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手相見屋-【手のひらの恋】#青ブラ文学部

毎週木曜日の夜にやってくる女の客がいる。
歳は二十代後半。
手相見などに頼ってくる割には、ドライな感じを覚える女だった。
「毎週見たところでそう変わらないよ」
「いいからいいから」
女は恋愛運を見てくれと言う。
正直なところ、あまり恋愛運はよろしくない。
男運がないと言うべきか。
長続きしない。
「あら、じゃあ、今回もダメかしら?」
「ひょっとして、彼氏が変わるたびにここに来てる?」
「彼氏になる前に品定めしてもらいに来てる」
そう言って女はハハハと笑う。
「本気じゃないんでしょ?」と訊けば「そうでもないんだけどね」と言う。
もう3ヶ月になるだろうか?
最初はお互いこんなフランクな話し方などしていなかった。
「結婚となるとまた違う?」
今週の彼とはそういうことも考えているのかい?などと心の中で呟きながら結婚線を見てみる。
「おや、これは…」
思わず声が出た。
「どう?」
「悪くはないね。でも今の彼ではないと思うよ」
「どうしてさ?」
少し不機嫌そうな声が問う。
「晩婚」
「え?」
「結婚は遅いね。適齢期のあとだ」
と言っても昨今の適齢期とはいつなんだ?
「所謂、玉の輿ってやつ」
「え?」
「玉の輿。わかる?」
「そのくらいわかるよ」
「その相手とちゃんと添い遂げてめでたしめでたしな手相」
うんうんと頷きながら言う。本当、結婚線は悪くはないと思う。今すぐにでも結婚したいと思っているとしたら、納得できないかもしれない。
「あのね。結婚線に関して言えば、左右の手、どちらもおんなじに出ている。間違いないよ」
「玉の輿が?」
「晩婚もね」
こちらに向けていた両手をパッと引いて、自分の頬を両手で包んだ。
「うーん」
少し唸ると、自分の頬をパンと叩いた。
「確かに。あの人は違う」
あの人がどの人かわからないが、こくこくと頷いた。
「ねぇ」
顔をぐいっとこちらに向ける。
「はい?」
「その玉の輿の相手は僕です…とか言う?」
そう言ってまた顔をぐいっと近付ける。
「まさか」
「まさか?」
「ご覧の通り。僕はもう結婚しています」
左手を前に出す。薬指にはプラチナリング。
「生活には困っていませんが、玉の輿と呼べるほど裕福でもありません」
そう言うと「そっか」と言って顔を引いた。
そして腕を組むと「うんうん」と何やら納得したかのように頷いた。
「いつもアタシの恋愛を悪く言うから、てっきりアタシに気があるのかと思ったよ」
「いやいや…それは」
思わず「ない」と言いそうになる。
悪い子ではない。でも残念ながら好みではない。
「毎週会って話をしていて、思わず惚れちゃったりってしない?」
「ないです」
即答してしまった。
「あぁ、いや。あなただからというわけではないのです。お客様だと思って会っているうちはどうやっても恋愛にはならないんです」
それは本当だ。
女はしばしじっとこちらを見ていたが「なるほどねぇ」と頷いた。
「じゃあこれからもアタシの相談には乗ってもらえる?」
「それはもちろん」
大きく頷いて見せる。
「むしろ、あなたの手のひらで展開する恋の行方を見守らせてもらいたいです」
そう。いつか人生のパートナーと出会った時、この手相がどう変わるのか見てみたい。
「手のひらの恋?」
広げた自分の両手をじっと見つめて、女は首を傾げる。
あまりに真剣に自分の手を見ているので、思わずクスッと笑ってしまう。
「この3ヶ月。毎回恋愛について訊ねられるのですが、ちっとも変わっていないんので、毎回同じ答えしか出せずに申し訳なく思っていたんです」
身に覚えのある相手は、ムッとしたようなどこか恥ずかしがっているようななんとも言えない顔でこちらを見た。
「きっと運命の相手に会われたときはその手のひらが伝えてくれるのでは?と僕の方が期待し始めていますよ」
「手相でわかるものなの?」
「じゃあ、あなたは何を思って毎週ここに来ているんです?」

「で?その女は?」
「来てるよ。毎週ではなくなったけど」
「ふうん」
パートナーは、スティックきゅうりに味噌をつけてポリポリ齧る。
半年近い海外出張からようやく帰って来て、「日本の味」を堪能しながら自分の留守中の話を聞く。
「よく言うよ。玉の輿じゃないとか。このビルのオーナーが」
「何言ってるんだよ?君の収入のが上だろう?」
パートナーは新たなきゅうりを口に運ぶ。
「何より、僕の恋愛対象は同性だ」
そう言って僕もスティックきゅうりに手を伸ばすと、パートナーはクスリと笑った。