ラヴクラフトがやって来る③
DeepL翻訳がこっそり裏でサボっていることがわかった私達夫婦は、気を取り直して最初からしっかりと原文を見直していくという方針に転換することにしま──。
妻「それってあなたが、機械翻訳でサボろうとしていたアテが外れて一人でがっかりしていたってことだよね?(ニコニコ)」
そ、そうとも言いますね、はい(震え声)
妻「下訳を機械翻訳でやっても、それを鵜呑みにしないで一単語ずつきっちり見直していくのは基本中の基本。方針転換なんてどこにもありません!」
おうふ!(吐血)
こういう時に、やっぱり語学には緻密さと勤勉さが問われるのだなと痛感します。
えー(こほん)
それでは先生、初手から解説お願いします。
妻「ずずっ……(お茶を飲む)」
おお~! それは今巷で流行りの「初手お茶」というやつですね!
That night the Baron dreamt of many a woe;
And all his warrior-guests, with shade and form
Of witch, and demon, and large coffin-worm,
Were long be-nightmared.
—Keats.
まずは本文の前にこの序文からですね。
That night the Baron dreamt of many a woe;
この一行目は構文としては何の変哲もない一文のように見えますが、まず「dreamt」という単語が少し耳慣れない感じがします。夢見る「dream」の過去形だったら「dreamd」なんじゃないの?と思って調べてみたら、これ米語ではなく英国英語(King's English)なんだそうです。
ラヴクラフトはアメリカ人ですからこれは故意に洒落た言い回しとして使ったということなんでしょうか?
妻「でもいきなり話に男爵が出てきてるよね。つまり爵位っていう身分制度があるわけで、これもアメリカにはないものじゃない? そう考えるとこれはイギリスを舞台とした話として書かれているとかじゃないかしら?」
なるほど! それはそうか。
この後に出てくる城にしろ、蔓が纏わりつく大木にしろ、中世のイギリスっぽい舞台設定ですからね。それをキングズイングリッシュを使うことによってほのめかしているってことなのかもしれない、うん。
それから、次はその直後にある「woe」(悲哀、悲痛、悩み、苦悩、災難、災い)という単語で少し迷います。意味が幅広く、翻訳する時に良くある「意味するところをイメージはし易いが日本語にしにくい英語」というやつで、なかなかしっくりくる訳語が見つかりにくいのです。
まあ、「その夜、男爵は数々の苦しみに満ちた夢を見た」くらいかな?
後は「warrior-guests」がどうも造語くさいんですよね。DeepLさんは「侍従」と訳していますが侍従と言えば「chamberlain」ですし、なんかイメージが違うような気がする。
普通に作者の意図するところを察するとしたら、やはり「warrior=戦士、guestゲスト=招かれた客」ということで普通に「招かれた戦士たち」というニュアンスになりそうな気が……。
こうやって検討した結果、序文はこうなりました。
その夜、男爵は数々の苦しみに満ちた夢を見た
彼に招かれた戦士達はことごとくが不気味な影と姿を伴う
それはまるで魔女や悪魔、そして巨大な蛆のようである
長い長い悪夢に彼らは取り込まれたのだ
—Keats
いきなりのクトゥルフ全開です(汗)
こんな感じで。
できるだけ原文の意図するところに忠実に、無駄な意訳を廃して、でも精度の高いスタンダードな訳文になるよう、できるだけ丁寧に翻訳していきたいんです。個人的には、あんまり原語のリズムから大きく逸脱した大幅な意訳は好きじゃないんですよね。
確かに異なる文化の間に横たわる隔たりを壁として読者に感じさせないために、超訳してでも自然な日本語にするべきという意見はあるのでしょうが、子供向けの童話であればともかく翻訳作品であることがはっきりわかっているような文学作品などの場合、できるだけ作者の書いた意図が伝わるような(英語の原文が思い浮かべられるような?)翻訳。読者に世界観を解釈する余地を残しておいてくれるような訳文。
そういう感じのものが私の好みだったりします。
まあ、これが書籍として売られることが前提の場合には、ターゲット層が読みやすいオーガナイズをという注文が編集からあるのでしょうし、自分の好みばかりでは決められないのかもしれませんが……。
むむ……。
今日もここまで書いただけで結構長くなってしまいました(汗)
(また序文しか終わってないのに。たった4行ですよ4行!)
これじゃ、この調子であんまり細かくやっていくと、とんでもなく長いシリーズになってしまいそうですね。次からはもう少しポイントを絞って、かいつまんでお話していこうと思います。
……と、ここまで書いて、はたと我に返った私(猫か?(笑))。
私も妻もこうやって単語の意味するところとか、作者の真の意図はどの辺りにあるのかとかを、あーでもないこーでもないと話し合うのが大好きなのですが──果たしてこれって需要あるんでしょうかね?
急に不安になってきました(^_^;)←
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