"理想のステーブルコイン"は実現できるの?(できる)
こんにちは、プログラマブルな信頼を共創したい、
Progmat(プログマ)の齊藤です。
10月2日の新会社設立に合わせて公開した第1回記事では、
「そもそも、Progmatって何なん?」を解説し、
第2回記事では、
「なんでトークン化するの?」を解説しました。
トークン化にはいくつか種類があり、
セキュリティトークン化(ST化)する意義や、
ステーブルコイン(SC)がなぜ必要なのか、
の勘所をザックリ押さえることができたかなと思います。
そこで、第3回の本記事のテーマは、
「"理想のステーブルコイン"は実現できるの?」
です。
結論からいうと、できます。
"理想のステーブルコイン"の要件を合わせる
ステーブルコインに限った話ではないですが、
たまに”嚙み合わない議論”を目にしたことはないでしょうか?
多くの場合、議論している方々のスループット(情報処理能力)にそこまで大きな違いはないので、”噛み合わない”(アウトプットが異なる)原因は、お互いに持っている”前提情報”が異なる(インプットが異なる)から、と考えています。
そこで、まずは前提情報(インプット)を揃えさせてください。
私たちの考える、”理想のステーブルコイン”の要件は以下のとおりです。
誰でもアクセスできる
どこにでも送れる
絶対にデペッグしない(特定の法定通貨と常に等価で交換できる)
「1.誰でもアクセスできる」の反対は、「特定の参加者しかアクセスできない」です。どちらが利便性が高いかは自明かなと思います。
「2.どこにでも送れる」の反対は、「特定の参加者にしか送れない」です。どちらが利便性が高いかは…(略
「特定の参加者しかアクセスできない」或いは「特定の参加者にしか送れない」コインはいわば「ガラパゴスコイン」であり、
意味が無いとは言わないですが、少なくとも理想的ではない、と考えています。
次に、
「3.絶対にデペッグしない(特定の法定通貨と常に等価で交換できる)」の反対は、「常に特定の法定通貨と等価で交換できるとは限らない」「ある日突然、あると思っていた価値がなくなる」です。
一見すると、「ステーブルコイン(安定的なコイン)」と謳っている以上、前者の「3.絶対にデペッグしない」は当然のように思えます。
後者は「ステーブルじゃないコイン」です。
但し実態は、現時点で存在しているほぼ全ての”自称ステーブルコイン”は、デペッグした過去を持ちます。
悲惨なプロジェクトでは、価値がほぼゼロになっているものもあります。
「ステーブルコイン」と称したプロダクトである以上、「3.絶対にデペッグしない(特定の法定通貨と常に等価で交換できる)」は必須であると考えています。(正に”プログラマブルなトラスト”の真価発揮です)
この時点で”考えている理想”が異なる場合(=「ガラパゴスコイン」又は「ステーブルじゃないコイン」を期待している場合)、
以下の解説は参考になりませんので、ご留意いただければと思います。
また、法的な見解は当然個別具体的な内容次第ですので、あくまでビジネスパーソンとして把握しておくと役に立つポイントを、齊藤の個人的理解ベースでザックリ解説するものです。
では、話を進めます。
「絶対にデペッグしない」=通貨建資産
「絶対にデペッグ(ペグが外れる)することはない」
=「常に、特定の法定通貨と等価で交換できる」
これを法律的に表現すると、
であり、これを「通貨建資産」と呼びます。
さて、
既に存在している数多の”自称ステーブルコイン”は、通貨建資産なのでしょうか。
例えば以下のようなものが存在しています。
暗号資産を裏付けにして、1コイン=1法定通貨での交換を目指しているもの
金を裏付けにして、1コイン=1法定通貨での交換を目指しているもの
不動産を裏付けにして、1コイン=1法定通貨での交換を目指しているもの
債券を裏付けにして、1コイン=1法定通貨での交換を目指しているもの
発行会社の信用を裏付けにして、1コイン=1法定通貨での交換を目指しているもの
需給調整により、1コイン=1法定通貨での交換を目指しているもの
これらはすべて、通貨建資産ではないと考えられます。
”目指しているだけ”です。
暗号資産、金、不動産、債券、発行会社の信用、需給調整アルゴリズム、といった”裏付けになるもの”の変調により、法定通貨と常に等価で交換できるとは限りません。(前述のとおり、実際に大概デペッグしています)
実は、日本の法律もこの考え方と整合的です。
2023年6月施行の改正資金決済法において、ステーブルコインは「電子決済手段」という名前が与えられ、定義や規制が明確になっていますが、
「通貨建資産であること」は「電子決済手段の要件の1つ」になっています。
つまり言い換えると、
”実態はステーブルじゃない自称ステーブルコイン”は、「ステーブルコイン(電子決済手段)」ではなく、(多くの場合)「暗号資産」です。
端的にいえば、DAIは暗号資産と考えられます。
「誰でもアクセス&どこでも送れる」≒不特定者間使用/売買
「誰でもアクセスできる」「どこにでも送れる」
これを法律的に表現すると、
ともいえ、長いので以後「不特定者間使用/売買」と表現します。
実は、日本の法律はこの考え方とも整合的です。
「不特定者間使用/売買」は「電子決済手段の要件の1つ」になっています。
さて、
2023年10月現在、日本には多くの”デジタルマネー”や”デジタルマネー開発プロジェクト”が存在していますが、「不特定者間使用/売買」は可能なのでしょうか。
例えば以下のようなデジタルマネーやプロジェクトが存在しています。
交通系電子マネー
●●Pay
店頭で振込指図を行う銀行預金
インターネットバンキングシステムを介して振込指図を行う銀行預金
更新系APIを介して振込指図を行う銀行預金
パーミッションドブロックチェーン(プライベート/コンソーシアムチェーン)を介して権利の移転を行う銀行預金(又は資金移動業者のデジタルマネー)
パーミッションレスブロックチェーン(パブリックチェーン)を介するが、本人確認(KYC)済みのアドレスにのみ権利の移転を行う銀行預金(又は資金移動業者のデジタルマネー)
これらはすべて、「不特定者間使用/売買」はできないと考えられます。
最後の2点は、ブロックチェーンを使っているので”ステーブルコインっぽい”ため、特に注意が必要です。
「パーミッションド(=許可型)ブロックチェーン」を使っている場合、その名のとおりアクセスできるのは「許可された特定の参加者」に限定されているため、「不特定者」はアクセスできません。
「パーミッションレス(=許可不要)ブロックチェーン」を使っている場合でも、本人確認(KYC)済みのアドレスにしか権利の移転をできない場合、「不特定者」に送れるわけではありません。
これらは、ブロックチェーンを使っているといっても、「アクセス可能者/送金可能者が特定された者」である以上、インターネットバンキングや更新系APIとの違いは「使っている技術」であり、少なくとも「利用者にとってのアクセス性や移転の柔軟性」において本質的な違いは僅少、と考えています。
また、ビジネス上忘れてはいけないのは、「不特定者間使用/売買」の要件を満たさない銀行預金/資金移動業者のデジタルマネーの場合、
基本的に「ステーブルコイン(電子決済手段)」ではない、という点です。
つまりまとめると、
”「不特定者間使用/売買」ができない銀行預金型の自称ステーブルコイン”は、「ステーブルコイン(電子決済手段)」ではなく、(多くの場合)「ただの銀行預金」です。
”理想のステーブルコイン”=日本法上のステーブルコイン(電子決済手段)という話
ここまで、理想のステーブルコインの要件として、
「絶対にデペッグしない」=①通貨建資産
「だれでもアクセス&どこでも送れる」≒②不特定者間使用/売買
であり、
①と②は日本法上のステーブルコイン(電子決済手段)の要件でもあることを確認してきました。
ここで改めて、ステーブルコイン(電子決済手段)の定義を確認してみます。
ポイントは、「暗号資産」や「銀行預金/資金移動型デジタルマネー」との違いです。
齊藤は法律家ではないため、あくまでビジネス目線で比較すると、ザックリいうと次のような理解です。
「デペッグしかねない”自称ステーブルコイン”」は「暗号資産」
「特定者しかアクセス/送金できない”自称ステーブルコイン”」は「既存デジタルマネー」
つまり、
最初に前提情報として確認をした”ステーブルコインとしての理想の条件”は、実は理想というより”必須条件”だったというわけです。
(満たしていない場合、基本的に日本法上のステーブルコイン(電子決済手段)とは呼ばない、ということ)
ご参考までに、
様々なデジタルアセット(トークン)がどんな場合にステーブルコイン(電子決済手段)に該当するのかについて、フローチャートを用意してみたので、適宜ご参照ください。
ここで、
”理想のステーブルコイン”の定義と一致している日本法上のステーブルコイン(電子決済手段)について、法律上想定されている3つのタイプの特徴をザックリ把握したいと思います。
そもそも、”銀行預金型ステーブルコイン”は現時点で実現可能なのか?
法律上想定されている電子決済手段のタイプは、基本的に次の3つです。
銀行預金型ステーブルコイン(1号又は2号電子決済手段)
資金移動型ステーブルコイン(1号又は2号電子決済手段)
信託型ステーブルコイン(3号電子決済手段=特定信託受益権)
さて、
「1.銀行預金型ステーブルコイン」は実現しえるものなのでしょうか?
(≒不特定者間使用/売買≒非KYC済アドレスを含めて預金債権の移転は可能≒KYCされていない預金債権者は存在しえるのでしょうか?)
敢えて明言しますと、2023年10月時点では「時期尚早」です。
これは齊藤個人の見解ではなく、規制当局(日本はもちろん、海外主導)のスタンスです。具体的なファクトをお示しすると、
とされ、銀行による電子決済手段の発行については、2023年10月時点で具体的な行為規制が整備されていないままです。
仮に銀行預金型ステーブルコインを(PoCと称した実験ではなく)本番稼働させる場合、銀行を発行体とする場合の行為規制について、国際的な懸念を払底可能な内容で規制当局と合意形成したうえで、別途施行の手続を踏む必要があると考えられます。
つまり、追加で時間がかかります。
唯一の例外が、特定信託受益権(3号電子決済手段)の発行による場合です。
ということで、
銀行預金×ブロックチェーンを使ったトークン化プロジェクトは、現時点でスピーディな本番稼働を目指す場合、ステーブルコイン(電子決済手段)に該当しないよう、「不特定者間使用/売買」ができない制約を課す必要があるということです。
客観的にいって、「信託型ステーブルコイン」が現時点で最も使いやすい
銀行預金型は現時点でステーブルコイン(電子決済手段)にできないという前提を踏まえると、”ブロックチェーンを使ったデジタルマネー”間の比較は次のとおりです。
考察を進めるにあたり、前提として齊藤/Progmatの立場を明確にさせてください。
Progmatが開発を進めているステーブルコイン基盤「Progmat Coin」は、ステーブルコインの類型を問わず、ステーブルコイン発行希望者が各社ブランドのステーブルコインを発行可能にするための機能を提供するインフラシステムです。
齊藤は信託銀行出身ですが、何も「信託型ステーブルコイン」のみをスコープとしたビジネスではない、ということです。
したがって、ビジネス的に最も使いやすい類型を優先的に対応する、という観点で分析しています。
それでは、各論点に沿って比較していきます。
「信託型」は、発行希望者にライセンスが必要ない
「銀行預金型デジタルマネー」の発行者は銀行業免許、「資金移動型ステーブルコイン」の発行者は資金移動業登録が必要です。
これに対し、「信託型ステーブルコイン」の場合、法的な発行体は「信託(の受託者)」ですが、発行希望者は必ずしも「信託(の受託者)自身」とは限りません。
つまり、
発行希望者自体は「信託の委託者」として裁量を持ち、委託者の指図のままに裁量なく執行を行う「信託(の受託者)」を介して、自ブランドのステーブルコインを発行することができます。
「信託の委託者」に対する業規制はなく、裏付資産管理等の規制に沿った執行業務はまるっと「信託(の受託者)」に委託可能です。
これは端的にいって、”超ラク”といえるのではないでしょうか。
「信託型」は、発行事業者の倒産リスクを負わない
「銀行預金型デジタルマネー」は発行者である銀行の倒産リスク(預金保険の補償範囲を除く)があり、「資金移動型ステーブルコイン」は発行者である資金移動業者の倒産リスク(供託による補償範囲を除く)があります。
これに対し、「信託型ステーブルコイン」の場合、発行に携わる「信託の委託者」や「信託の受託者」の倒産リスクを負いません。
これを「信託の倒産隔離機能」といいます。
(詳しくはGoogleへ)
「信託型」は、KYC未済アドレスを含めて送金できる(!)
これが最も画期的な点といえると思います。
実は、ステーブルコイン法制を巡る当初の検討(2021年~2022年)では、KYC未済アドレスへの送金はご法度という前提で規制が設計され、「パーミッションレスブロックチェーン」や「ノンカストディアルウォレット」の利用は不可能、という論調で議論されていました。
しかし、「これでは日本のステーブルコインがガラパゴス化してしまう」という危機意識の下、デジタルアセット共創コンソーシアム(DCC)として「パーミッションレス型ステーブルコインWG(ワーキンググループ)」を設置し、規制当局との対話を踏まえた成果物として「パーミッションレス型ステーブルコインの健全な導入・普及に向けた整理」を公表しました。
この中間整理を踏まえ、「信託型ステーブルコインで不特定者間使用/売買を可能にするための具体的なスキームの在り方」についてWGで精緻化を進め、規制当局との追加的な対話を踏まえて実現可能になっているものです。
「信託型ステーブルコインのスキーム」については別途記事化したいと思いますが、既に過去のDCC成果物はすべて公開していますので、先に見ておきたい方は以下のDCC記事をご覧いただければと思います。
「資金移動型」は、送金上限額に制約がある
これはいくつか前提情報が必要なので付言します。
①資金移動業には3種類(第一種~第三種)ある
②第一種資金移動業は、送金額の一律の上限がない代わりに、厳格な滞留規制があり、移動資金額、資金移動日、資金移動先が不明確な為替取引に関する債務を負担することは禁止されている
③第二種資金移動業は、1件あたりの送金額の上限が100万円
④第三種資金移動業は、1件あたりの送金額の上限が5万円
ということで、
「資金移動型ステーブルコイン」の発行希望者にとって現実的な選択肢は「第二種資金移動業」であり、送金上限規制は100万円ということになります。
「信託型」のみ、パーミッションレスでもパーミッションドでもどっちもいける(!)
もう一度、3号電子決済手段「特定信託受益権」の要件を確認しましょう。
細かい点は思い切って捨象すると、次の3点です。
①金銭信託の受益権
②電子的に記録された財産的価値で、電子情報処理組織を用いて移転可能(乱暴にいえば、=分散型台帳技術を使ってトークン化されている)
③金銭の全額を預貯金により管理
はい、なんと他のタイプと異なり、「不特定者間使用/売買」要件が入っていません。
ということで、
「信託型ステーブルコイン」に限っては、
①パーミッションレスブロックチェーンを用いて、非KYC済アドレスを含めて(ノンカストディアルウォレット含めて)移転可能なステーブルコイン
(いわゆる”理想のステーブルコイン”)
②パーミッションレスブロックチェーンを用いて、KYC済アドレスのみを移転先として設定可能なステーブルコイン
③パーミッションドブロックチェーンを用いたステーブルコイン
の全てが実現可能です。
なお、Progmatとしては、上記①~③の全てがビジネススコープです。
もっといえば、
苦労してスキームを開発してきた以上、パーミッションレスブロックチェーンを直接用いて、且つノンカストディアルウォレット含めて移転可能な”理想のステーブルコイン”が最優先です!
中締め…
理想のステーブルコインの要件は「絶対にデペッグしない」「誰でもアクセス&どこでも送れる」であり、
実はそれぞれ「通貨建資産」「不特定者間使用/売買」という「日本法上のステーブルコイン(電子決済手段)」の必須条件であり、
そもそも現時点で「銀行預金型ステーブルコイン」は実現困難で、
「資金移動型ステーブルコイン」は送金上限に制約があり、
「信託型ステーブルコイン」が最も使いやすく、
Progmatとして「パーミッションレス&ノンカストディアル」を最優先するスタンスである、
という事実をご理解いただけましたでしょうか…?
2023年に入り、”ステーブルコイン元年”とも言われていますが、
信託銀行出身の実務人間である齊藤としては、「不正確な用語の揺らぎ」が非常に気になっています。
(用語が曖昧なままだと、正確なビジネスの議論ができないからです)
日本法上、ステーブルコインは電子決済手段であり、電子決済手段に該当しない”ステーブルコインっぽいプロジェクト”は
「銀行預金や資金移動型デジタルマネー」又は「暗号資産」です。
また、Progmatについては、セキュリティトークン(ST、デジタル証券)発行基盤である「Progmat ST」システムでコンソーシアム型分散型台帳の「Corda」を利用していることもあり、「Progmat Coin」システムもコンソーシアム型なのではないか?と”誤認”されている向きもあると認識しています。
本記事で明記しているとおり、
「Progmat Coin」システムはパーミッションレスブロックチェーンを直接利用するものであり、「Corda」を利用する「Progmat ST」システムとは異なります。
(Progmatを構成するプロダクト群のアーキテクチャ等は、別途解説予定です)
かなり端的にまとめたつもりでしたが、
例のごとく気づいたら8,300字を超えている大作になっているため笑、
「スキーム」や「プロダクト」の詳細解説は今後の記事をご覧いただけますと幸いです。
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