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一話完結小説/創作日記

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一話完結小説の本棚。創作活動についてや、作品にまつわる話も。
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2023年3月の記事一覧

【一話完結】ワラビアンナイト 魔女のまちなか変身体験講座のお知らせ

ワラビアンナイト 魔女のまちなか変身体験講座のお知らせ 大陸の西方に、国土の東半分を砂漠に覆われた国があった。民は西半分でしか暮らせなかったが、山々の水を地下水路で引いていたし、砂漠を渡る隊商たちが立ち寄るため、街は栄えていた。 その街の、衣類を扱う店の前に、ファナンという娘がいた。ファナンは近頃、嫁入りの話を親から言われることが多くなっていた。 砂漠から吹き込む砂埃も気にならないほどファナンが見つめていたのは、店の表に出された一枚の張り紙。 【魔女のまちなか変身体験

【一話完結】ワラビアンナイト パン売りハッサンのガンドゥギレシピ

ワラビアンナイト パン売りハッサンのガンドゥギレシピ 都の大路の西側にある市場街。その一角の家畜を扱う市場で、青年アスランは、ほっと胸をなでおろしていた。 今朝、まだ夜が明けないうちに家を出て、手塩にかけた羊二頭をなんとか希望の値で売ることができたのだった。 アスランは手にした金を丁寧に懐へしまい、大路へと向かう。 大路へ足を踏み入れると、露店がずらりと並び、食べ物の匂いがアスランを出迎えた。東西の交易の中心地であるこの都には、多種多様の食べ物が集まる。 この匂いは鶏肉

【一話完結】ワラビアンナイト 都の露店街にて

ワラビアンナイト 都の露店街にて 大陸の中央にある都は、東西の交易の中心地でもあり、朝からにぎわっていた。露店がひしめき、大路には珍しい民族衣装を着た者たちが行き交っている。 今年十一になった明凛は、大路から離れるように露店街のはずれのはずれへと向かった。そこは大路と違って場所代がかからない。明凛のような子供でも、好きに露店を張ることができた。 そのかわり割り振られる区画は狭く、場所取りも早い者勝ち。質の悪いものも出回るため、寄り付く客の数も大路には劣る。 「ここ、空

【一話完結】ワラビアンナイト 西の釜師

異世界に暮らす人々の日常を綴った短い物語たち。一話完結です。 ワラビアンナイト 西の釜師 東から西への長い旅。 男の髪とヒゲは旅の間に伸び、白いものもまじり始めた。 目的がある旅ではない。 ただ祖国にしがみつく理由がなくなっただけのこと。 やがてたどり着いた地は、文化も、そこに住む人々の容姿も、祖国のそれとはまるで違っていた。 それなのに、なぜだ。 この地に、祖国の技がたしかに息づいている。 男の祖国は、優れた鉄器と、それを作る釜師がいることで名を馳せていた。その

【文学フリマ体験記】初出店での悩ましい出来事と、翌年の解決策

文学フリマに初めて出店したのは、2017年。 このとき私は、悩ましい出来事に遭遇する。 運営サイドに問題があるという話ではない。 なんていうか、社交辞令的なことについてである。

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【小説】短編集サクラサク(4/4) 1年後

短編集サクラサク 4.1年後 息子が会社を辞めると電話で言ってきたのは、入社してからもうすぐ1年が経とうという頃である。 高校卒業前に車の免許だけは取っておけという私の言いつけを守らず、自動車学校に行きもしなかった。 部活もいつの間にか行かなくなっていた。 頭の出来は「中の下」か「下の上」。 教科によっては「下の下」である。 当然親戚からの評価も、低い。 唯一胸を張れるのは、そんな息子が高校3年生になって急に成績を上げ、大学まで行けたことである。 だが(特に私に対

【小説】短編集サクラサク(3/4) らしくない

短編集サクラサク 3.らしくない パソコンのキーボードを叩く音が響くオフィス。 そろそろ休憩でもしようかという頃、男の明るい声が聞こえてきた。 「じゃあ何か買ってきますよ。俺も今、コーヒー買ってこようと思ってたところなんで」 部署で一番若い木下が、同僚たちの飲み物の注文を取り始めた。 木下は俺の二個下で、同じ地元の後輩でもある。昔からよく気がつく性格で、あれこれと人の世話を焼くのが好きだった。 飲み会でも一番下座へ座り、率先して注文を取ったり、空いた皿をまとめたりと、

【小説】短編集サクラサク(2/4) Eの改造

短編集サクラサク 2.Eの改造 今度の仕事は事務職。 期間は3ヶ月。 さて、職場はどんな感じかな。 担当部署での朝礼で、課長がよく通る声で私を紹介する。 「今日から配属になった川村景子さんだ。3ヶ月だけだが、みんな色々教えてあげて」 「川村です。今日からよろしくお願いします」 月並だけど一発目のあいさつというのは、やっぱり大事だと思う。明るい表情と、聞き取りやすい声。これだけでも意識すれば、直後のなじみ具合が格段に違うものだ。 あちらこちらから明るい声で、よろしく、

【小説】短編集サクラサク(1/4) おりこうカード

何年か前に書いたものですが。 春なので、春っぽい小説を。 短編集サクラサク 1.おりこうカード 引越しの準備をしていたら、ハガキサイズのカードを見つけた。 カードいっぱいのマス目には、花丸のスタンプがずらりと並んでいる。ラジオ体操のカード……とも違う。 ひっくり返すと、ひらがなで書かれた俺の名前と、「おりこうカード」というタイトルが目に飛び込んできた。 記憶の湖面に、かすかな波紋が広がった。 ひらがなで書かれた「さくらぐみ」―― そうだ、これはたしか保育園の年長のと