。すると先に畑へいた母が、空を指さして叫んだ。

「早く早く! あれ見て!」

木々に遮られ、母が指さす方向が見えない。愛犬と駆ける間、ギャアギャアという鳥の声だけがやたらと聞こえた。ようやく空が見えたその瞬間――

ひときわ大きいギャアギャアという鳴き声とともに、渡り鳥の、今までに見たことがないほどの大編隊が、私たちの頭上をかすめていった。

とんでもなく、でっかい「V」。
近すぎて大きく見えるのかもしれないが。
とにかく、ものすごい、迫力。

このへんは毎年稲刈り後の田んぼに渡り鳥がやってきて、春までに何度も美しい編隊を見せてくれる。いつもは白鳥が来るが、今のは別の大型の鳥だったと思う。

多分飛び立ってすぐだったのだろう。首の長さや、足、お腹の羽毛が、朝日を受けてはっきり見えた。こんなに近くで、真上を、見事なVが飛翔するのは初めて見た。

大編隊はぐんぐん上昇し、あっという間に小さなVになって山の上へ向かっていった。感動で呆けている私の横で、母が叫ぶ。

「うわーすごい! リーダー誰だろう!」

母の感想はいつも私の斜め上をいく。斬新さに思わず吹き出し、それまでの感動は吹き飛んだ。

V字編隊の先頭は、もっとも風の抵抗を受けて体力を奪われるため、時々入れ替わるのだとテレビで教わった。だから先頭にいるのがリーダーとは限らない。

そもそも彼らにリーダーがいるのかもわからないが、まったくいないとなると、誰がどうやって皆をまとめ、あんな整然と飛び立つのかも謎だ。

まさか大相撲の立ち合いのように、呼吸を合わせて突然飛び立つのだろうか。それとも一羽が飛びながら、皆を誘うのだろうか。あるいは町内会のように、前もってお知らせがあるのだろうか。

「明朝、天気が良かったら飛び方練習します。大規模編隊を組む予定なので、参加人数多めに受け付けます。出発時の先頭ですが、希望者がいなければ私がまず先頭をやりますので、あとはいつもどおりの入れ替わりでお願いします」

なーんてやりとりが……
気づけば鳥たちの町内会について考えていた。

私一人だったら、さっきの大編隊から町内会へ、とはならないのだが。母の発想は渡り鳥に負けず劣らず、大空をゆく。


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