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ステーブルコインの実務に係る法律構成~マニアック編~

※本記事は2023.7.12に公開されたものをNoteへ移行しています。

1. はじめに

こんにちは、デジタルアセット共創コンソーシアム(DCC)運営事務局です。

前回の記事では、2023年6月に施行された改正資金決済法において定められた電子決済手段(ステーブルコイン)の概要についてお話ししました。

さて今回の記事のテーマは、前回記事において予告させていただいておりましたマニアック編(?)、ステーブルコインの法律構成です。DCCではパーミッションレスSCWGを通じて法律に準拠した形でのステーブルコインの発行・流通に向けて、これまで協議を重ねてまいりました。今回は前回解説させていただいた“信託スキーム”によって発行されたステーブルコインの実務に係る法律構成について、ご説明します。

2. 私法(信託法)上の法律構成

(1)

通常、信託受益権が譲渡される場合に第三者との関係で対抗力を得るためには、確定日付のある証書により第三者対抗要件(信託法第94条第2項)を具備する必要があります。一般的には、公証役場等において確定日付付与の手続を経た、受託者の承諾印が押された信託受益権譲渡承諾書が求められます。

しかし、ステーブルコインを移転する度に、ユーザーが確定日付のある証書を取得しなければならないのはユーザビリティの観点から現実的ではありません。

そこでDCCパーミッションレスSCWGでは、”特定信託受益権スキーム”におけるステーブルコイン受益者の変更は、信託受益権の譲渡ではなく、受益権に紐づくトークンのブロックチェーンアドレス間の移転により、移転されるSCの元受益者が保有する特定信託受益権が消滅し、移転先である新受益者のもとで新たな特定信託受益権が発生する、という「消滅・発生構成」にて整理しています。

信託法第88条第1項本文に基づき、特定信託受益権の受益者は「信託契約の期間中のその時々におけるトークンの保有者である」旨を信託契約に定めることにより、常にトークンの保有者と特定信託受益権の受益者を法的に一致させることができるようになります。異なるブロックチェーンアドレスにトークンの移転記録がなされた時点で、旧トークン保有者=旧受益者の受益権は消滅し、送信先の新トークン保有者の元で新たに受益権が発生するといえます。DCCパーミッションレスSCWGでは、このように整理することで、受益権の二重譲渡によってトークンの保有者と受益者が分離する事態を回避しており、結果としてステーブルコインを移転する際に信託法上の第三者対抗要件を具備する必要がなくなるものと考えています。

3. 規制法(改正資金決済法)上の法的論点

(1)「特定信託受益権」(改正資金決済法第2条第9項への該当性)

改正資金決済法第2条第9項では、特定信託受益権の要件の1つとして、「金銭信託の受益権(電子情報処理組織を用いて移転することができる財産的価値…に表示される場合に限る。)」と規定されています。ここでは、財産的価値(=トークン)が移転可能であることを要件として定めていますが、必ずしも受益権が移転可能であることは求められていないと解釈することができます。

また、仮に上記文言が受益権自体が移転可能であることまで要求していると解釈した場合であっても、規制法(改正資金決済法)と私法(信託法)の法概念の整理は必ずしも完全一致している必要はないと考えられます。つまり、「消滅・発生構成」の下、私法上の解釈では受益権は移転しないとしても、規制法上は受益権が移転していると解釈することは可能であると考えます。

(2)電子決済手段の売買(改正資金決済法第2条第10項第1号)への該当性

信託法上の「消滅・発生構成」において受益権が移転しないと解釈すると、「電子決済手段等取引業」(改正資金決済法第2条第10項)の定義のうち、電子決済手段の「売買」(同項1号)に該当しないのではないか、という論点も挙げられます。

この点についても、私法上と規制法上の解釈は必ずしも一致している必要はなく、私法上は受益権が譲渡されていなくとも、規制法上は経済実態に即して受益権が売買されていると解釈できます。したがって、特定信託受益権スキームで発行されたステーブルコインを取り扱う仲介業者は、電子決済手段等取引業者として登録する必要があります。

(3)(事務ガイドライン・電子決済手段等取引業者関係Ⅰ-1-2-3(1)(注))への対応

事務ガイドライン・電子決済手段等取引業者関係Ⅰ-1-2-3(1)(注)には「契約書や利用約款等において電子決済手段の…移転の確定する時期及びその根拠を記載する」と定められています。前述の1、2の解釈に基づき、以下①②を信託契約および利用約款に定めることにより、ガイドラインの要件を満たすことができると考えます。

① 本信託の受益者は、信託契約の期間中のその時々におけるトークンの保有者(トークンが帰属するブロックチェーンアドレスの秘密鍵を排他的に支配し管理する者をいう。)とする
② 受益者が保有する受益権は、当該受益者以外の者(以下「トークン受領者」という。)が秘密鍵を排他的に支配し管理するブロックチェーンアドレスに当該トークンの移転記録がなされた時点で消滅する。また、トークン受領者は、当該時点で新たな受益権を取得する
このように特定信託受益権スキームでは、「消滅・発生構成」を採用することにより、ブロックチェーン上の取引記録が確定日付のある証書の代わりに受益権の所在を特定するので、ユーザビリティを損なうことなくステーブルコインをユーザー間で移転することができます。

4. 受益者変更時・償還時の取引時確認等の要否

前回記事で、特定信託受益権スキームではトークンの移転に伴う受益者の変更時、KYCが不要であると述べましたが、それはどのような法律解釈によるのでしょうか。

(1)背景

特定信託受益権についての取り扱いを定めた安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律が2022年6月3日に成立したところ、これには犯収法の改正(以下「改正犯収法」)も含まれています。そして、改正犯収法の成立を受けた改正犯収法施行令(以下「改正犯収法施行令」 )には特定信託受益権に係る取り扱いについての特則が含まれています。

また、国際的な不正資金等の移動等に対処するための国際連合安全保障理事会決議第千二百六十七号等を踏まえ我が国が実施する国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法等の一部を改正する法律が2022年12月2日に成立したところ、これには外為法の改正(以下「改正外為法」)も含まれており、その中には特定信託受益権を含む電子決済手段の移転等に関する内容も含まれております。そして、改正外為法の成立を受けた改正外国為替令(以下「改正外国為替令」 )には特定信託受益権に係る取り扱いについての特則が含まれています。

以上を前提に、DCCでは、パーミッションレスチェーンを利用した特定信託受益権型の電子決済手段の受益者変更時又は償還時における、受益権の発行者(受託者)の犯収法および外為法上の手続の要否について検討を行いました。

(2) 改正犯収法に基づく受託者による取引時確認の要否

◆受益者の変更時(移転):
改正犯収法施行令第7条第1項第1号ニでは、特定信託受益権に係る信託についての「信託の受益権の譲渡その他の行為による信託…の受益者との間の法律関係の成立」 が取引時確認義務の対象から明文で除外されていることから、受益者の変更時は、取引時確認は不要であると考えられます。

(ご参考)【改正犯収法施行令第7条第1項第1号ニ】
ニ 信託行為、信託法第八十九条第一項に規定する受益者指定権等の行使、信託の受益権の譲渡その他の行為による信託(受益権が資金決済に関する法律第二条第九項に規定する特定信託受益権である信託を除く。)の受益者との間の法律関係の成立(リに規定する行為に係るものを除く。)

◆償還時:
改正犯収法施行令では、現行法と同様に金銭信託の受益者への通常の一回的な償還が特定取引とされていないことから(ただし、償還の回数および態様によっては、特定取引と判断される可能性はあります。)、改正犯収法において、特定信託受益権の償還時に取引時確認は義務付けられていないと考えられます。ただし、発行から償還までのサイクルの中で受益権の償還(=換金)はマネーロンダリングのリスクが最も高い行為であると考えられることから、AML/CFTの観点から、償還時には取引時確認と同等の確認を行うことが望ましいといえます。実務的には、ユーザー規約で上記確認に応じるという義務を定めることが考えられます。

◆結論:
以上より、改正犯収法に基づき、特定信託受益権の受益者変更時および償還時のいずれも、新受益者に対する取引時確認は不要であると考えられます。しかしながら、AML/CFTの観点から、償還時については、受益者に対して取引時確認と同等の確認を行うことが望ましいです。

(3) 改正外為法に基づく受託者による本人確認の要否

◆受益者の変更時(移転):
改正犯収法と同様に、改正外国為替令第11条の5第1項第3号では、特定信託受益権に係る「信託契約…の受益者の…変更」が本人確認義務の対象から除外されていることから、受益者の変更時は、新受益者に対する本人確認は不要であると考えられます。

(ご参考)【改正外国為替令第11条の5第1項第3号】
三 信託契約(受益権が資金決済に関する法律第二条第九項に規定する特定信託受益権に係るものを除く。)の信託の受益者の指定又は変更(金融商品取引法第二条第八項第一号に規定する行為に係るものを除く。)

◆償還時:
外為法では、現行法と同様に金銭信託の受益者への償還を行うことは資本取引とされていません。ただ、資本取引には該当しないとしても、新受益者に対して10万円超の償還金の支払を行うことが外為法第18条第1項又は同法第18条の5 の特定為替取引に該当して、結果として本人確認が必要となるかどうかが問題となります。

この点、新受益者が外国に所在する口座を償還金の支払先として指定した場合は、同項にいう「外国へ向けた支払」として、新受益者に対する本人確認が必要になると考えられます。

◆結論:
以上より、外為法上は一定の場合に限って本人確認が義務付けられることになります。しかし、前述のとおり受益権の償還は資産凍結等経済制裁に関連したリスクが最も高い行為であると考えられることから、AML/CFTの観点から、外為法上は本人確認を義務付けられない場合を含め、償還時には本人確認と同等の確認を行うことが望ましいと考えます。

(4) 改正外為法に基づく受託者による適法性確認の要否

受託者が特定信託受益権の償還を送金により行う行為は、外為法第17条又は第17条の3に基づく適法性確認の対象となると考えられます。すなわち、受託者が受益者に対して償還金を支払うために送金(為替取引)をすることを以て同法第17条にいう「支払等に係る為替取引」に該当すると整理することができます。なお、当該為替取引は特定信託受益権(ステーブルコイン)の前保有者から現受益者に対する為替取引とは異なることから、前保有者の属性や支払意図については問題にならないものと整理されます。

5. まとめ

以上、マニアック編として特定信託受益権スキームに係る法律構成について解説させていただきました。結論、信託型ステーブルコインの移転に際して、信託法上の第三者対抗要件を別途具備する必要はなく、かつ取引時確認および本人確認は不要であるため、高いユーザビリティを確保することが可能な法律構成です。ステーブルコインの償還時において、法律上は取引時確認および本人確認を義務付けられない場合であっても、実務上は受益者の取引時確認および本人確認を行うことが望ましいといえます。世界に先駆けて法制化された日本のステーブルコインですが、今後もDCCの活動を通じて浮上した様々な法的論点を明確化し、会員の皆様に発信させていただきます。
次回以降も、よりタイムリーに皆様にとって価値のある情報発信ができる記事を掲載して参ります。今後もST発行実績に基づく成果や、各種WGを通じて得られる成果についての情報還元を継続し、皆さまのご検討の一助となればと考えています。個別のご質問やご相談事項がございましたら、共同検討をはじめとしたさまざまな枠組みがありますので、DCC事務局までお問合せください。
引き続き、DCCおよびProgmatをよろしくお願い致します。

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