見出し画像
<まえがき>全く終息する気配を見せない新型コロナウイルス。日本に限ったことではなく、世界でも同じような状況です。今回は、海外特派員の経験を持つ、通信社の記者に以前、滞在していたインドの事情についてお聞きしました。

●インドでの流行の度合い
●感染拡大とその経路
●日本とインドの行き来について

―自己紹介をお願いします。
通信社の記者です。この5月まで、特派員としてインドに駐在していました。

―インドで、新型コロナウイルスの影響が出始めたのは、いつぐらいですか?
1月末、インド南部で確認されたのが、初めての感染者だったと思います。それは中国の武漢大学に留学していた若者でした。以降、1ケ月間は、ほとんど感染拡大が見られませんでしたが、3月2日、首都ニューデリーと南部の州で1人ずつ感染が確認されました。これは上記した留学生とは異なる、イタリア旅行していたグループを発端とするものです。この時点でインドにおける感染者はわずか6人。しかし、事態を重く見たインド政府は翌3月3日、強硬措置に出ます。イタリア、イラン、韓国、そして日本の国民に対して発給した全てのビザを無効化したのです。アライバルビザはもちろん、私達記者に対して与えられていたジャーナリストビザも対象になりました。既にインドに滞在している人はビザが有効ですが、インドから今後一歩でも出てしまえば、それも紙屑になってしまうということです。ちなみに、これらは事前に通告があったわけではありません。詳しい情報も、インド政府や日本大使館などの関係先に電話をしてようやく確認した次第です。追い打ちをかけるように、22日からは日本の国際線の着陸が原則禁止となり、25日からはインド全土でロックダウンが始まりました。これは日本のような生易しいものではなく、警察が各地に検問を張って、移動を封じ込めるやり方です。記者証があれば検問も超えられましたが、それでも国外に出ることができなかったのは辛かったです。

使えそうなフォト02

―現在、インドの感染者数は100万人を超え、米国、ブラジルに次ぐ世界3位です。早期に厳しい対策を取ったのに、なぜ感染拡大は止められなかったのでしょうか。
“格差社会”というインド固有の事情が、大きく影響しています。5月にインドの財務大臣が経済対策の一環として、貧困層への特別給付を発表したのですが、その対象者は8億人とも言われています。インドの人口が13億人と言われているので、その半分以上を貧困層が占めるという計算になります。確かに、政府が感染対策に乗り出した3月の時点では、感染者数は2桁どまり。そういう点では、早期の対策だったかもしれません。しかし、国内で圧倒的なボリュームを占める貧困層の動態を把握できていなったことが、感染拡大につながりました。

―具体的には、どのような経緯で感染が広がったのでしょうか。
“富裕層から貧困層へ”、そして“都市部から地方へ”という流れがあると思います。まずインドで初期に新型コロナウイルスに感染したのは、留学生や旅行者です。彼ら富裕層が、中国やイタリアなどから国内に新型コロナウイルスを持ち込みました。次に、その富裕層の家庭で働いていた、家政婦や運転手です。彼らは主に貧困層です。家に帰れば6畳ほどの広さで、一家全員が密になって暮らしています。つまり、富裕層の家で働く家政婦や運転手が媒介となって、貧困エリアで新型コロナウイルスを拡大させたと考えられます。
次いで、“都市部から地方へ”です。ニューデリーは人口約1000万人と言われていますが、数多くの地方からの出稼ぎ労働者も暮らしています。彼らは日頃、市内に無数に存在する建設現場で働き、その周辺の掘っ立て小屋のような場所で暮らしています。しかし、ロックダウンになったことで、現場は停まってしまいました。生活が立ち行かなくなった彼らは仕方なく、自分達の故郷に帰ることにしました。ロックダウン中で公共交通機関も停まっていたため、道路を歩いて帰ったのです。これが小規模な移動だったら、それでもよかったかもしれません。しかし、無数の人が一斉に市外に出ようとしたわけですが、交通機関も動いていないため、ただ道路を歩くしかなかったのです。外は30度を超える暑さです。何百キロを歩いて、命を落としてしまう人も続出しました。臨時のバスを走らせたり、収容施設や避難所を設けたりしましたが、何ともしようがありません。数が多すぎるのです。

使えそうなフォト03

―日本にはいつ帰国したのですか? 空港ですべての離発着が禁止されている中で、どうやって戻ってきたのですか?
4月上旬までに、日本メディアの特派員の多くは帰国していました。インドは万が一、新型コロナウイルスに感染した場合、医療制度が劣悪なので対処できない懸念があるからです。私は現地に残って、ロックダウン下で取材を続けていました。任期末までに取材して取り上げたいことが、まだまだたくさんあったからです。ただ、インドは医療や衛生面で不安が多く、もし新型コロナウイルスに感染してしまったら…そう考えると怖かったのも事実です。インド国内で暮らす日本人は、通常、骨折した時もタイのバンコクか、シンガポールの病院に行くと言われているぐらい、インドの医療機関を信用していません。ましてやコロナ下では満足な治療など期待できるはずもありません。日本も医療崩壊の恐れが叫ばれていますが、インドのそれに比べればはるかにましなのです。会社がその辺も考慮して、航空会社に働きかけてくれた結果、幸いにも5月の上旬、臨時便で日本に帰国することができました。

―日本に入国する上で、苦労はありましたか?
あまり大変ではありませんでした。インドは現在「渡航中止勧告」に当たるレベル3に設定されていますが、私が羽田空港に降り立った5月6日の時点では、まだその対象になっていませんでした。だから、PCR検査も受けていません。係員に住所と連絡先を教えて、後は「公共交通機関で帰らないように」と注意を受けただけです。実家に荷物だけ送って、後はホテルで2週間の隔離生活でした。

<後編に続く>

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?