クラフトビールという進撃の巨人

その日、私は思い知った、ビールは1種類だけでないという真実を。
知る前と知った後では目の前の世界が違って見えた。

それまでの私のビール人生は一般的な大人と変わらず、
居酒屋で「とりあえず生!」「飲み放題コースで!」
と当たり前のように日常的に唱えて飲んできた。

仕事の関係で北海道で働いていた私は、北海道限定サッポロクラシックにすっかり浸って楽しい日ビールライフを送っていたのだ。あの時までは…

そう、あの日はまるでウォールマリアに超大型巨人が襲って来た日のような衝撃。

順調に身体にも仕事にも脂が乗ってきた29歳の時、平穏なビール生活が一変した。クラフトビールに出会ってしまったのだ。

場所は港町小樽。
たまたま観光で立ち寄った小樽ビールの直営店にて飲み放題を注文し、いつものようにビールを頼んだ。その時に来た陶器ジョッキに入ったビールを飲んだ瞬間、私のビール人生に雷が落ちた。

「なんだこれ・・・茶色いし味が濃くて甘い!そしてアルコール強い!これもビール??」

金色のビールに馴染んでいた私にあまりに衝撃的な体験だった。
メニューを改めて読み返すとそこに書かれていたビールの種類らしき用語はデュンケルボック。修道士が断食中に飲んだビールらしい。

赤ワインにも似たようなコク、ウィスキーのような香りとアルコール感、これで断食をしのいだのか!妙に納得してしまった。そこでビールはいつもの缶ビールや居酒屋の飲み放題だけではないことを知ったのだ。

このことがきっかけで、俄然ビールの多様さに興味が出てきた。そして転勤があり、舞台は北海道から東京に移された。

都内に来てから、ビールに詳しい先輩に話を聞いたり、ネットで調べていくうちに、ビールは世界中で作られており、どうやらクラフトビールは日本だけでなく、アメリカで日本の比じゃないくらい種類があるということも知った。
「ビールって世界中にあるのか、目の前にはまだ知らないすごい世界が広がっているんだ・・・」

そこからは巨人の研究をするハンジのごとく、ありとあらゆるビール本を読み漁り、都内のビアバーに通い、ビアジャーナリスト協会の講座を受講し、難関と言われているビール検定1級にもチャレンジした。ビール一色に染まった生活だったが、ビール検定の結果は不合格。まだまだ知らないことだらけだった。

「なんだよ、知れば知るほど分からないことが増えていくじゃん、奥深すぎるよビール!!」

そこからコロナ禍に突入し、外飲みが難しくなってきたころ、スーパーやリカーショップにある飲んだことない輸入ビールやクラフトビールを買っては飲み、感想をインスタグラムに記録していくことにした。
当時は人気インスタグラマーになったらどうしようとワクワクドキドキしていたが、その心配は杞憂に終わった。

しかし、飲んだビールをインスタで投稿し続けて、ビアジャーナリストとして海外駐在している友人たちからその国のビール事情を聞いていくことで、どんどん海外のビールの知識が溜まっていくと同時に、ビール検定の勉強も相まって徐々にビールの世界全体が見えてきた。

ただ目の前の巨人を駆逐しようとがむしゃらに戦っていた結果、海の向こうの世界があることを知ったかのように視野が開けてきたのだ。

今までビールを造る醸造家とそれを飲む消費者しか見えていなかった世界から、ビールを注ぐ名人、大麦、ホップを原料を育てる生産者、ビールサーバーやタンクの職人、ビールの審査員、イベントボランティアなどおいしいビールのためにこだわり抜いているプロフェッショナルが海の向こうに見えた世界にはたくさんいることを知った。

そして、一浪の末に受検したビール検定1級にもギリギリで合格できて自信が多少ついたのも束の間、今年ビール審査会に参加したことで、自分の表現力の乏しさを痛感し自信を失った。ただ、それは悲観的なものでなく、まだまだ追求できるビールの世界が目の前に広がっていることにワクワクすることでもあった。

すっかりハマってしまい、この3連休もずっとビールの本を読みつつ、老舗の酒場に繰り出してビールを学んでいる。

あの日、クラフトビールと出会ったことで、私のビール人生は大きく前進した。自分自身がパラディ島に住んでいることを自覚し、海の向こうに世界があることを知った。

しかし、まだ私はビール業界の進撃の巨人の正体を知らない。だからこそ、これからもこの業界を楽しみながら突き進んでいきたい。ありがとう、クラフトビール。

捧げよ、捧げよ、心臓を捧げよ。すべての努力は今、このビールのために。

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