鋏 2題
レモンの鋏
いろんな鋏が家にはある。
ただなんとなく集めているのではない。
それぞれにそれぞれの役目がある。
その中にレモンを切るためだけの鋏がある。
柄の白いキッチン鋏。
スライスレモンとミントを水に入れてレモン水を作って飲むのが日課だ。レモンはスライスして冷凍保存する。500ml入るボトルにミネラルウォーターを入れて、スライスレモンを1枚、ミントをひとつまみ入れる。それを一晩冷蔵庫で冷やして、翌朝飲む。空になったボトルで再びレモン水を作る。それを夜までかけて飲む。
ボトルが少し細いから、レモン1枚、丸ごと入らない。
凍ったスライスレモンを半分に切る。
それがこの鋏の役割。
一日に2回。レモンを切るためだけに用意された鋏。
用意されたといっても、レモンを切るために買ったわけではない。
予備のキッチン鋏としてずーっとそこにいたが、最初にレモンを切った時から、それはもう凍ったスライスレモンしか切ることはない鋏になった。
パラフィンを切る
パラフィン紙を切るということは日常的にそうあることではない。と思っているのは間違い。
粉薬が入っている袋もパラフィン紙。
あぁ、あれか…。そう。あれです。
パラフィン紙を切るには重い鋏がいい、というのが父のこだわりだった。
黒くて大きい鋏で、薄いパラフィン紙を切る。
一度だけ「シャリン」と音を立てる。
鋏でパラフィン紙を切る。
それは当たり前のことなのに、まるで魔法のようだった。
父の大きな手にとてもよく似合う鋏。
あの黒くて大きな鋏は今はもうない。