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闇を見つめる 〜書評「虚空の人」〜

「前田君、これ読んだ?」
社会部出身の人情派の上司が「Number」のコピーを渡してきたのは、僕がニュースウォッチ9にいた頃。
覚醒剤で捕まった清原を表紙にしたその号で、鈴木忠平さんは甲子園で清原和博にホームランを打たれた高校生たちの「あの夏」と「その後の人生」を描くルポルタージュを書いた。
びっくりするくらい面白かった。

僕はその後、Numberを開くたびに鈴木さんの文章を探すようになり、後輩にも鈴木さんの文章を勧めまくった。
週刊文春で「嫌われた監督」を連載するようになると、もう何だかたまらない気持ちになって、伝手を頼ってメールアドレスを知り「初めまして」とメールを出した。
あなたと話がしたいんです、と。

「前田さん、この表紙、どう思いますか」
鈴木さんが「虚空の人」を見せてくれたのは、今年6月のこと。渋谷駅近くの居酒屋「魚蔵居」で僕らは日本酒を呑んでいた。
その質問が、ポジティブネガティブ、どんな意図を持って発せられたものか酩酊の入り口にいた僕にはわからず、でも「清原にまつわる人の物語」を鈴木さんが本にしようとしていた事は聞いていたから、
「うーん、<清原、その人>の本のように感じますね」と曖昧な答えを返した。
鈴木さんはそのまま本を戻して、その話はそこで終わった。

「嫌われた監督」でたくさんの賞を獲得した鈴木さんだけど、そもそもは清原和博にまつわる作品でその評価を高めてきた。
最新作「虚空の人」は、これまで書き連ねてきた清原と清原に関わった人たちの文章に、書かれることがなかった清原和博その人との交流の物語を、紡ぎ合わせる形で構成される。
前作「嫌われた監督」が圧倒的な作品であっただけに、読む人はその「残像」のようなものを作品に求めるし、僕もそんな風に読み始めた。

でも当然ながら、落合博満と清原和博は違う人間だし、鈴木さんと2人が出会った時期も関係も違う。
孤高の道をあえて選ぶように戦う落合監督と、鬱屈を抱えながら新聞社で働いていた鈴木さんが
どこか共振するように深まっていく物語が「嫌われた監督」だったとすれば、そういったわかりやすい関係は、鈴木さんと清原の間には存在しない。

むしろ鈴木さんは、清原と自分との間に何かしらの「つながり」が無いかと取材を進めるけれど、
最後まで、その「ミッシングリンク」は見つからない。
だから1冊にまとめられた本も、どこかノッキングのようなものを繰り返していく。
そのもどかしさは、ある種の味わいではあるけれど、それが完全にコントロールはされていない。
「受賞第一作」という期待をかけられながらこの本を作る過程は、簡単ではなかったと想像される。

(ちょっと話は変わります)

テレビで最近増えている「セルフドキュメンタリー」というスタイル。
そこには、同じようで違う2つのやり方が存在する。
「誰かを取材する自分」を語り手として登場させる(時に自らがナレーションする)やり方と、
「自分自身を対象とする」やり方だ。
同じようでいて、2つはかなり違うんじゃないかと考えてきた。

「自分と誰かの<間>にあるものを、つかまえて歌いたい」
昔、そんな事を語ったアーティストがいたけれど、僕もそんな風に考えてきた。
誰かのことを語ることで、自分を語る。
誰かと自分との距離や関係、自分がその人に関心を持つその理由。その事を描くこと通じて何かを描きたいと、ずっと考えてきた。

「清原和博を巡る旅」という副題がついた「虚空の人」
それは巨大な才能を授かりながら、それ以外は無垢であり純情であり「空っぽ」である清原和博と
その清原の才能や純情や「空っぽさ」に引き寄せられるように関わった人たちの物語だ。

圧巻は、清原と桑田をPL学園に招いた「PL教団」の重要人物の物語だろう。
Numberでもルポルタージュとして読んでいたその物語に、鈴木さんは「その後」を付け加えた。
それは取材者の多くが味わったことのある矛盾を、鈴木さんが強烈に突きつけられるシーン。

「あなた、清原を食いものにしてるんじゃないのか」

僕は、その文章を読み考えた。
その時、鈴木さんが受けた衝撃や痛みについて。
そしてその痛みそのものが、作品の武器や宝になっているという事実について。

複雑なノンフィクションだ。
鈴木さん自身も、清原という才能や虚無に「関わってしまった人」の一人であり、
「虚空の人」は、その事にどう落とし前を付けるかの鈴木さんの苦闘の物語である。
時に一人称であり、時に第三者の視点で書かれるこの作品の、ある種の「ちぐはぐさ」はその事によって生まれている。

誰もが羨む才能を持つこと。
自分でもコントロールできないほどの才能を持つこと。
それは本当に幸せなことなのか。
あるいは、自分ではコントロールできない才能や運命に振り回されるように生きる人がいるとして、
その人を救い出すには、可能なのか。
そんなことも、この本を読んで考えた。
そして、そのことに対する「ヒント」のようなものも作品には描かれている。

清原を変えることができる、おそらく唯一の人物がいるとしたら・・・・。

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