なぜオンライン授業の方が「ていねいな授業デザイン」と感じるのか?
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なぜオンライン授業の方が「ていねいな授業デザイン」と感じるのか?

最近、オンライン授業をいろいろと作っているのですが、感覚的に「対面の時よりもていねいな作りになっているかも」という感触があります。今日はそんな感覚を考察してみたいと思います。

■対面授業の「8割程度」の内容しか扱えない

まず前提として、オンラインの授業では対面授業の「8割」くらいの内容しか取り扱えないという感覚があります。対面授業だったら80分くらいの内容でも、オンラインだと100分はかかってしまうんですよね。

最初はこうなったときに「ああ、やっぱりオンラインでは8割ぐらいが限界だよね」と思いました。やはり対面の方がよくて、オンラインは代替なんじゃないかというかんじですね。

しかし、授業を実際にやってみると「あれ、そういうことじゃないかも」と思ってきました。

■そもそも対面授業の内容が多すぎた?

まず結論から言うと「もしかして対面授業の時は、内容盛り込みすぎてたんじゃないのか?」と思ってきたんですね。

オンラインは8割しか扱えないのではなく、学習者がしっかり理解できるように丁寧につくっていくと、本来そもそもこのくらいの量にすべきだったんじゃないかということなんですね。正直少し反省しました。

さらにいうと、こういうデザインをしていったほうが、学習者の理解度があがっちゃうんじゃないのという感覚すら感じています。もちろん仮説ですけどね。

■単純にコミュニケーションコストの問題だけ?

なぜ8割くらいの内容になるのかというのは、もちろんオンラインによるコミュニケーションコストの問題はあります。オンラインだと軽めに意見交換みたいなのがやりにくいです。操作が不慣れなこともあります。

そういう対面とは違う「コスト」的な側面もたしかにあるんです。

でもそれだけでは説明できないことがあるように思っています。オンライン授業をつくるときの「ていねい」という感覚はどこからきているのでしょうか。

■オンライン特有の配慮と機能

それはおそらくオンラインという環境に対する特有の「配慮」や「オンラインでできる機能」の組み合わせから生まれているように思っています。

・長い講義だと集中力続かないかな?
→だらだら話す時間を意識的に減らそうとし、メッセージを厳選しようとする
→受講生側は顔がみんな見えているので、わりとちゃんと聞いてしまう(見られている感覚)

・反応はあるのかな?理解しているのかな?
→チャットなどを使ってインタラクティブにやりとりしようと務める
→チャットに自分の考えをのせてと言われると、自分の考えをまとめる機会が増える(思考の外化)

・いきなり講義始まると準備できていないかな?
→チェックインなど、参加者同士のコミュニケーションを促したくなる
→聞いているだけはつらいので、話す機会をもらえるのがうれしくて話しちゃう(関係性の構築)

どうでもいいですが、Zoomのブレイクアウトルームの絶妙な個室感ってありますよね。

こうした「なんとなくオンラインだとこうかな」という相互の配慮と、オンライン特有の機能があいまって、ぼく個人の感覚として「授業デザインがていねいになった」ように感じているのかもしれません。

■「オンライン授業」という非日常性のもたらす効果

今回はオンライン授業を作っているときに感じるていねいという感覚について書いてきました。

こういう感覚を感じるのは、「対面授業との比較」で感じる部分も多いです。

つまり「すべてオンライン化」という現時点での非日常性が、「対面授業」という日常を相対化していると捉えることもできると思います。そういう意味で、いまは発見が多い時期ともいえるでしょう。

この記事で言いたいのは「オンラインの方が対面よりすごい!」ということではなく、対比の中で見える主観的な感覚の変化なんですね。

一方、「すべてオンライン授業」という「日常」が生まれると、こうした点には一切気づかなくなるでしょう。当たり前を相対化することはとても難しいのです。

このあたりは研究キーワード的には「越境学習」「ワークショップ」などに関連する部分と思います。

誤解を恐れずいえば、いまは社会環境の変化によって、ある種、強制的にみんな「越境型ワークショップ的な環境」の中にいるともいえるのではないでしょうか。

「強制」という言葉と、「ワークショップ」という言葉が一緒にでてくるのはなんとも違和感がありますが、これがある種特有の「疲れ」を生んでいるのかもしれませんね。

越境も、ワークショップも「自発的な参加感」が重要な要件です。これは「遊び」もそうですね。

ぼくもいまの環境はある種強制されているのですが、自分なりの意味を見出して、どうにか「遊び化」しようとしているかんじかなと思います。遊び化というのは、制約を楽しみと捉える主観的な感覚・態度みたいなものでしょうか。

とはいえ、やっぱり遊び化は相当体力をつかいます。できれば「すべてオンライン授業」という状況は「日常」ではなく、「非日常」側においておきたいと思っています。

はやく対面で人と会える環境が日常になってほしいなー。

そんなことを思いながら今日もnote書きました。

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Yoshikazu TATENO | たってー

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舘野泰一 立教大学経営学部 准教授/ビジネスリーダーシッププログラム/青山学院大学文学部教育学科→東京大学大学院学際情報学府修士・博士→東京大学大学総合教育研究センター特任研究員→現職。博士(学際情報学)。専門はリーダーシップ教育。著書「リーダーシップ教育のフロンティア」など。