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フィンランドの車窓から

 国際便が世界各地から到着するフィンランドのヘルシンキからタンペレという街までは距離にして二百キロくらいある。
 タンペレまでは国内便の飛行機もあるのだが、電車で移動することも可能だ。
 その時勤めていた北欧系携帯電話メーカーの開発部はタンペレにあったので、東京から飛行機でヘルシンキまで飛んだ後、タンペレまで移動しないといけない。
 いつもは飛行機で移動していたのだが、何しろ二百キロだ。ほとんど弾道飛行(上がったらもう降りる)みたいなフライトのために一時間くらい空港でぼんやりしているのももったいない。
 そういう訳で一度一念発起して電車に乗ったことがある。
 選んだ列車はペンドリーノ。フィンランドの新幹線だ。最高速度は二百キロくらい。結構、速い。このほかにインターシティ・エクスプレスというもう少し遅い通勤電車もあるのだが、装備が面白かったのと、新幹線に乗ってみたかったのとでペンドリーノにした。

 フィンランドの電車で何が面白いかっていうと、それは何と言っても列車の装備だ。
 その列車に連結されている特殊車両はダイヤにそれぞれアイコンで表示されているのだがこれがものすごい。
 馬、自転車、ビール、ナイフとフォーク。
 これが何を意味するかお分かりだろうか?

 ビール、それにナイフとフォーク。まあこれは言わずもがな、バー車両、あるいはレストラン車両が連結されているかどうかを示す。
 問題は馬と自転車だ。これは馬や自転車を乗せるための車両が付いているかどうかを示す。そう、フィンランドではあなたのお馬さんと一緒に電車で旅ができるのだ。
 もう一つ、子供のアイコンもあるのだが、これは幼稚園車両がついていることを示す。幼稚園車両とは言ってもまあショッピングモールの子供の遊び場みたいなものなのだけど、子供連れの人には重宝らしい。
 ちなみにトナカイのマークはなかったが、これは多分、トナカイが乗り物じゃなくて食べ物として認識されているからだと思う。

 ところで僕が乗った車両はフル装備で、ビール、ナイフとフォーク、お子様、それに馬と自転車のマークが全部付いていた。
 馬と自転車の乗る車両は一番後ろに連結されている。バー車両は真ん中らへん、レストラン車両はその隣だ。

 ヨーロッパの列車で駅らしい駅があるのはターミナル駅だけだ。今はヘルシンキのヴァンター空港内にも駅ができたのだが、当時はヘルシンキ空港からちょっと離れた何にもないところにある駅だった。
 駅とは言ってもプラットフォームがあるだけだ。そこで心細く待っていると列車がやってきてちゃんと停まる。まるで路線バスみたいなシステムだ。

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これは最近の写真だからかなりマシ。昔はもっと何にもなかった。

 タラップを登って車内に乗り込む。
 これはどの国、どの列車でもいつも心躍る一瞬だ。きっと鉄じゃない人でも少しは楽しい気分になるんじゃないかと思う。
 旅の始まりはこんな感じじゃなくちゃ。
 僕が予約したのはビジネスクラス(日本でいうところのグリーン車)だったので、シートも大きく、足元も広かった。
 日本の新幹線だったらニュースが流れていそうな場所には小さなディスプレイが付いており、今の列車の速度を表示している。
 タンペレまでは約二時間。ここからはノンストップだ。

 時速二百キロを突破し、加速が終わったところで早速車内の探検に出かける。
 トイレは新幹線と同じような円筒形のタイプ、中もとても清潔だ。
 騒音も大きくない。
 これは思ったよりも快適だ。
 さらにずんずんと先に進む。

 と、不意にタバコの匂いが香ってきた。
 バー車両に近づいたのかな? と思ったのだが、バー車両まではまだ距離がある。
 みれば、そこには真っ白に煙った謎の小部屋があった。
 タバコ部屋だ。
 どうやら二車両くらいに一個ずつ付いているようだ。
 当時のフィンランドはかなり喫煙におおらかだったので、煙が漏れても誰も文句を言わない。
 それどころか、そこを巣にしているような連中までいた。
 髭もじゃのヘビメタ系のタトゥ野郎が三人ほど、フロアに座ってタバコをふかしている。
 僕も一本吸おうかと思って入ったら、なぜか大歓迎された。
「お前、どこから来た?」
「東京」
 タトゥ野郎に絡まれるのかと思わず身構える。
「おー、トーキョー! トーキョー最高」

 お前ら、変なクスリでもやってるのか?

 三人のうちの一人は突然、持ち込んでいたラジカセのスイッチを入れた。
 すぐに大音量でヘビーメタルが響き渡る。
「イエスッ」
 フィンランドの人たちは何でか知らないがヘビーメタルが大好きだ。フィンランドでは常に世界中のメタルバンドの誰かがコンサートを開いているし、フィンランド発のメタルバンドも沢山ある。
 もっと変態的なことに、フィンランドのフォークソングをヘビメタ風にしてしまったフォーク・メタルなる謎の分野の音楽まであるのだ。
 ヘビーメタルが好きな人ならこれはもう聖地のような場所なのだが、残念ながら僕は音楽の人ではない。メタルを聞かされても騒音にしか聞こえない。
 さっきの三人はもうノリノリでヘッドバンギングを始めていた。
 もう僕の声は彼らには届かない。

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まあ、要するにこういう状態

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