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和菓子屋 -【腐れ縁だから】#青ブラ文学部

付き合っている年数で腐れ縁と呼べるラインがあるとしても、さすが半世紀の付き合いとなったら「俺たち腐れ縁だから」と言っても誰も否定しないだろう。
「あきほ堂」という和菓子屋がある。
うちの親父とそこの店主は生まれた時からの知り合いなのだという。
「誕生日も一緒、生まれた病院も一緒、なんなら入院していた病室まで一緒」
とどちらも口を揃えていう。
父の友人であるあきほ堂の主人は三代目。早くに結婚していて四代目になるであろう長男は製菓学校を卒業後、今は店を手伝っている。
三代目によく似ていると近所で噂の四代目と、自分の3歳上の姉が結婚を前提に付き合っている…という話を聞いたのは先週のことだった。
家も近くだし、父親同士(病室が一緒だった縁で母親同士も)が仲がいいから、家族ぐるみの付き合いはあったが、結婚の挨拶で四代目が我が家に来た時は流石に父は驚いていた。母は姉から話を聞いていたようで、始終ニコニコしていた。
父はその日、あきほ堂三代目と飲みに出た。
三代目も父と同様、結婚の話はこの時初めて聞かされてたようで「親友が親戚になるなんて」と話していたらしい。
そんな中、自分だけがその輪から弾かれたような気になっていた。
あきほ堂は子どもが四代目しかいない。
自分とは8歳違う。
四代目は自分のことを弟のようにいつも可愛がってくれた。
自分も兄のように慕っていた。
それが本当の兄になる。それはとてもいいことではないか?
そういう自分もいる。
だけど、嬉しそうにしている両親や姉を眺め、羨ましいと思っている自分もいる。
そういうことをグチグチと悩む歳でもない。
そう思っていた。
大学の帰りだった。
その日は週に一度の朝から夕方まで隙間なく講義のある日だった。
地元の大学に進み、学校へは時々自転車で行くこともあったが、徒歩でも通えなくはない。
心身ともにくたびれて道を歩いていた。
すると、隣に車が止まった。
「シンちゃん」
四代目だった。
店の車ではなかった。
「乗りな」
四代目は腕を伸ばし助手席のドアを開けた。
断るわけにもいかず、自分は車に乗り込んだ。
シートベルトをすると四代目が「この後は用事があるか?」と訊ねてきた。
特にないと答えると「少し付き合え」と言って車を出した。
四代目は親戚の家に行って来た帰りだという。
車は国道から海岸線に沿って走る県道に入った。
「ところで、シンはいつから俺を四代目って呼ぶようになったんだっけ?」
不意に四代目が言う。
そういえばいつからだろう?以前は「お兄ちゃん」が転じた「おにい」と呼んでいた。
「うーん?あれだよ。おじさんが言ってたんだ。四代目に落ち着いてくれるって。で、父さんが『四代目かぁ。カッコいいな。続くのって』って言ったんだ」
「そういえばおじさんも四代目って呼んでいたことあったな」
「今は呼んでないの?」
意外だった。
家で話す時は「四代目」と話をしていた。
本人には以前の通り「チアキ」と呼んでいるのだと言った。
あきほ堂は代々名前に「アキ」がつく。初代は昭雄あきお、二代目は昭文あきふみ、三代目はあきら、そして四代目は千明ちあき
あきほ堂は昭雄からではなく、その初代の奥様の名前が「あきほ」さんだったのだと言う。
そんな他人の家の歴史を知るのも父親たちの腐れ縁のなせる技だと思っている。父は初代のことも記憶にあるという。
「シンにはできれば前のように『おにい』って呼んでもらいたいな」四代目が言う。
「折角、兄弟になれるんだ」
昔、自分が子どもの頃は8歳上の「おにいちゃん」はお兄ちゃんというより大人に見えた。
自分の成長と共に、その差が少し縮まって来たような気がして「おにい」と呼ぶようになった。
「四代目には距離があって寂しいと思っていたんだ」
そう言うと、こちらをチラリと見た。
「あー」
自分も父を真似ての「四代目」から「おにい」に戻すきっかけを見つけられずにいただけかもしれない。
20歳になって「おにい」と呼ぶのが恥ずかしかっただけかもしれない。
「うん」
そういう自分の頭にポンと大きな手が乗せられた。
「うん」
もう一度頷く。
「もう、オレ、ハタチだけど、おにいにこうして頭触られるの好きなんだ」
おにいは「そっか」と言った。
「あと、おにいの作る苺の入った水まんじゅうも好きだ」
「そっか」
おにいは言った。
「今は桃のお菓子も考えているんだ」
「桃?」
桃は自分の好物だった。
「帰ろっか。シンに試食してもらわないとな」
おにいは両手でハンドルを持つと少しだけスピードを上げた。
腐れ縁以上の縁に巡り会えたような気がした。