見出し画像

指先の絆創膏

ふと思い出したのはNさんの指だった。
男の人の指ではあるけれども、指がとても綺麗だった。
知り合った当時は、Nさんは煙草を吸っていて、煙草を持つ指をいつもじっと見てしまった。
「あぁ、おまえ、吸わないんだもんな」
僕の視線に気がつくとNさんは吸い刺しの煙草を消してしまう。
「違うんです」
いつも僕は慌ててしまう。
Nさんがグラスに這わす指も好きだった。
ハイボールを好んだNさんに細めのグラスがとても似合った。
左手の人差し指に時々絆創膏が巻かれる。
訊くと「紙で切った」とか「ささくれを剥いてしまった」とか言う。
「ヒリヒリ痛むのって嫌じゃない?」Nさんは言う。
学生時代からの友人だという木村さんが「あいつ、傷負けしやすいんだ。すぐ化膿する。だから、きちんと薬を塗って絆創膏を貼るんだ」と言っていた。
Nさんの綺麗な指に絆創膏が巻かれているのは少し残念なような、逆に、絆創膏すらもカッコよく感じてしまうくらい、僕はNさんの指が好きだった。

「気持ち悪いよ、おまえ。何?指フェチ?」
川上が手を握って指を隠す。
「大丈夫。川上の指には魅力を感じない」
「失礼だなぁ」
事実、川上の指は無骨過ぎる。柔道の猛者だけにそれはそれで立派な手だ。
「自分にないものとか憧れるものじゃん」
「あぁ、それはわかるわ」
川上がうんうん頷く。川上の奥さんは川上よりも背が高いフランス人だ。
「エマさんの指も白くて長い。おまえ見たら惚れちゃうよ」
「奥さんはネイルとかしてる?」
「普段はしてない。仕事柄邪魔なんだそうだ。でも、俺とデートの時はつけ爪つけたりおしゃれしてくれるのが嬉しい」
川上の奥さんは帽子を作っている。オーダーメイドの帽子。川上もいくつか作ってもらっているようだが僕はまだ見たことがない。
「Nさんって、一時うちに出向していたNさんのことだろう?」
「そう」
「よく覚えているよな。まぁ、確かに印象に残る感じはするけど、半年だっけ?うちにいたの」
Nさんが元の会社に戻って3ヶ月後、自分たちの会社はNさんのいる会社のグループ傘下となった。
「ヘッドハンティングならわかるけど、会社ごとハントするってすごいよな」
あれから2年、Nさんはどうしているだろう。

Nさんの指を思い出すきっかけは机の上の絆創膏だった。
新商品の絆創膏の試供品。誰が置いていったのだろう?
ハイドロコロイドタイプの絆創膏はNさんがいた頃発売された。
「新しいものには飛び付かないタイプ」というNさんは、普通の絆創膏を指に巻いていた。でも、一度社内で紙で指を切った時、金本さんが出たばかりのハイドロコロイドの絆創膏を渡したことがあった。結構深く切れていて、血がたらたらと出ていた。
「治り速いです。驚きます」
Nさんは恐る恐るというような感じで貼っていた。
「厚いね。なんか剥がれそう」
「大丈夫です。粘着すごいです」
金本さんのポーチの中にはないものはないのでは?と思うほどなんでも入っている。
2時間後、Nさんの指先には普通の絆創膏が貼られていた。
「あれ剥がしちゃったんですか?」
「いや。この下に貼ったまま。やっぱり剥がしそうで怖いんだよね」
Nさんはそう言って眉を下げた。
聞けばNさんの鞄の中も金本さんに負けないくらいいろいろ入っていて、「そういうところが女の子みたいとかいうと怒るんだ」と木村さんが言っていた。きっとこの絆創膏は鞄の中のアイテムに違いないと思った。
2日後、Nさんが金本さんにお礼だと言ってチョコレートを渡していた。
「すごいね。あの絆創膏。すぐ治ったよ。普段ならもうちょっと傷が開いているのに。魔法の絆創膏だわ。薬も要らない」
Nさんは本当に驚いているようだった。
「でしょう?」
「お風呂に入っても簡単に取れないし。惜しむらくはサイズがあれしかないんだね。もうちょっと大きいのがあると嬉しい」
「ですよね。でもこれからサイズのバリエーション増えるんじゃないんでしょうかね」
仕事モードの時のNさんと全く違うテンションだった。
男臭さを感じさせない。だからといって女っぽいわけでもない。無性というかNさんはNさんとしか表現できない。
「堂島も用意しとくといいよ。魔法の絆創膏」
そう言って笑っていた。
指先には絆創膏はなく形のいい爪が見えた。

試供品のハイドロコロイドタイプの絆創膏は少し変わった形をしていた。指先に貼りやすいようにT字型になっているとパッケージにあった。
Nさんもどこかでもらっているかな?それとも早々と見つけては女子力満載の鞄の中に入っているかもしれない。
スマホの中にはNさんの連絡先がまだ残っている。
思い切ってかけてみようか?
試供品の絆創膏をポケットにしまう。
Nさんに会えたら渡そうと思った。