どう書く京大国語文系2現代文2021

2021京都大学文系二 現代文(随筆・約2600字)40分

【筆者】石川 淳(いしかわ・じゅん)
1899~1987年。東京浅草生まれ。小説家、文芸評論家、翻訳家。無頼派、独自孤高の作家とも呼ばれ、エッセイでは夷斎と号し親しまれた。本名は淳(きよし)。1937年『普賢』で第4回芥川賞、1957年『紫苑物語』で芸術選奨文部大臣賞、1981年『江戸文學掌記』で第32回読売文学賞(評論・伝記部門)、1982年『石川淳選集』全17巻にいたる現代文学への貢献で朝日賞。

【出典】「すだれ越し」(『新潮』1955年8月号)

【解答例】
問一「後日の語りぐさになるやうなことではない」のように筆者が言うのはなぜか、説明せよ。(2行=60~80字)
〈ポイント〉
・「直撃弾にうたれ」た死体は、「いくさのあひだ、空襲のサイレンが巷に鳴りわたつたあとには、おそらく至るところにころがってゐた」。
・「その場所が山の手の某アパートのまえであらうと、他のどこであらうと」。

★戦時中は、空襲のサイレンが鳴り渡った後に、場所を問わず、直撃弾にうたれた死体が至るところに転がっているのはありふれたことだったから。(66字)

問二「あはれなカナリアもまた雷にうたれた」はどういうことか、説明せよ。(3行=90~120字)
〈ポイント〉
・毎朝、「わたし」は、少女が歌うシャンソンによって「うとうと目をさますというたのしい習慣をあたへられた」。
・「その歌の音色が青春を告げてゐた」。
・「それはいつ炎に燃えるとも知れぬ古い軒さきに、たまたまわたしの束の間の安息のために、カナリヤの籠が一つさげられたといふに似てゐた」。

★いつ死ぬともわからない戦時下にあって、青春を告げる音色のシャンソンによって毎朝目ざめるという束の間の楽しい安息の時間を与えられたが、その声の主の少女も戦争の犠牲になってしまったということ。(94字)

問三「わたしは当時すべての見るもの聞くものとすだれ越しの交渉しかもたないやうであつた」はどういうことか、説明せよ。(4行=120~160字)
〈ポイント〉
・「少女の倒れたところは、わたしの室の窓からすだれ越しに見える舗道の上であつた」。
・「わたしはかねて少女と口をきくどころか、顔すらろくに見たことがなかつた」。
・「わたしにとつては、解釈はもとより、うはさも不要であつた」。
・「ちよつと気になつたが、それもぢきにわすれた」。
・「すだれからすかして見た外の世界の悪口をいつて笑つた」。

★同じアパートのとなりに住んでいた少女とも、かねて口をきくどころか、顔すらろくに見たことがなく、少女が死んだ後のさまざまなうわさにも関心を持たず、ちょっと気になってもじきに忘れるほど、周りと直接関係を持たないように距離を置いていたということ。(120字)

問四「これははなしができすぎてゐて、ウソのやうにしかおもはれないだらう」のように筆者が言うのはなぜか、説明せよ。(4行=120~160字)
〈ポイント〉
・「猛火は前後から迫つて、すなはち窓のすだれを焼いた。すだれのみならず、室内のすべて、アパートのすべて、いや東京の町のすべてが一夜に焼けおちた」。
・「もとわたしの室があつたところに、そこのいぶりくさい地べたの上に、焦げた紙切れが一枚落ちてゐたので、拾つて見ると、それは古今集の一ひらであつたといふ。わたしのもつてゐた古本の山がぞつくり灰になつたあとに、どうすれば古今集の一ひらだけが焼けのこつたのか」。
・「合理主義繁昌の常識からいへば、これははなしができすぎてゐて、ウソのやうにしかおもはれないだらう」。

★東京の中心部が大規模な空襲を受け、住んでいたアパートを含む町全体が猛火に包まれたあくる日、室にあった古本の山がそっくり灰になった焼け跡に、古今集の一片だけが焼け残っていたというのは、合理的に考えれば、にわかに真実とは思われにくいことだから。(120字)

問五「わたしが花を垣間見るのはいつもすだれ越しであり、そしていつもそこには手がとどかないやうな廻合(めぐりあは)せになつてゐるらしい」はどういうことか、前年(昭和二十年)の「すだれ越しの交渉」を踏まえて説明せよ。(5行=150~200字)
〈ポイント〉
・「それはあたかもわたしの室の焼けたすだれがここにそつくり移されて来たやうであつた」。
・「そのとき、すだれの向うに、花の色のただやふのが目にしみた。藤であつた。窓の外には藤棚があり、花はさかりであつた」。
・「窓の下と見えた藤棚はおもつたよりも高く、手をのばすと、指さきは垂れさがつた花の房を掠めようとして、それまでにはとどかなかつた」。

★戦時中はとなりの室の少女の歌声を楽しみにしていたものの、それだけの関係であり、その死にも関心を持とうとはしなかった。それから十年をへて、旅先で座敷のすだれの向こうに見えた、さかりの藤の花に手を伸ばしてみたが、藤棚の花の房までは届かなかった。結局、自分は周りと直接の関係を持つことなく生きる運命にあるのだということ。(157字)

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