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カラスの口

地域猫を匿う公園には、ハトやカラスも普通にいる。カラスが襲うので、猫たちのごはんは置きっぱなしにしてはならない。賢いカラスは、隙を縫って、皿ごと持ち去ることがある。カラスの口は、猫の餌を食べるばかりでなく、猫の皿をくわえて運び去ることもできるのだ。時には、猫を襲うことも考えられる。素人さんが、猫が可愛いからと言って、餌を撒いて放置すること、いわゆる「置き餌」は、厳に慎まなければならない。そのように警告がなされているが、いくら書いてあっても危険性について思慮がないがために、無邪気にそのようにする人が後を絶たない。
 
ところでこの8月、記録的な暑さだった。自然の中の動物たちは、生きるために精一杯の知恵を用いていた。人間が招いた気候変動の中で、動物たちはせいぜい自分の命を保とうとし、守ることしかできなかった。
 
猫たちは、暑い陽射しのもとでは、その陽射しを避けている。なかなか姿を見せてくれないのだが、それでよいと思う。しかし、名前を呼べば、聞き知った声のときには出てきてくれることがある。安全な人だと認識していたなら、撫でてもらうことは、猫にとり益なのだ。もちろん、ボランティアさんであれば、ごはんをもらえる。猫はそれなりに相手を区別しているのである。
 
どこにいるのだろう。それぞれの持ち場で、涼しいところを、猫は探す。時刻により、陽の当たり場所が異なるため、陰になるところへ移動もしているようだ。とくに木陰は、コンクリートの陰よりもよほど心地よいものと思われる。水があれば、そこから吹いてくる風は、いくぶん温度が低くて心地よい。もし雨でも降れば、湿っぽいところにまだ水が残っているかもしれない。また、側溝の要所にところどころ金網の蓋があるが、金属は熱伝導性が高く、熱を逃がしてくれるから、そこにぺたっとくっついていれば、心地よい。木陰で水辺で、金属といった要素が重なると、そこはすっかりお気に入りの場所になるらしい。
 
毛の色によっても、暑さのダメージは異なるようだ。黒猫は、本当に陽に当たることから身を隠している。白の多い猫は比較的元気だ。しかし、そもそもが毛皮である。服を脱ぐように、毛皮を脱ぐことができない。さらに、汗をかくことができるのは、鼻と肉球だけだ、とも考えられている。あるいは、熱の放出なら耳からもできるようである。その他、犬のように、口から水蒸気を逃がして、少しでも体温を下げるということがあるのかもしれない。いわゆる気化熱効果というものである。これは、からだを舐めることによっても、もしかするといくらかはできるのかもしれない。
 
冬場も同様に体温調節に苦労すると思うが、ボランティアさんがカイロを夕刻に配置し、寒さを凌ぐためのせめてもの助けとしている。その労力が避けない私は、そのカイロを幾らかでも提供することくらいしかできず、申し訳なく思っている。ただ、夏はこのカイロというような方法が事実上、ない。ほんとうに祈るように、暑さにやられないか、猫たちを日々見守ることしかできないのだ。但し、上に挙げたように、猫たち自身も、それなりに考えて行動しているのも確かだ。
 
さて、猫たちにばかり目が行くものだが、この夏、カラスたちについても、ふと気づいたことがあった。カラスの口が開いているのである。偶々開いている、というよりも、地上にいるカラスの口が、悉く開いているのである。
 
気づかねば、考えない。気づいたので、考えた。これはどうしたものだろうか。ハアハアと息を吐き、そこに含まれる水蒸気のために、気化熱効果を狙っているのだろうか。しかし犬や猫ならともかく、カラスでも、そんなことがあるのだろうか。
 
調べてみると、どうやら本当にそうらしい。一定の気温を超えると、カラスの口が開いたままになっていることがあり、さらにそれ以上になると、カラス全員が口を開けるようになるのだという説明もあった。
 
もちろんカラスにしてみれば、人間に分かってほしいと思って口を開けているのではない。人間が、カラスの口について知ったところで、何ができるというものでもないし、何か意味があるというものでもない。ただ、カラスも生きているんだ、自分と同じような仲間なんだ、ということに気づいたことは、無意味ではない、と思った。人間が、このカラスをも、苦しめているのだ。私が、動物たちを苦しめているのだ。

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