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鈍色の記憶

最初に人を殺したのは、まだ研修期間だった。
FとUという、清掃局のエースの任務に同行していた。
このふたりが組む時は、ある程度の人死にが出るケースだとは聞いていた。
僕はシュミレーションでしか人に銃を向けた時はないし、ナイフを突き刺す相手も人そっくりのオートマタだった。
口調も荒く、やや粗暴な印象を受けるFと穏やかで思慮深いUは一見すると全く合わないように思えたが、何も言わずとも阿吽の呼吸で状況をクリアしていく。
僕は文字通りふたりの後ろをついていくだけだった。
そして、僕らは相手に会うためにわざと相手に捕まった。
そこはひとりの男に支配された土地だった。
ある日その男は、気に入らない人間を殺し始めたのだという。
男に殺されないために男に取り入るよう男の言うことをきく人間となったとしても、別の日には男の気に入らない人間になって殺される。そんなことが繰り返されているのに、何故かその男の支配力は拡大していた。
国連の耳にそれが入るまで、実にその国の領土にして4分の1がその男の支配下となっていた。
元はショッピングセンターの駐車場であろう場所に、僕たちもその男に殺されるために集められた者のひとりとして、地面に膝を折り座っていた。20人ほどが同じように座っていた。
FもUもバラバラで座っていた。Fは目視できるがUはどこにいるかわからない。
男が数人の連中に取り囲まれ車から降りる。
そして、座っている者たちと同じ数の人間が、それぞれ手に武器となるものを持ち、その場に入ってきた。
自分が生き延びるために相手を殺せ。座っている僕らには武器はない。ただ、相手に抵抗することは許されていた。
僕の前には大きめのサバイバルナイフを持った若い男が立った。
男は震えていた。
「やれ」
そう言ったのは誰かわからない。
武器を持って立ちすくんでいる者もいたが、多くは一斉に目の前に座る相手に襲いかかった。
銃声が響き、悲鳴や呻き声、怒号が聞こえる。
震えていた男もナイフを振りかざした。
僕は相手の鳩尾を当てると、手にしていたナイフを取った。
そして打ち合わせ通り、支配する者の方へ向かう。
が、そこで目にしたのは男を取り囲んでいた者たちが倒れていく姿だった。
その真ん中で男が狂気を孕んだ目でこちらを見ていた。
その目だけが嬉しそうに楽しそうに笑っている。
僕の後ろにUがいた。
そしてFは男の近くにいた。
Uは銃を構えていた。
Fも倒れた者から拳銃を奪うと、男に向けた。
Uは僕に近づき銃を手渡す。
「あと3発入っている」
そう言って僕からサバイバルナイフを受け取った。
男を守るかのように取り囲んでいた連中の人数は今は4人となっていた。
4人のうちふたりがFの方を向いた。
Fは躊躇うことなくそのふたりを撃った。
Fの撃った弾丸は相手の眉間を撃ち抜いた。
僕らの周りで行われていた争いが一瞬止んだ。
僕はあたりの様子を見た。かなりの人数が血を流し倒れている。
すでに死んでいるとわかる者も多い。
呻き声を上げている者もいる。
立っている者の多くは、拳銃を構えているFを見ていた。
「まだ終わってないぞ」
男が言った。
そして自身も大きめの拳銃を取り出した。
男はFではなくこちらに向けて銃を向けた。
するとすでに相手の血を浴びて立っていた者の中から幾人かが、こちらに向かってきた。
「K。前に行くんだ」
Uはそう言って、襲いかかってきた者に向かって行った。
僕はFのいる方に向かって駆けた。
ふと視界に銃を構えている女の姿が見えた。
女はUを狙っていた。
僕はその女の手を撃った。
女は蹲った後、悲鳴を上げた。
男がUに銃口を向けた。
男のそばにいる者たちも銃を取り出した。
僕はUを狙っている男を撃った。
弾丸は男のこめかみを撃ち抜いた。
男の目が僕を見た。
が、そのまま崩れるように倒れていった。
残ったふたりがUとF、そして僕の誰を狙うべきか迷っているようだった。
だけど、その迷いはFの撃った弾丸によって終わりを告げた。
Fが「終わったぜ」と叫んだ。
それは単にこちらに背を向けていたUに対してだっただけかもしれない。
だけど、全ての動きが止んだ。
Uに襲いかかってきた者たちの半分はすでに倒れていた。
他の者たちも、元々佇んでいた者たちも、皆、武器を手放した。
この場で生きている者の多くが泣いていた。
すすり泣く者、慟哭する者。
僕はその様子をただ見ることしかできなかった。
正直、その後の記憶はとても曖昧で、後処理をするために控えていた清掃局の応援並びにその国の機関が到着するまで何をしていたのか覚えていない。
僕が撃ち殺した相手の死亡確認をFがして、Uが「お疲れ様」と言ったのを覚えているが、それは反対だよと誰かが言えばそうかもしれないと思えるほどあやふやな記憶だった。
それよりももっと不思議なのは、あれほどの血が流れた現場でのことが、何故かモノクロの記憶でしかないということだった。
後日、Fにそのことを言ったら何も言わずに顔を顰めていた。
Uは「僕にもそういうのがあるよ」と言って僕の肩をポンと叩いた。
男の死に顔は覚えていない。
ただ、倒れる前に僕を見た目が、驚きとそしてやはり嬉しそうに笑っていたようなそんな目だったと記憶している。
そしてその瞳もまた、くすんだ鈍色の瞳として、記憶している。