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【本屋】-スキャンダル#青ブラ文学部

昔ながらの書店で、雑誌がメインの品揃え。それほど広い店構えではない。
「角にないのにカドノ書店」そんなふざけた看板を出していた父は12年前に亡くなった。
門野かどのが子どもの頃は、店の前に雑誌を置いた平台もあったが、ススムが店を継ぐ前にその平台は姿を消した。
スキャンダルを拾い集めていた写真週刊誌をはじめとする諸々の週刊誌が、その平台の上にあったのを記憶する。
外に出していても不思議と盗むものはいなかった。
そこで雑誌を手にすると入り口ドア近くのカウンターに雑誌を置くと、カウンター内の父親がレジを打つ。
女性客は買った週刊誌を紙袋に入れてもらうのを待つが、男性客はそのまま雑誌を手にする。
幾人かのなじみ客は、雑誌の中のスキャンダル記事について語り始める。
そんな客に父親は決まって言う。
「世の中、週刊誌のネタだけはなくならないねぇ」
「週刊誌のネタがなくなったら、世の中も終わっちまうって」
などと言って帰って行く。
父親いた頃と変わっていないのはレジを置くカウンターと店の奥の造り付けの棚ぐらいだ。
というのも、父親が亡くなった翌年に、カドノ書店真向かいで火事が起きた。
空き店舗だったのが幸いで人的被害はなかったが、道幅が広いわけでもない向かいから、炎の熱で飛び跳ねた様々なもので店のガラスが割れたり、外装がすっかり煤けてしまった。
表が見えるようにガラス戸にしていた正面は壁にして、小さな窓を付けた。
ガラスの自動ドアだった入り口は、木製のドアにした。
本を並べていた台や棚もその時新しくした。
ガラス張りの店の正面の上に大きくあった「角にないのにカドノ書店」の看板もすっかり汚れてしまったので取り外し、ドアの傍に淡い空色のあまり大きくない看板を置いた。さんざん悩んで結局は「角にないカドノ書店」と書いた。
週刊誌はレジの前の平台が定位置だった。
昔に比べて種類が減ったし、仕入れの数もだいぶ減った。
「相変わらずこれはスキャンダル記事ばかりだねぇ」
そう言いながらも、父の頃からの常連は週刊誌を発売日に買っていく。それも売れ筋でいうと三番手四番手あたりの本の特集をチラリと見て決めて買う。
「シンちゃん。もっと景気良く積んどかないと」
週刊誌をカウンターに乗せて客は言う。
「週刊誌は返品きくんでしょ?」
「まぁ」
「はったりでも積んどかないと」
なぜそう思うのだろうか?
「いやいや。もう、こんなに売れちゃいましたよ。って見せかける戦法です」
などと返せば「それもありだな」と嬉しそうに笑う。
そんなやり取りを毎週するのだ。
「みんな、勘違いしてるんだよなぁ」
「勘違い?」
先に釣り銭を渡した。客は上着のポケットにそのまま釣り銭を入れた。
「ゴシップとかネットで読んでいるから週刊誌いらないって言うけど、そのネタを見つけてくるのが雑誌記者だ。雑誌がなければ記者もネタを探さねぇ」
昔からの常連客。年齢はひょっとして80を超えているかもしれない。そんな人が毎週欠かさず週刊誌を買いに来る。休刊という名目で週刊誌は減っていき、客の求める雑誌の名前も何度か変わった。だけど、スクープ記事を頻繁に発表する雑誌には手を伸ばさない。
「情報を得るためにはそれ相当の対価を払う必要がある。黙っていても買われていく雑誌は他の誰かさんたちに任せるさ」と言う。
「それにな、シンちゃん」
カウンターに肘をつく。
「俺は、誰でもしてそうなことを声高にスキャンダル扱いしてスクープだなんだと騒いでいるところがどうも苦手でね」
「そんなこと言ったら、週刊誌なんてどれもそうでしょ?」
「違いねぇ」
客はクククと笑う。
「誰かひとりを責めるような、こんなちっちゃなスキャンダル記事を」そう言って、親指と人差し指の指先をキュッとくっつける。「仰々しくおっきな話に見せるよりも」と買った雑誌を手にした。
「本当は誰にでも見えることなのに誰も気が付いていないどデカいネタを報じてくれるような雑誌が現れることを、俺は願っているんだけどねぇ」
と言った。
「俺が生きているうちにそういう本は出ないだろうねぇ」
そう言ってニッと笑うと客は「また来週」と店を出て行った。