どう書く神戸大国語1現代文2018

2018神戸大学 現代文(随筆・約5400字)45分
【筆者】久保昭博(くぼ・あきひろ)
1973年生まれ。東大大学院総合文化研究科満期退学。パリ第三大学博士課程修了。京大人文科学研究所を経て関西学院大文学部文学言語学科教授。(フランス文学、文学理論)。
【出典】「ポスト・トゥルースあるいは現代フィクションの条件」。文芸雑誌「早稲田文学」2017年初夏号所収。
【解答例】
問一 a=参集  b=反響  c=喚起  d=候補  e=管轄

問二「フィクションの認知的価値」とあるが、これは具体的にはフィクションのどのような価値を指しているか。八〇字以内で説明しなさい。
〈ポイント〉
・「政治の嘘が問題になるとき、あるいは全体主義の怖れが問題になるとき」、フィクションが我々にもたらしてくれるものが「フィクションの認知的価値」である。
・「フィクション制作という観点から小説家が行ったこと」は、「現実を模倣し、それとの類似に基づくフィクション世界を読者に提示したということ」である。
・その世界は「モデル化によって『真実らしさ』のレベルまで引き上げられ」、「没入を媒介として、現実の深層構造を再帰的に認識することを可能にする――それゆえ小説に描かれた最悪の全体主義の到来を『ありうること』として想像することを可能にする」。

★現実を模倣し、モデル化することで真実らしさが強調された結果、読者の没入を媒介として現実の深層構造を再帰的に認識させ、最悪の全体主義の到来を想像させるという価値。(80字)

問三「『もう一つの事実』とSF的創作は比較できるものではない」とあるが、筆者の解釈によれば、ル=グウィンがマーセスへの返答としてこのように主張するのはなぜか。八〇字以内で説明しなさい。
〈ポイント〉
・ル=グウィンは、「我々フィクション作家が作る『もう一つの世界』は、リアリズムの程度の差こそあれ想像の産物だ。それが『事実』を標榜することは決してない」と言う。
・そして、「『もう一つの世界』とは端的に言って『嘘』であり、フィクションはそれとはまったく別のものだとする」。
・「権力によって『事実』がないがしろにされ、言葉がもてあそばれることで虚偽が真実としてまかり通る全体主義的状況」に対して「危機感」を抱いている。
・「嘘とフィクションを峻別することでフィクション固有の領域を守ることが、芸術の上でのみならず、政治の上でも必要であると考えた」のである。

★権力によって虚偽が真実としてまかり通る全体主義的状況に危機感を抱き、嘘と峻別されたフィクション固有の領域を守ることが、芸術上でも政治上でも必要だと考えたから。(79字)

問四「水平的慣習とは、言葉と現実を縦に繋ぐこうしたコミットメントの糸を、いわば横の運動によって裁ち切ってゆく社会的力である」とあるが、これは具体的にはどのような慣習を指しているか。八〇字以内で説明しなさい。
〈ポイント〉
・「発話について、語ないしは文が、命題の真理ないしは発話者の誠実さに関する規則によって、現実世界と縦の関係で結びつく」ことによって、「発話(者)が現実世界に『コミット』するという状況」がもたらされる。
・「より具体的に言えば、『太陽は東から昇る』と真面目に発話する者は、その命題が真であると信じ、それを誠実に延べる等の規則を遵守するという現実的立場に与することになる」。
・以上が「水平的慣習」と対になる概念である「垂直的規則」である。
・他方、「太陽は西から昇る」というような「現実の自然法則に反する発話」は、「水平的慣習によって現実へのコミットメントを免れるばかりか、そのジャンルに特有の整合性に即して、十分に受け入れ可能なものになる」。
・フィクションには、「現実にコミットせず、その原則が宙づりとなった」「遊戯的な側面」がある。
・これが「水平的慣習」の「社会的力」である。

★命題の真理や発話者の誠実さに関わらず、「太陽は西から昇る」といった発話において、現実にコミットしないでその遊戯的な面を受け入れるような、フィクション固有の慣習。(80字)

問五「ポスト・トゥルース的政治がもたらす現代フィクションの条件の一つとなっている」とあるが、フィクションが成立する条件とは何であり、現代ではその条件が「ポスト・トゥルース的政治」によってどのような影響を受けていると筆者は論じているか。本文全体の論旨を踏まえたうえで、一六〇字以内で説明しなさい。
〈ポイント〉
・「フィクションと現実(事実)という二つの相補的な体制を人間の言語と思考のうちに保持せねばならない」のは、「その崩壊が全体主義への道を拓くからである」。
・「そもそもフィクションによる現実の『棚上げ』が可能となるためには、棚上げされるべき現実がそれとして確立しているという信を必要とする」。
・「オーウェルが描き出したのは、相互に矛盾する信念を自己欺瞞の無限ループによって引き受けつづけるというプロセスによってまさしくその信を崩壊させ、その結果として水平的慣習の停止を引き起こす精神的暴力であった」。
・「言語と思考を操作する欲望に駆られた全体主義権力によって、人間のフィクション能力が抑圧される」という「オーウェルが描き出したこのような状況は」、「小説に描かれた最悪の全体主義の到来を『ありうること』として想像することを可能にする」。

★フィクションが成立する条件とは、それと相補的な関係にある現実が信として確立し、言語と思考のうちに保持されていることである。現代、その条件は、相互に矛盾する信念を自己欺瞞の無限ループによって引き受け続けるというプロセスがその信を崩壊させ、人間のフィクション能力が抑圧される状況のなか、全体主義の到来という影響を受けている。(160字)

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