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楽しむ覚悟


オレが知りてーのは楽な道のりじゃねェ
険しい道の歩き方だ

(岸本斉史『NARUTO-ナルト』653話 集英社)

読んでいて、関係のない漫画の台詞が脳裏によぎっていた。


恵まれている現代だけど、悪意はより目に見える時代になってきて、心は疲弊していく。
"負"に持っていかれる感覚。

そんな感覚を消し飛ばせるのは人生を楽しんでやろうという覚悟かもしれない。

本が好きな誰かさんに、オススメされた野中柊さんの『波止場にて』にはそんな”険しい道の歩き方”が示されているように感じた。

時代設定は、太平洋戦争前、戦時中、戦後〜朝鮮戦争までの激動かつ目を覆いたくなるような凄惨な時代。
主人公の慧子と異母姉妹の蒼の生き方はたくましく、陰鬱な時代を感じさせない程常に光が灯っている。

「生きているのがつらい、いっそ死んだほうがましかもしれない、この苦しみから逃れたいっていう気持ちになったとき、わたしを救ってくれたのは、心に残り続けていたなにか美しいものだった。だから、どんなときも幸せなことや、きれいなものに目を向けたり、耳を傾けたりしていなくちゃって思う」

(野中柊 『波止場にて』417ページ 新潮社)

自分と重ね合わせてみる。

高校生の時、嫌々出席した授業中、窓の外を眺めていると、前の席のクラスメイトが同じ方向を見て微笑んでくれた。

一人でとぼとぼと下校しているとクラスメイトが後ろから走ってきて、一緒に帰ってくれた。

いつも同じ時間に先生が相談室で待ってくれていた。

大学の寮に入って間もない頃、話しかけるなオーラを出していたにも関わらず、ハウスメイトは狭い部屋で一緒に雑魚寝してくれた。

何気ないようで、そんな出来事が自分の心に”何か美しいもの”として、いまだに残り続けていて、苦しい時に支えてくれていた気がする。

当時は意識していなかったし、意識する余裕はなかったけど、そういった些細な幸せや綺麗なものにアンテナをはると意外と身近に転がっていることに気付く。

街も経済も、ひとの心やからだもぼろぼろだ。でも、しんどいときだからこそ、ひとは楽しむために生きてるって、そう思いたいじゃないか


これは覚悟の問題なんだ。なにがあっても楽しんでみせるって、自分自身に誓うことだよ。

320ページ

このセリフがこの物語のテーマだと思った。
生きていれば必ず楽しいことがあるかはわからない。だけど、根拠がなくても、人は楽しむために生きていると思い込むのは大切だ。

”覚悟”には、苦しみが伴ったり、力んで背伸びするイメージがある。

でも、そうではない覚悟もあるのかもしれない。
険しい道を、険しく歩むのではなく、険しい道は楽しむ覚悟を持って歩む。
苦しい状況に合わせて、必ずしも自分も苦しく染まらなくていい。


今が楽しくなくても、楽しむアンテナを常に張っておく。

どんな時に自分が楽しんでいるかを考える。

例えば、

この本もそうだったが、読書が好きな人と好きな本を共有したり、もっと些細なことだと友達と好きなYouTubeの動画をおすすめしあったり…そういう時って自然と口角があがる。

俯瞰して、口角が上がってる時の自分をパズルのように組み合わせていく。
そうすると、基準が出来ていく。
基準が出来れば、方向性が見えてくる。
そうして積み重ねた"楽しむ自分"で、人生を歩むことこそが"楽しむ覚悟"なのかもしれない。

足を引っ張る人、理不尽な状況というのはいつ現れてもおかしくないものだが、"楽しむ覚悟"があれば慧子や蒼のように、困難に引っ張られず、心に宿った灯火を信じて向かうべき道を歩んでいけるかもしれない。

絶望を感じさせる時代背景だが、これは希望の物語であり、背中を押してくれる一冊だ。


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