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和装バッグ製造下請け企業がリスクを取って新規事業を始めた理由

初めまして、株式会社巽クレアティフの高栁 実(タカヤナギ ミノル)と申します。弊社は個人事業時代を合わせると創業39年目を迎える和装バッグ製造工房(町工場)で、私はそのアトツギとして12年前の2010年家業に入りました。

この女性が持つようなバッグを製造しています
バッグに金具をハメる作業

ここでは当社、深く考えず家業に入ってしまった私が、業界の現状を知り、新規事業を打ち出すに至った経緯をお話させて頂ければと思います。

1.和装業界を取り巻く環境

矢野経済研修所【きもの年艦】より引用

私が入社した和装業界というのは上記のように長らく右肩下がりの業界です。着物を普段着るという文化が無くなった以上、縮小していくことはある程度仕方がないのですが、実際に家業に入ってみて、私は2つの大きな問題があることに気付きました。

1-1.職人さんの後継者問題

一つの目の問題は【職人さんの高齢化と後継者不足】という状況です。職人さん(個人事業主)の平均年齢は現在70歳を超えており、朝から晩まで働いても夫婦で月収25万円にも届かないのが現状です。

また『個人事業主としての職人さんが新たに生まれないのであれば、自社で職人さんを育成しよう』と考えても、OEM(製造下請け)事業は収益性が低く、正社員を雇用し職人として育成することが出来ないという収益性の壁が存在しました。

1-2.ユーザーの声が届かない業界構造

そしてもう一つの問題として『ユーザーの声が届かない業界構造』という問題もありました。和装業界は商流が長く、伝言ゲームのような構造をしています。

私が家業の工房に戻った際、百貨店の売り場を周り流行の市場調査をしたことがありました。店頭の女性は『今は長財布が入る大きめの商品を求める声が多いですよ』と教えて下さりました。

実際に作ったサンプルバッグ

そこで私は長財布の入るバッグの型を取り、得意先に提案したのですが、言われた言葉は『いやぁ、振袖の鞄は丸くて可愛らしいものじゃないと』でした。20歳の女性が使うバッグを年配男性が企画している現状。

ユーザーの方向に目線が向くことなく、反対側で職人さんが泣き続けているげ現状を見て『この仕事は一体何のためにしているのだろうか』私はショックと危機感を覚えました。

2.一人のユーザーが教えてくれた進む道

送られて来た刺繍(左)と完成したクラッチバッグ(右)

そんな私に進む道を教えて下さったのは日本刺繍をされているという一人のユーザーの方でした。一年かけて一枚の刺繍をされるその方は、作品の加工を様々な方に断られ続けた後に、人づてに聞いて弊社に連絡下さりました。

『何とか力になりたい』

そう感じた私は、オンライン通話を駆使しながら、ユーザーの作品をバッグに仕立てました。

『ありがとうございます』

ユーザーの方は大変喜んで下さり、周囲の方を紹介してくださりました。それをきっかけに私は個人の方から様々なオーダー案件を受けることになりました。これまで一切ユーザーの声が届くことが無かった私達下請け工場にとって直接ユーザーの方から御礼の言葉を頂くことは非常に励みとなりました。

『このユーザーと作り手が相互に幸福感を得れるオーダーという仕事を本格的に事業化出来ないだろうか』

そう考えた私は、自社のメイン商材である成人式用のバッグについて調査を行いました。

3.ヒアリング調査

2022年、私はSNS・リアルヒアリング合わせて190名の方にアンケートを実施しました。

TwitterとFacebookによる調査
Googleフォームによる調査・他にリアル調査を行いました

結果判明したことは新成人の40.5%の方が母親の振袖を着て成人式に参列しるという事実でした。

Facebook/twitter/googleフォーム/口頭 190名のアンケート調査より

また昔のバッグと草履は合皮が加水分解といってベチャベチャに劣化して使用することが出来ず、買い替えマーケットがあることを把握しました。

加水分解し剥がれてしまった合皮バッグ

4.オンラインセミオーダーシミュレーションシステムの完成

『折角お母さんの振袖を着るのであれば、バッグと草履も想い出の着物や帯からお揃いで作ってあげたい』その想い出作り上げたのが今回のオンラインセミオーダーシミュレーションシステムです。

このシステムの良いところは

【タンスに眠っている着物や帯の画像をシステムに組み込んで、そこからシミュレーションが出来る】

ということと

【オンライン通話を通じてコーディネートのアドバイスが出来る】

ということです。これにより家族の大切な着物や帯とその想い出のストーリーを未来に繋ぐことが出来ます。また成人式のカバンだけでなく、例えば友人の結婚式に参列する際のパーティーバッグや

同じバッグを着物とドレスで持ち替えた様子
七五三のバッグ・モデルは私の娘です

七五三向けのバッグ・草履も1本から作ることが可能です。

5.アンケートから判明したもう一つの事実

そして、アンケート調査を実施してもう一つ判明した事実がありました。それは『親御さんの振袖を着られる新成人の方の多くは行きつけの美容室でヘアセットをされている』ということでした。そこで私は今回のオンラインセミオーダーシステムにアフィリエイトのプログラムを組み込みました。

これにより、例えば美容サロンさんごとのクーポンコードを発行し、ユーザーがそのクーポンを使用して商品を購入すると自動的に業務提携先サロンさんに紹介フィーをお支払い出来るといったものです。

こういったPOPを用意するだけでOK

よくあるネット状のアフィリエイトではなく、しっかりとした接客の上に成り立ったデジタル・アナログハイブリッド型のアフィリエイト。これにより提携先サロンさんは在庫のリスクと専門的な接客の手間なく、成人式や七五三の小物市場に参入が可能となります。

私は今回のマクアケプロジェクトに挑戦した後、全国の美容サロンさんと業務提携を進めて行こうと考えています。そして弊社は、この事業を持って和装業界が抱える2つの問題(職人さんの後継者問題・ユーザーの声が届かないという問題)に出来る範囲から取り組んで行きたいと思います。

6.今回のプロジェクト及び事業について

このプロジェクトは『アトツギピッチコンテスト 2022』というビジネスプランコンテストにて発表し、準グランプリ(NN生命賞)を頂いた事業です。 ピッチや様々な媒体において私が一貫してお伝えしていることは『ユーザーの声が届くものづくりを行い、ものづくりの後継者を育成していきたい』ということです。

和装業界において、下請け企業が直接ユーザーと繋がることは一種のタブー。 今回のプロジェクトは業界に少なからず影響を与え、場合によっては元請け企業さんや業界からの反発を招くかも知れません。 然しながら『今やらなければ、誰かがやならなければものづくりの文化や技術が近い将来失われてしまう』のもまた事実です。

私はリスクを取り行動し続けて行きたいと思います。 そしてそれが結果的に、下請事業を安定的に継続することに繋がり、和装業界やユーザーの方々に良い結果を生み出すと信じています。

7.アトツギとしてサバイバルし続け感じること

最後に、私は後継ぎとして家業に入ることで自分の使命に気付き、そしてベンチャー型事業承継(アトツギファースト)と出会うことで自分の使命を全うする為の道筋を得ることが出来ました。

U34(現:アトツギファースト)が世に現れる以前は、後継ぎに特化したコミュニティーといったものは存在せず、私も有名な団体に幾つか所属し人間関係づくりや経営の勉強をしていました。

ある時【毎月月間行動目標を立て、翌月進捗を発表し合う】という創業社長中心の勉強会に参加していたのですが、全参加者の内、私だけ毎月目標を達成することが出来ず悔しい思いをした時期がありました。『自分には能力がないのだろうか・・・』当時はそう感じて落ち込んでいたのですが、

後にアトツギのコミュニティーに入った際にメンターアトツギの方から同じような話を聞き【アトツギが家業で改革しようとすると、反対勢力の抵抗に遭って中々進まないのはある意味スタンダード】なのだということ知りました。【アトツギはアトツギからしか学べないことがある】身をもって感じた出来事でした。

ベンチャー型事業承継という取り組みが言われだしてから5年程の歳月が経ちました。【アトツギ】という言葉も随分メジャーとなり活動も広まってきたと感じています。

然しながら、メディアでアトツギという文字と活躍がピックアップされている裏側で、まだまだ苦しんでいる後継ぎの方は多いと感じています。【アトツギ】と言う言葉は全てが一括りとなっていますが、大企業の後継ぎもアトツギであれば、弊社のようにごく少数で事業をしている企業の後継ぎもまたアトツギです。

そして後者のアトツギの方々は、日中、既存事業をこなし、夜遊びに行かず、飲みに行かず、時に睡眠時間を削りながら新規事業に取り組んでいます。新規事業に取り組む理由はそれぞれですが、既存事業のままではやがて行き詰まるという危機感からくるものが大半だと思います。(既存事業の改革で十分やっていけるのであれば、僕は無理してまで新規事業に挑戦する必要はないと勿論思います)

私もまた、シュリンクする業界・低収益な現業・危うい経営状況という中で家業に入り、失敗を重ねながらここまで進んで来ました。そんな中、見返りを求めないアトツギメンターさん達に経営相談に乗ってもらい、経験をシェアして頂くことで、今日の状況まで持ち直し新規事業を世に送り出すことが出来ました。

頂いた沢山の恩に報いるために自分がすべきこと、それは『最悪の状況からも実績を積み上げ、後から続く零細企業アトツギ達の背中を押すこと、その経験をシェアしていくこと』だと感じています。

アトツギU34(現アトツギファースト)が始まった頃33歳だった自分も気付けば12月で39歳。時の流れの早さを感じると共に、自らの使命を全うする為に人生をかけて行きたいと思う次第です。


最後の章、
今回のプロジェクトからは大きく内容が外れてしまいましたが。この新規事業を始めるタイミングで、改めて決意表明をさせて頂ければと思い、ここに書き記しました。

拙い文章を最後まで読んで下さり、本当ありがとうございした!!

2022年10月12日
高栁 実






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