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冷蔵庫

「結構、新しいじゃん」
「いやいや、そうでもないよ。ほら、3年前に統合されただろ?ここ。統合する前のものだから5年くらい前のかな?」
柳田が指を差してる冷蔵庫の扉に付いているロゴは今はもうないブランド名だった。
「それにしてもまだ新しいのに」
「家を建て直すにあたって家電を全部新しくするんだって」
「そいつはすごいな」
「まぁな。こっちにとってはいい客だ」
柳田は所謂「まちの電気屋さん」というやつで、地元の大手工務店と取引をしている。住宅新築の際、照明やらエアコンやらの設置から大型家電の取り寄せなどを行なっている。中には今回のように古い家電の処分を任されることもある。大概は法律で定められた料金と手順とで処理を行うが、まだまだ使えるものなどは「寄付」をする。そしてその寄付に向かないものは自分をはじめとする仲間連中に「要らないか?」と連絡が入る。
3日前に柳田から「冷蔵庫要らないか?」と連絡があった時、自分はちょうど冷蔵庫を前に途方に暮れていた。
自動製氷器でできた氷が冷凍室で板氷化しているという、笑っていいのかどうかわからない状態が続いていた。
季節はそろそろ氷を必要とする頃だというのに、これはどうしたものか?それこそ柳田に連絡を入れようと思っていた矢先、向こうから連絡があった。
「自動製氷器だけなんだけどさ」
「いや、そこだけといってももうダメだね」
「そうなんだ」
「ちょうど引き上げてきた冷蔵庫があるんだけど持って行こうか?今使っているのとあまり変わらない大きさだ」
正直、ひとり暮らしには少し大きい冷蔵庫だった。
「で、その冷蔵庫はさすがに作品にはしないだろう?古いタイプでフロンガスも抜かなきゃなんないから回収するよ」
自分は不要になったものを使ってオブジェを作る。
この数年でだいぶそちらの方で名前も有名になり、作品も売れるようになってはきていた。
不要と言われるもので、無用な「芸術品」を作るという不毛なことを始めてからもう10年以上が過ぎた。バイトのせいで生活することには困っていなかったから、だらだらと続けられることができたにかもしれない。
いまだに人によっては「趣味のオブジェ作り」だと思っているにも少なくない。
自分自身も一時はなぜこれを続けているのかわからなくなる時があった。それでも、自分の作った物に価値を与えてくれる人がいるのではないか?と作品を作り続けてきた。自分が与えられぬ名前を与えてくれる人が現れるまで作品を作り続けようと思った頃、それは訪れた。作品番号しか持たないそれに名前を与え、友として作品を持ち帰ってくれた。
その後間もなく、海外で自分の作品に価値を与えてくれる人が現れて、一躍「芸術家」の仲間入りをしたが、今でもバイトは続けているし、これまでと変わらぬスタンスで作品を作り続けている。
人はそう簡単には変われないものだ。
新しく来た冷蔵庫は、これまでの冷蔵庫があった場所に収まった。
一度取り出していたものを冷蔵庫に詰め、そして氷を作った。
今までの冷蔵庫のような唸り声を立てることなく、いきなりゴトゴトと氷を落とす。今までの冷蔵庫より少し小さい氷ができる。
「助かったよ」
「そうか。じゃあ、こっちの冷蔵庫、引き取るな」
新入り冷蔵庫は、以前の冷蔵庫といろいろ違った。
メーカーが違うから当然かもしれないが、逆に冷蔵庫などどれも同じだと思っていた。
ドアがきちんと閉まっていないと、前の冷蔵庫はピーピー鳴って教えてくれたが、今回の冷蔵庫は全く無音。
以前のものは扉が重くて勝手に閉じたが、今のはきちんとこちらが閉じてあげなければならない。
中の段組も多少カスタマイズできるが、基本、一段が前のものより少し狭い。
野菜室の容量は今の冷蔵庫が大きい。
「そういうのって店にあるものを覗いて見てもわかんないよな」
年末、黒電話と旧式のプッシュ式の電話機を持ってきた柳田に言う。電話機は作品の材料となる予定だ。
「あの冷蔵庫を使っていた家の奥さんは買って間もなくから使い勝手が悪いとぼやいていたらしい」
「ふうん」
開けたり閉めたりが多いと閉まりきっていない時も多いのかもしれない、とぼんやり思った。
「河原崎は大丈夫?使い勝手」
「まぁ。無口なお嬢さんだと思えばね。優しく紳士的に使うと問題ない」
「あぁ、半ドアでも鳴らないもんな。本当の開けっ放しだとピーピー鳴るけど」
「そうなんだ」
それは知らなかった。
「最近の冷蔵庫って早いやつだと10年持つか持たないかだけど、大体今のは12〜3年ってとこかな?何かあったらいつでも言ってくれ。次のを持ってくるよ」
あと5年くらいの付き合いか。それが長いか短いのか今ひとつピンとこない。
そもそも、5年後の自分すらピンと来ていない。でも5年前の自分と今の自分も大きくは変わっていない。
「次は柳田の売上に貢献しようかな?」
そう言いながら、冷蔵庫から冷えた缶チューハイを取り出した。

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年末特別種明かし。気がついていらっしゃる方もいると思いますが、

に出てくる河原崎さん。
他にもちょこちょこ出てますが

のカレンさんです。