(短編連続小説)『リボルバーを胸にウォークマンを片手に』第六話(最終話)
(6) サークルの外で
受話器を上げ、自分でも信じられないくらい冷静に呼び出し音を聴く。やがて男の声がする。「FM東京、リクエスト係です。」
「中村さゆりさんと話がしたいのですが」
「彼女は今、放送中ですが」
「かまいません」
「そっちが構わなくてもね、こっちがだめなんだよ。あんた、なに考えてるの、頭おかしいんじゃないの?」
俺はちっとも腹が立たない。そして言う。「これからそちらに伺いますから。
そう、さゆりさんに伝えておいてください。」
「あんた名前は。どこのだれなの。変な気を起こしてるんじゃないだろうね。
」ガチャ、俺は静かに受話器を置く。長電話は敗北のもとだ。今や、瞬間的に逆探知なんてできる時代だ。ここでぱくられてはすべてがパーだ。俺はそんな初歩的なミスは犯さない。
俺はゆっくりと足取りを北から西へと変える。このペースで歩けば一時間以内にはスタジオに着けるはずだ。僕はどのスタジオに彼女がいるのかが直ぐに分かった。エコーの効き方、マイクの具合、そしてさっきの局の男の慌てかたからも。確実だ、北側の501スタジオに違いない。
9時55分になり、ニュースが入る。「今日、4時頃、60口径のリボルバーを盗んだ犯人は依然、逃走中です。
10時の時報と共に中村さゆりが喋り始める。「みなさん、こんばんわ。みなさんはこんな疑問を思った事はありませんか。自分が死んだら世界はどうなってしまうのだろう。死んでも緑は茂り、小鳥たちはさえずっているのか」
うんうん、なかなか良いで出しだよ、さゆり。俺は君の口からそういう言葉を聴きたかった。たとえ、その原稿を40のおっさんが書いたとしてもね。いいんだ、メディアの中では真実なんてないのだから。だから俺は本当の君に会いに行くんだ。俺は「一万人の中の『あなただけ』」みたいな存在になるのは嫌なんだ。君は「あなただけにメリークリスマス」と言うけれど、同じ言葉を一万のファンが聞いているわけだろう。俺はそんなのは嫌なんだ。君とサシで話したい。
足ががくがくする。もう何キロ歩いたろう。さっきちょっと口に含んだウインタミンも効いているのだろうか。こんなんではたしてちゃんとさゆりの心臓をぶち抜くことができるんだろうか。
俺は缶コーヒーを買おうと自販機を探す。寄り掛かるようにして体を押し付け、コインを入れる。
出てきたコーヒーを一口飲み、だが俺は吐き出してしまう。何てこった。レボトミンの味がするのだ。安定剤が入っているだなんて。きっと俺の神経はとても高ぶっていて舌の感覚も鋭くなっているのだろう。今まで気付かなかったことがどんどん明らかになる。怖いくらい。パズルが解けていく。
そうか、ごめんよ、幸子、俺は君が僕と付き合うようになってから起こった出来事を僕と関係ないと思っていたけれどそれは違ったんだね。まゆみ、君が僕にさよならを言ったのはいさ子のように僕をだますのが嫌になったからなんだね。陽子、君がスケバンだったのは僕にやつらの存在をわかりやすく説明するためだったんだね。
そうか、気付かなかった俺が悪かった。俺が俺が俺が俺が。
頭の中をパンタの「最終指令、自爆せよ」が流れだす。
俺は大手町のオフィス街を抜け、麹町へ一歩一歩、近付いて行く。
もう何も目に入らない。もう何も怖くなんか無い。あんなに死ぬことを恐れていた自分が今では死に憧れている。これは自殺だ。それも赤の他人を巻き込んでと言う卑怯極まりない自殺だ。犯罪だ。
だが、俺は何も好き好んでこの結論に達した訳ではない。俺の夢を潰し、踏みにじった
数々の人々。神に対する復讐?
皇居のお堀の向こうにFM東京のビルが見えてきた。俺はナパーム弾を積んだ零戦の特攻隊みたいだ。天国へのワンウエイ・チケット。帰りのガソリンはない。引き金を引いた瞬間に俺は犯罪者になり、死刑の宣告を受けるだろう。
俺は遺言を残しに電話ボックスに駆け込む。美加のナンバーをダイヤルする。
「ありがとう、美加。素敵な思い出を。でも、もう会うことは出来ない。本当はあのナンバーを聴かせたかった。そしてプロポーズするつもりだったんだ。だけどさよなら。君にこれ以上迷惑をかけたくない。そして同じ結末を迎えるのももういやなんだ。」
パトカーと救急車が俺を猛スピードで追い越して行く。
FM東京のビルの回りはパトカーや救急車、マスコミの車でごった返していた。何だろう、僕は人だかりをかきわけて前へ出る。テレビ局のレポータがカメラに向かって興奮して喋っている。
「今夜、午後11時05分頃、リボルバーを持った男が突然、FM東京501スタジオに乱入し、放送直後の中村さゆりさんに発砲しました。さゆりさんは左胸を打たれて意識不明です。男はすぐに逮捕されました。今日、4時頃、四ツ谷でリボルバーを盗んだ犯人と同一人物のようです。」
俺はあっけにとられた。先を越されたようで無性に悔しくなった。犯人も俺と同じ事を考えていたのだ。いや、俺が犯人と同じ事を考えていた。と言った方がいいだろう。俺は自分の胸からリボルバーを取り出すと、空高く、ぶっぱなした。やがて俺は頭に冷たいものを感じた。水だった。
「やだーあの人。水鉄砲なんか持ってる。頭おかしいんじゃないの。」若い女の子が笑っている。
俺はリボルバーをみつめる。確かにそれはただの水鉄砲だった。
俺はまた、巨大迷路の中に逆戻りしてしまった。俺は誰にも『監視』されていないどころか『関心』さへ持ってもらえていないのだ。すべては俺の思い込みだったのだろうか?
だとしたら、俺は一人で狂言を演じていたというわけだ。
「ほら、邪魔だよ、お兄さん。どいてどいて。」警官が面倒臭いように言う。
俺は「うるせー」と言い返す気力もなかった。俺はただ、呆然と関係者以外立入禁止と書かれたロープの外、サークルの外で立ち尽くしていた。
(おわり)
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