2022共通テスト国語:漢文書き下し文・通釈

2022共通テスト 国語 第4問(漢文) (2022年1月15日実施)
出典=阮元(げんげん)『揅経室集(けんけいしつしゅう)』
書き下し文
【序文】
 余旧(もと)董思翁(とうしをう)の自ら詩を書せし扇を蔵するに、「名園」「蝶夢」の句有り。辛未(しんび)の秋、異蝶の園中に来たる。識者知りて太常仙蝶(たいじやうせんてふ)と為し、之を呼べば扇に落つ。継いで復た之を瓜爾佳(くわじか)氏の園中に見る。客に之を呼びて匣(はこ)に入れ奉じて余の園に帰さんとする者有り、園に至りて之を啓(ひら)くに及べば、則ち空匣(くうかふ)なり。壬申の春、蝶復た余の園の台上に見(あらは)る。画者祝(いの)りて曰はく、「苟(いやしく)も我に近づかば、我当に之を図(ゑが)くべし。」と。蝶其の袖に落ち、審(つまび)らかに視ること良(やや)久しくして、其の形色を得れば、乃ち従容として翅(はね)を鼓(う)ちて去る。園故(もと)名無し。是(ここ)に於いて始めて思翁の詩及び蝶の意を以て之に名づく。秋半ばにして、余使ひを奉じて都を出で、是の園も又た他人に属す。芳叢(はうそう)を回憶すれば、夢のごとし。
【詩】
 春城(しゆんじやう)の花事(くわじ)小園(せいゑん)多く
 幾度(いくたび)か花を看(み)て幾度か歌ふ
 花は我が為に開きて我を留(とど)め住(とど)め
 人は春に随(したが)ひて去り春を奈何(いかん)せん
 思翁夢は好(よ)くして書扇を遺し
 仙蝶図成りて袖羅(しうら)を染む
 他日誰(た)が家か還(ま)た竹を種(う)ゑ
 輿(こし)に坐して子猷(しいう)の過(よぎ)るを許すべき

通釈
【序文】
 わたしは前から董思翁が自ら詩を書いた扇を所蔵しているが、そこに「名園」「蝶夢」の句がある。辛未の年の秋、不思議な蝶がわが庭園にやってきた。識者は知っていて太常仙蝶と言い、この蝶を呼ぶと扇にとまる。続いて再びこの蝶を瓜爾佳氏の庭園で見た。客にこの蝶を呼んで箱に入れ捧げ持ってわたしの庭園に戻そうとする者がいて、庭園に到着するに及んでそれを開けると、空の箱なのである。壬申の年の春、蝶は再びわが庭園の高殿の上に姿を現した。画家が祈って言うには、「もしわたしに近づいてくれたならば、必ずおまえを絵に描いてやろう。」と。蝶はその袖にとまり、(画家が)しばらく細かく観察して、その形や色を把握すると、(蝶は)ゆったりと羽をはばたかせて去った。庭園にはもともと名がなかった。そこで初めて思翁の詩と蝶の意を踏まえ、庭園に名をつけた。秋も半ばになって、わたしは使者の任を受けて都を出て、この庭園も他人の手に渡った。香り高い花木の生い茂るあの庭園を思い返すと、本当に夢のようである。
【詩】
 春の都の城〔=町〕には、花をめでたり、見て歩いたりする小さな庭園が多く、
 何度も花を見て、何度も歌ったものだ。
 花はわたしのために咲いて、わたしを引き止め立ち止まらせ、
 人は春とともに去り、その春をどうしようもできぬ。
 思翁の夢はうまく詩を書いた扇を残し、
 仙蝶の絵はできあがって袖羅を染めている。
 いつの日か誰かの家で再び(その庭園に)竹を植え、
 輿に乗った王子猷が立ち寄るのを引き留めることができるのだろうか。

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