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HACCPなんかやめちまえ(その7)-迷走する本家アメリカ(概論)


厚労省の自らの評価

国のお役所は自らの政策についてその効果についての報告書を出しています。規制の政策評価(Regulatory Impact Analysis、RIA)と呼ばれ、厚労省も毎年報告書をwebサイトに公表しています。

令和4年度の実績報告書に幾つかの基本目標が設定されており、「基本目標Ⅱ  安心・快適な生活環境づくりを衛生的観点から推進すること」の中で施策大目標として、「食品等の安全性を確保すること」として「食品等の飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止すること」が目標として掲げられております。

読み込んでいくと、サラリーマン時代、ボーナスもらう前にこんな自分の仕事の成果についての似たような評価書を書かされていたなと思い出したりしますが、そんな評価書の国版と考えればよいのかもしれません。もちろん自分で自分を評価するわけですから、どうしても甘くなるのは仕方ないのかもしれません。

結論はどうだったかと言うと、以下の通りです。

【達成目標2:HACCP義務化など国内外の状況を踏まえた的確な監視・指導対策の推進等】
・指標3(筆者注:大規模食中毒の発生2件以下)については、令和3年度も大規模食中毒の発生件数を2件のみに抑えることができた。
・HACCPに沿った衛生管理の完全施行されたことも理由の一つとして考えられる一方で、食中毒件数そのものが減少しており、その要因としては、新型コロナウイルス感染症の影響(手洗いの徹底といった個人衛生意識の高まり、飲食店の営業時間規制等)も考えられることから、引き続き、改正食品衛生法に沿った監視指導を継続していく必要がある。 

https://www.mhlw.go.jp/wp/seisaku/jigyou/22jisseki/dl/II-1-1.pdf

と言うことであり、総合評価として、B評価ということだそうです。指標とされた大規模食中毒とは500人以上の食中毒患者が発生した食中毒事件と定義しています。目標としては過去5年間の平均発生件数ということで、この目標はHACCP導入前からも同じような目標を設定しています。

$$
\begin{array}{c:cc} 年度 & 目標数字 & 実績値 \\
\hline 平成29年度 & 2 & 2 \\ 平成30年度 & 2 & 2 \\
令和元年度 & 2 & 0 \\
令和2年度 & 2 & 3 \\
令和3年度 & 2 & 2 \\
令和4年度& 2&2\\
\end{array}
$$

そもそもこの指標は「HACCPの制度化」前から設定されており、制度化による政策の評価を測定するのには、制度化前後を比較することができて、その意味では指標としては適していると言えます。

しかしながらその一方で、令和2年度を除き、過去5年でほぼ目標が達成できていることから、この指標を「HACCPの制度化」の目標として良いのかという疑問もあります。

万が一来年度以降目標値を達成できなかった場合、「新型コロナウイルス感染症蔓延以降の状況(手洗いの徹底といった個人衛生意識の後退、コロナ時からの飲食店営業時間の延長)」ということで食中毒が増えた言い訳ができるような気がします。

今までのまとめ-日本の現状

今までの記事(HACCPなんかやめちまえ(その1~その6)でHACCP、および食品衛生法の改正の問題点について書きました。まとめると

  1. HACCPの効果について調査をしていないと、厚労省のお偉いさんも認めている

  2. そんなHACCPについては効果は不明だけれども、HACCPを信じている人たちがいて、一種の宗教に近い

  3. オリンピック・パラリンピックという大きなシステムには尻尾を振るけれども、「いぶりがっこ」のように地域活性化に役立っている小さなエコ・システムには冷淡である、という新自由主義的政策の一助になっている

といったところです。いずれにしろ食品衛生法の根本である食の安全、消費者保護という観点からのものではないことは明らかです。


それでは本家アメリカはどうなのか?

日本のHACCP導入は海外との整合性を取るためということが一つの理由となっております。それでは海外の事情はどうなっているでしょうか。HACCPを導入している全ての国でその事情を網羅することは私の能力を超えておりますが、ここでHACCPの本家本元であるアメリカの状況について、その中で特に食肉関係に絞って調べてみたいと思います。

アメリカの迷走

HACCPを開発したアメリカですが、結論から言うと、HACCPを導入した食品行政において、特に鶏肉のサルモネラ菌由来の食中毒では苦戦している、というのが実情です。鶏肉の食品行政を管轄しているFSIS(Food Safety and Inspection Service、食品安全検査局)のウェブサイトのトップページにはサルモネラ菌に関する項目があります。

FSISは以前から家禽製品に関連するサルモネラ感染症の削減を目標としていましたが、現在のアプローチでは同じレベルの成功は得られていません。FSIS は過去数十年にわたり、米国保健福祉省の(スローガンである)「Healthy People 」は病原体削減目標を設定してきましたが、あらゆる感​​染源からのサルモネラ感染症の削減を目標とした 2010 年および 2020 年の Healthy People 目標は達成されませんでした。Healthy People 2030 目標は、サルモネラ感染症を年間消費者 10 万人あたり 11.5 件以下に全国的に削減することです。2030 年の目標を達成するには、病気を 25% 削減する必要があります。この目標はあらゆる感​​染源からのサルモネラ感染症に対するものですが、FSIS も同じ目標を採用し、 FSIS 規制対象製品に関連するサルモネラ感染症を 25% 削減することを目指しています。

Proposed Regulatory Framework to Reduce Salmonella Illnesses Attributable to Poultry
https://www.fsis.usda.gov/inspection/inspection-programs/inspection-poultry-products/reducing-salmonella-poultry/proposed

FoodNetというアメリカのウェブサイトからの年度ごとのサルモネラ菌による食中毒の人口10万人当たりの感染者数を示します。HACCPが食肉検査法に導入されて以来、感染者数は10万人あたり15人前後で推移しており、横ばいが続いています。

この数字は食品由来のサルモネラ菌感染者のすべての数字ですが、全体の23%が鶏肉関連の感染であるとのことです。

アメリカの食品行政の組織およびその歴史

アメリカの食品行政は複雑です。まず連邦政府が管轄する食品はのは州を跨いで流通するか、海外から輸入される食品に限られます。

さらに品目により管轄する官庁が異なります。大きくわけて二つの組織がかかわります。農務省(USDA)の一部門であるFSIS(Food Safety and Inspection Service、食品安全検査局)、およびアメリカ合衆国保健福祉省(HHS)の一部門であるFDA(Food and Drug Administration、アメリカ食品医薬品局)です。


アメリカの食品安全にかかわる組織

FSISは食肉製品、卵製品などを管轄するのに対して、FDAはそれ以外乳製品や水産物、穀類、果実、飲料などを管轄します。

FDAはHACCPをすでに放棄している

今後FSISおよび管轄する食肉業界について主にいと思いますが、もう一つの監督省庁であるFDAについても簡単に述べておきます。

FDAは食品だけではなく、医薬品や、化粧品も規制官庁となっております。HACCPについてはなぜか一部の食品のみ(シーフードやジュースなど)に導入されましたが、オバマ政権下の2011年「食品安全強化法案(Food Safety Modernization Act, FSMA)」により本格的に制定します。

ただFSMAは厳密に言うとHACCPではありません。HACCPに代えて新たなHARPC(ハザード分析およびリスクベースの予防管理、Hazard Analysys and Risk-based Preventive Controls)の運用を求めました。

HACCPは重要管理点CCPを決めてその管理を行いますが、HARPCは予防コントロール(Preventive Control)を定めるとなっています。CCPと予防コントロールの違いは、CCPの設定について原則民間任せにしているのに対し、予防コントロールはその内容を大枠で指定していることです。

例えば2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ、それに続き、アメリカ全国を恐怖に陥れた炭疽菌テロを受けて下記の項目が追加されています。

(2)テロ行為によるものを含め、意図的に持ち込まれる可能性のある危害を特定し、評価する。

このHARPCですが、米国に輸出する海外企業においても対応を求めております。そのために日本企業でHACCPを含めた食品安全の国際的な認証とされるISO2200やFSSC22000など取得していたとしても、米国に輸出する場合はFSMAに対応し直さなければならないとのことです。

食肉業界とHACCPの歴史について

繰り返しになりますが、HACCPの歴史について、アメリカの食肉行政を絞って話をします。

アメリカの食肉行政を俯瞰するには、1906年に制定された食肉検査法(Federal Meat Inspection Act, FMIA)までさかのぼらないときちんとした説明ができません。

当時は革新時代と呼ばれ、技術革新における食肉産業の巨大化、いわゆる食肉トラストの形成、新移民と呼ばれる人たちの流入とその悲惨な日常が大きな社会問題となりました。当時のベストセラーとしては移民家族の食肉産業での悲惨な労働実態を描いたアプトン・シンクレアの小説「ジャングル」が話題となりました。

この小説を読んだ当時の大統領セオドア・ルーズベルト、トラスト・バスターの異名もある彼は、米西戦争に従軍したときに牛肉トラストが供給する劣悪な牛肉で食中毒に悩まされたといいます。

シカゴ産の缶詰の品質の悪さを描く
The U.S. National Archives, No restrictions, via Wikimedia Commons

その彼が制定したのが食肉検査法です。州を跨ぐ商品を流通させる工場すべてに、連邦政府の検査員を派遣させて、枝肉のすべてを検査することになりました。

食肉検査の様子
H. C. White Co, Public domain, via Wikimedia Commons

この連邦検査員による全頭検査は現在でも続いておりますが、米国の食品安全に大きな影響を与えることになります。



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