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【62言葉】 #100のシリーズ

子どもがいたら違っただろうか?と思った。
思いが冷めた…というのとも少し違う。
一緒にいることに意味を見い出せない。
家族だったらそういうことも考えなかったかもしれない。
僕らは夫婦にはなれたが家族にはなれなかった。それだけなのかもしれない。
妻も同じようなことを考えていればいいな…などと都合のいいことを考えてみる。
そんな時、転勤になった。
隣市にできた新しい営業所だった。
天下りの新所長の補佐として、と上司らは言うけれど実際は左遷ではないか?そう思っていた。
新所長がいた国の機関とのパイプ役になってほしいという。
「そことの繋がりを是非とも作りたいんだ」
「君の新規開拓の腕を見込んでいる」
上司たちのどんな言葉も僕には刺さらない。
転勤はかまわない。家から通えなくはない。ただ、片道1時間強かかる。妻も仕事を持っている。朝早くに家を出て、遅い時間に帰宅する僕に付き合わせるのは申し訳ない。
会社には全く関係ない話かもしれない。
それでも上司に相談すると、あっさりと「単身赴任はどうだ?」と言ってきた。
短ければ1年。長くても3年。僕はその営業所にいなければならないらしい。
会社は至れり尽くせりというように、単身赴任の環境を整えてくれた。
「連休には帰ってくるよ」
そう言って僕は家を出た。
赴任先の町にある高校に僕は通っていた。
新設の学校で一期生というのに憧れた。
当時は祖父母がその町に住んでいたので、祖父母の家に居候した。
現在祖父母は町を出て伯父夫婦と一緒に暮らしている。
かつての祖父母の家があった場所に建てられたマンションに僕が住むことになったのも何かの縁だろう。
すっかり代わった景色を見た時、何も言葉が出なかった。
妻から毎朝「おはよう」のメッセージが届く。
僕も「おはよう」と返す。
仕事から帰ると「今、帰った」とメッセージを送る。
妻から「お疲れ様」と返ってくる。
そして妻が寝る前に「おやすみなさい」と送ってくる。
僕も「おやすみ」と返すが、同じ時刻に眠るわけではない。
妻の「おはよう」と「おやすみ」は毎日同じ時刻だった。
実際、妻は規則正しい生活を送る。
ひとりでいても変わらないのだな。と思う反面、本当に妻がメッセージをその都度送っているのだろうか?とも思う。タイマーか何かを仕掛けて自動的に送っているだけなのでは?
そんなことを考えてしまうほど、妻からのメッセージは同じ時刻に同じ言葉で送られてきていた。
そのメッセージのやり取り以外は特に何も妻と話をすることはなかった。
連休で最初に家に帰る時も「明日帰る」とメッセージを送った。自家用車を持ってきていたから、それで戻るので迎えなどもいらない。
妻から「気をつけて」と返信があった。
ひと月ぶりに会う妻とも、毎日顔を合わせていた頃とあまり変わらなかった。
変わらなかったけど、お互いがお互いに気を遣っているような気がした。
その時初めて「離婚した方がいいのかもしれない」と思った。
気を使う相手と再び一緒に暮らすのは難しいと思った。
妻のことが嫌いになったわけではない。
でも何かが、妻に対する何かがなくなったような気がした。
僕の上司となった新所長は、話に聞いていた以上の切れ者だった。
頭がよく、自分の立場を理解している人だった。
昼なども一緒に過ごすことがが多かった。
所長は僕が単身赴任だと聞いて驚いていた。
「お子さん、小さいの?」
食後のコーヒーを店員が運んできた。
「子どもはいません」
仕事を持っている妻に気を遣わせるのも嫌だからと言ったら「ふうん」と気のない相槌をついた。
「私には孫がいるけれど、妻はいなくてね」所長が言った。
「離婚したんだ。だいぶ前。子どもが小さい頃。子どもはふたりとも私が引き取った」
子どもがいても離婚するのか。と思った。
いや、結構多い話だ。
自分が子どもがいたら…とか考えていたのがなんだかおかしくなった。
「僕も考えているんです。離婚」
所長は少し驚いた…という表情を作ったがすぐに苦笑して「そんな気がした」と言った。
「嫌いとかじゃないんですけどね」
「うん」
所長はコーヒーに砂糖をふたつ入れてスプーンでかき混ぜる。
「一緒にいた時からなんですが、妻に言う言葉がなくなってしまって」
「うん」
「一緒にいるだけでいい…というわけにもいかなくて」
「うん」
甘そうなコーヒーを所長はひと口飲んだ。
そして、もうひとつ砂糖を入れた。
僕はミルクだけ入れたコーヒーを飲んだ。
「うまく説明できないんですが、なんかダメかな?って。ダメっていうのもおかしいな。うまく言葉で説明できないけど」
「うん」
所長はまたひと口、コーヒーを啜る。
「難しいよなぁ。夫婦を続けるって」
所長は言った。
「先達の言葉はなんだかしみますね」
と僕が言うと、所長は顔をくしゃりとさせて笑った。
僕も笑ったが、果たしてうまく笑えているか?わからなかった。


に出てくる西宮くん。
【言葉】繋がりで…って、繋がってる?