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最大公約数と僕「絶対悪」

あらすじ⬇︎

インターン面接に向かうまでの電車で、高校時代ほとんど話したことがなかった高橋と偶然再会する。好印象を抱いていていた高橋が白川と付き合っているであろう、投稿を目にした。しかし高橋から白川が死んだという知らせを受け、僕はショックを受ける。

第1話⬇︎

前回分⬇︎


「ほんまに何も知らんかってんな。さっき綾くんと付き合ったって言ったんやけど、綾くん1週間前に亡くなったんよ」

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21時を越しているからか、この中規模の公園には、今や僕たち2人しか見当たらなかった。

じっと座っていると少し寒く感じてしまう、そんな気温だった。高橋が発した言葉は、「少し」って言葉がいらないんじゃないかってくらいに、僕の体温を下げ、一定の限界を超え、鳥肌という現象をもたらした。

もちろん寒さは仲介せずに、直接言葉が鳥肌を引き起こした可能性も考えられる。

僕は衝撃のあまり、3〜40秒ほどだろうか、言葉を発せずにいた。

何かを言おうと決めてからさらに1分ほど、何を言えばいいのかわからなくなった。物の考え方、言語の発声法をしばらく忘れてしまっていた。

「なんで?」少し呼吸が整ってきた直後に僕は聞いた。

「そんなん沙良だってわからんよ。自殺した3日前も普通に会ってたし」

「え、自殺やったん?」

「うん。私も綾くんのお母さんから聞いたんやけど、首吊りで自殺したみたい。中腰で首にベルトが巻かれてて、それをドアノブで固定して首しめたって言ってた」

「首吊りなんや。なんでなんやろ。3日前に会った時、それらしき兆候ってあったん?」

「私もその話聞いてから、色々と思い出そうとしたよ。多分私が気づいてないだけやろうけど、全然思い当たらんのよ。綾くん強かったから、うんうん今思うと弱かったからかな、私に何も相談することもなかった」

「そうなんや…」

「京都の時もそうやったみたいに、自分ではなく、他人にいつも気を遣える人やったやん。だから綾くんがいつも余裕あるように見えてたんよ。でも実はそれによって、いつも自分自身を大事にできてなかったのかなとも思う。こんなんただの私の推測で、実際はどうなんかわからんのやけどね」

「自分も白川みたいな底抜けに明るい人が自殺するっていうこと、全然想像すらしてなかった。なんで自殺なんかしたんや」

「あれから私も結構色んなこと考えたんよ。理由だって今思いつく限り考えたけど、結局わからん。私自身全く死にたいとは思ったことがないんやけど、電車待ってる時とか頭の中で、これ今ちょっと飛び出したら死ぬんやろうなとか死を連想させるシミュレーションすることあるんよ。もしかしたら、そんなふとした発想の延長線にあるものかもしれんって思ったりもした」

死というものについて、僕はこれほどまでに正面向いて、対峙したことなかった。

もちろん理屈として、何度も死について考えたことはあった。ただ、そこにリアリティーなんてものはない。自分は死ぬんだという実感なんてものはなかった。

ただ僕の周りかつ同年代で人が死んだという経験がなかっただけに、この突然の訃報は僕に急性の痛みを与えた。ただこの痛みは慢性の機能も備えており、これまで経験したことのない急性と慢性をごちゃ混ぜにしたハイブリッドなものへと変化した。

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「好きなところに荷物置いて」

「うん。ありがとう」

「りんりん、意外と部屋片付いてるねんな」

「時々中学時代の友達とか家に遊びに来るから、その前にいつも片付けてるんよ。昨日もたまたま友達が家に遊びに来てたから、その時に片付けた」

「高橋、お酒もう飲む?それか冷蔵庫入れる?」

「んー、もう飲もっかな。」

二人だけの静寂に包まれた部屋にて、微かに音程の異なる缶チューハイを開けた時の音が、続けざまに響き渡る。

「それじゃ乾杯」

「うん、乾杯」

午前1時のストロングゼロは味がしない。嘘。味はする。ただ味なんてどうでもいいから、とにかく高濃度のアルコールを摂取したかった。もちろん二日酔いにならないぐらいの。

2杯、3杯と口をつけてる間、僕たちは何も言葉を発しやしなかった。少なくとも僕は何か今にふさわしい言葉を手持ちの小さな語彙ポケットから、探そうとしたが、何にも使えるものは見つかることはなかった。

一方で高橋の方に視線を向けると、斜め下をポツリと眺め、粛々と酒を口に運んでいた。

「人ってなんで自殺したらあかんのやろ。」

高橋は長い沈黙を打ち破る一言をボソッと発した。僕は彼女の哲学的な疑問に対して、何も気の利く回答なんて持ち合わせてはおらず、返答に困った。

「至る所で『自殺はダメだ』みたいな絶対悪的な思想を押し付けてくるけどさ。なんで自殺ってそんな悪いことなんやろ。人に迷惑がかかるとか、生きてればいいことあるとか言われるけど、そもそも生きてても迷惑かけるし。ほんで結局数百年後には私のこと知ってる人誰一人この世からおらんようなるやん。早く死ぬか、遅く死ぬかの時間の問題やん。しかもその時間でさえも人類の歴史、地球の歴史、宇宙の歴史からみたら、そんな差あってないようなもんやん」

ここまで感情的に、一方的に話す高橋をこれまで見たことがなかったので、少し新鮮味を感じる。と少しなぜか一歩引いた思考をとった自分に驚く。

「みんな自由好きやんか。私も自由に生きたいなって思うもん。でもさ、自由に死ぬことは良しとされないのはなんでなんやろ。自殺以外は、死を自由に扱うことできへんやん。ただ自殺という方法だけが自分の意思で自由に死ぬことができる。最近なんかそういう風に思い始めてきたんよ。まぁ。とはいえ、もちろん私は自殺したいとは思わんよ」

「ってね、色々綾くんのことがあってから、死について考えたんよ。論理的に考えたつもりやねんけど、それでも私はわがままやから綾くんに死んで欲しくなかった」

と彼女は涙を流しながら言った。

彼女と同じ場にいるものの責務として、彼女と白川の関係性を知る友人として、彼女に惹かれていた一人の男として、今だけでも彼女を守らなくてはいけないと思った。

この瞬間、白川のピアスを纏った彼女を僕が抱きしめていたことに気づいた。

⬇︎第10話


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