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年越し花火

「花火しよう」
「え?」
「除夜の鐘を聞きながらの花火、オツじゃない?」
「オツなのか?」
「国産の線香花火だよ?」
「いつから用意してたんだ?」
「夏。乾燥剤たっぷり密封してた」
「じゃあ、大丈夫・・・なのか?」

宵月と一緒に年を越すのはこれで4回目だ。
大晦日にしては暖かな夜だった。
風邪をひきやすい宵月には上着を着るように勧めた。
宵月は素直にダッフルを着て、庭に出る。
クリスマスに一度降った雪はもう解けていた。
素焼きの皿の上に置いた蝋燭から、それぞれ手にした花火に火をつけた。
パチパチというかジリジリというか、線香花火というのはこんな音を立てるんだ。と思った。
宵月は真剣な顔で花火をしている。

「本当は、貰った花火なんだ」
「誰から?」
「卒業生。今は花火を作っているんだって」

大学卒業後地元に戻って、市役所に3年勤めた後、花火工場というより、花火職人に弟子入りしたという。
ふらりと大学の研究室を訪れ、そこにいたみんなに線香花火を一袋ずつ渡したという。

「どうして弟子入りしたか聞いてた人もいたけど、明確な答えは返ってこなくて…本人もよくわからないって言ってた」
「へぇ。家業を継いだとかではなくて?」
「うん」

花火はパチパチと音を立てる。
手持ち花火なんていつ以来だろう。
冬の花火は夏の花火より光が小さいけど明るい。そんな気がした。

「でも、なんで今まで取っておいたんだ?」
「花火しよう、って言いそびれていた。もらったのが夏の終わりで」

そう言われると花火をするタイミングってなんだろう?
お盆。キャンプ。あとは何だ?
案外ないかもしれない。

「あ」
「ん?」
「除夜の鐘」
宵月がそう言って音のする方に顔を向けた途端、ポタリと火が落ちた。
「あぁ・・・」
最後の一本だった。
「でも。まぁ…楽しかった」
宵月は立ち上がると改めて、除夜の鐘の音のする方を向いた。
ここに鐘の音が聞こえるのは、天候や風向きの条件が整った時だけだ。
「あけましておめでとう」
声をかけるとこっちをくるりと向いて、一度自分の腕時計で時刻を確認してから「あけましておめでとう」と宵月は言った。
「今年もよろしく」
と言えば、「うん」と頷き、何やら思いついたのか小首を傾げた後、「年末、また花火しようね」と子どものように言った。
「今から年末の話か?今年が始まってまだ10分だ」
「へへへ」
宵月が子どものように笑う。
「花火はまた僕が準備しておくから。だから一緒に花火をしよう」
宵月が言う。
「うん。そうだね」
宵月はホッとしたような顔をした。
「中に入ってあったかいものを飲もう」
声をかける。
まだ鐘の音が聞こえる。
逆にそれ以外何も聞こえてこない。
僕らが家の中に入ると、鐘の音はもう聞こえない。
カーテンを閉める時、自分の手から微かに花火の匂いがした。