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のの様

のの様は真夏生まれの神様で、何の神様かというと「雪」の神様だった。
「この矛盾」
のの様の父神様はそれはひどく憤慨した。
「仕方がないではありませんか。大神様が決めたことです」
母神様は父神様の声に驚き泣き出したのの様をあやしながらため息をついた。
神様が生まれると、大神様がその役目を決める。
のの様の父神様は山の神、母神様は野に咲く花の神様だった。のの神様にはふたりの兄がいて、上の兄神様は秋に生まれた雲の神、下の兄神様は春に生まれた小川の神様だ。
神様は自分の生まれたあたりに一番力が強くなる。上の兄様の誕生日が近くなると、空にはそれはそれは立派な羊雲が空を覆い、下の兄様の誕生日が近くなると、小川は山よりの水を受け勢いよく流れ出す。
父神様も母神様も春の生まれで山も野も春の姿は美しい。
のの様は夏の盛りに雪を降らせることなどあってはならないことなので、夏は社の奥の奥でじっとしている。
時折奥の小部屋を雪で満たす。
のの様は夏生まれではあるけれど、夏の暑さが苦手なので、これはこれで案外といいのかも?と思っていた。
いざ冬になり、雪が降ってもいい頃には、のの様の力は弱く、時折雪がチラつくばかり。
「ふむ…」
ため息に似た吐息を吐いて、のの様は社の外を歩く。
ほとんど陽の光を受けない体は、雪の神に相応しく真っ白である。
風が吹けば飛ばされそうな細い体。俯き加減で歩く姿を誰もが心配する。のの様はこのまま消えてしまうのではないか?
「のの様、どちらへ?」道行く人が尋ねれば「散歩です」と言葉少なに答える。
「ののや、のの。おまえの寂しそうな顔を見ると誰もが切なくなってしまうのだ。何か望みがあるならこの父に言え」
「母にも」
「我ら兄にも遠慮は要らぬ」
皆、のの様には優しい。
「ありがとうございます。でもこれは私の問題。私がなんとかするしかないのです」
のの様はようやく大神様のところに辿り着いた。
「大神様にお尋ね致します」
「なんなりと」
「わたくしめは本当に雪の神なのでございましょうか?」
「雪の神に違いない」
大神様の言葉にのの様は落胆の色を隠せない。
「なぜわたくしめは雪の神なのでしょう?ちっとも役に立つことができぬ神など必要ないではありませんか?」
「ののよ」
大神が言う。
「おまえの力は強すぎる。生まれた時に私にはそれがわかった。だから、夏に生まれたおまえを夏から一番遠いものの神とした」
のの様にはなんのことだかわからなかった。
「おまえが本当に雪が降るのを願ったら、たとえ誕生日から一番遠い真冬でも辺りを全て深い雪で覆うことができる。なんなら今、雪を降らせてみろ」
のの様は半信半疑ではありましたが、たくさんの雪が世界を覆うヴィジョンを思い浮かべた。
白い静かな世界。
全てを雪が覆う世界。
大神様の館の外から声が聞こえた。
「こんなに雪が。のの様に何かあったのではないか!」
人々が慌てている。ここ何年もの間、こんなに雪が降ることはなかった。
のの様は慌てて雪の降るのを思うことをやめた。
雪が止んだ。
それでも大神様の館の前では、のの様の身を案じて集まっている人々、そして、のの様の父神様をはじめとするたくさんの神様の姿があった。
「いつかおまえは、この世界の終わりを告げる者だ。それは辛い役目だ。わたしはこの世界に始まりを与えるものとして誕生した。最初は光の神と呼ばれていた。始まりを繰り返すばかりの中、そろそろ終わりが始まる予感がしていた。そしておまえが生まれた。おまえがいつしか世界に終わりを与えなくてはならない時がくるまで、皆に愛されるがいい。それほどおまえの役目は辛いものだ」
「終わりというのは必要なのでしょうか?ずっとあり続けてはいけないのでしょうか?」
「わからん」
大神様は目を伏せた。
「終わりがなければ始まらない。始まりがあるから終わりがある。生き物たちの命がそれを証明しているといつか死の神が言っていた。終わりが要らないのなら、始まりもまた要らないものなのだろう」
大神様はのの様をその大きな懐に抱き寄せた。
「わたしもおまえを愛している。世界の最期の時までも」
大神様がこぼした涙をのの様がそっとその衣で拭いた。
「世界の終わりはまだ先ですよね?」
大神様の腕の中でのの様が見上げる。
「あぁ、まだ先だ」
「どれくらい?」
「もう少し先だ」
「少し?」
「わたしがこれまで過ごしてきた時間と比べたらな」
大神様が笑ってみせる。
「全てはおまえ次第だ」
大神様は優しくのの様の頭を撫でた。
のの様の誕生こそが、すでに終わりが始まっていることだということを大神様は口にはしなかった。だが聡いのの様はそのことに気づいただろう。だから今まで何も伝えてこなかったのだ。
「皆が心配している」
大神様は腕を解くと、皆の待つ館の外へとのの様を促した。
のの様は立ち上がり、大神様に礼をする。上げた顔には少し寂しげだけど美しい笑顔を浮かべていた。

のの様は夏生まれの雪の神。
昔に比べて雪が減ったのはそういうわけだと人は言う。
時折大神様があまりの雪の少なさに、雪を降らせてみせるけど加減がわからず大雪になる。
「のの様が雪を止ませに行かなくてはならないほど。だから時折のの様は大神様の館に行くんだ」
みんなはやれやれと雪を片付ける。

のの様は夏生まれの雪の神。
いつか夏が終わる日までは。