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イトコに響いた、電話番号一覧を壁に貼る理由

昨年コロナが落ち着いたとき、隣県に住む30代のイトコ姉弟が父にお線香を上げに来てくれた。父との思い出や近況をひととおり話したあと、イトコたち――特に親と住んでいる弟の方が、私と母にいろいろと相談をしてきた。

今後親に何かあったとき、まず誰に連絡すべきか、お墓は新しく建てるのか、それとも実家のお墓に入るのか、などなど。子供の頃のイメージしかなかったが、彼らもそういうことを考える世代になったのだ。

帰り際、姉の方が廊下の壁を指さした。そこには電話番号を書き連ねた、大きな紙が貼ってある。

「前にこれの話を聞いて、なるほどって思って、ずっと頭に残ってるの」

電話機のそばにこうして親戚、親類、ご近所さんの電話番号一覧を貼っておくことは、私の地元――特に高齢者のいる家ではよく見る光景である。こうするといちいち電話番号を調べる必要がないし、文字も大きいから、じいちゃんばあちゃんも助かるわけだ。

個人情報保護の観点からはいかがなものかと思われそうだが、電話番号一覧を貼っておく大切な理由は、もうひとつある。

もしも家族の誰かに何かあったとき、駆けつけたご近所さんたちがこの電話番号一覧を見て、関係者に連絡してくれるのだ。

地元の他の人たちもそれがスタンダードかはわからないが、少なくともうちの母とご近所さんの間ではそういう話をしてある。うちは廊下に貼ってるから何かあったら娘に電話してね、うちも何かあったら息子に電話よろしくね、と。

実際、祖母が救急搬送された際には、この一覧を見て私から隣町の叔母へ電話をし、駆けつけた叔母はこの一覧を見て他の叔父叔母たちに連絡を入れている。ああいう緊急時の焦っているとき、この一覧はものすごい威力を発揮する。

「私もこういうの、やろうかなぁ……」
イトコが、単なる社交辞令ではない様子でつぶやいた。どこか憧れているようなその表情――

今この子が感じていることは、もしかしたら私が実家に戻ってきたときに感じたことと同じかもしれない。

――家族って、家の中にいる人だけじゃないんだな。身内だけじゃないんだ。ご近所さんたちも「ファミリー」、みたいな。

それまでは自分の部屋や家の中が、安心できる最大領土だった。でも今は安心の領土がグーンと広がって、安心と警戒の境界自体がスーッとなくなったような感じ。心がふっと、楽になる。

そういう世界で暮らしているから、電話番号一覧がどこの家にも貼られている。

今は人とのふれあいは難しいだろうが、すべてが落ち着いたら、イトコたちにも頼れる「ファミリー」が増えることを願っている。


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