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音楽室

壊れたピアノは、何度鍵盤を押しても音を奏でない。
だというのに、彼女はまるで音が聞こえているかのように楽しそうに指を動かしている。

そもそも、音楽室に常備してあるピアノが壊れているなんて想像もしてなかった。 彼女の奏でる音が聞きたいとやってきたのに、この様だ。

「もういいよ、壊れてるし」
「この音が聞こえない?」
「はあ?何いってんの、聞こえないよ」

彼女の頭の中では音が流れているのだろう。
けれど実際それが誰もが聞こえる「音」として鳴っているわけではなくて、彼女の頭の中でだけ流れている。

唯一私に聞こえるのは、彼女の歌声だけ。

「もう帰ろうよ」
「どうしてもあなたに聞かせたいの」
「なんだそれ、聞こえないのに」
「いつかあなたも聞こえるよ」

あれから何年経ったっけ。
音大生になった彼女は、大舞台でスポットライトを浴びている。
たった数年で遠い存在になっちゃったな、なんて考えながら不意に頭の中に流れた音楽を口ずさむ。

ああ、これはーー。

走馬灯のように駆け巡るあの日の記憶。
彼女が鳴らないピアノで奏でていたのは、私の好きな旋律だったんだ。

「やっと聞こえた」

あのラブコール、まだ私に奏でてくれる?

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