豪雨前夜

 天井の裸電球が提灯のように灯りを燈らせ、赤くなった秋生の顔を照らしている。

橋下秋生は先の出来事が頭の中で、それこそ、提灯をぶら下げた大名行列の様に巡っていた。

慊りない。

慊りない。

何度も、息を吐くように呟くと、傍にあるスマートフォンを取り上げ、最後にいつ起動したか分からぬ程のSNSを開いてみることにした。

2、3度パスワードを間違えたのちに、もうやく開いてみると、秋生の生まれ育った田舎の顔すら覚えがないような同級の近況を表した写真、文章などが出てくる。それらを一応、それなりの興味はあると見えて一通り眺めたのちに、目的の人物のページにたどり着くと、なめずりするように読み漁っていた。

 A子という人物は、秋生と同じ大学にいた女だった。(そういうと聞こえはいいが、秋生は所詮中退なので彼女とは、お公家様と穢多非人同然の違いはある)

A子はその大学の附属の女子高校、所謂、御令嬢学校の出身の女で、かたや、秋生の方はというと埼玉のドがつくほどの田舎育ちで、品格などという言葉とは無縁の泥にまみれたような育ちなので、金持ちというものそのものに嫌悪まではいかないまでも少なからずの劣等感を抱いていたきらいがあった。

ではなぜ、かような幼稚園から大学までエスカレーターでつながる金持ちがいやでも集まるそこに通っていたのかというと、高校時分に、教師(とはいえ所詮、田舎の有象無象の餓鬼相手に高説を垂れ流し、悦に浸っているだけの無能なサラリーマンにすぎないが)に何やら低能呼ばわりされ、自分も田舎者の馬鹿のくせにスカイツリーの如く高いプライドを傷つけられた秋生その柄にも合わぬ勉学に励んだ結果、奇蹟的に御入学と相成ったのであった。

 そして、入学した後の初講義で秋生の隣に席をとったのがA子だったのだ。

 「今日からよろしくね。」

これは、それまで髪を、まるで餌に飢えた肉食動物と見紛うほど染めぬき、花魁の生き残りのように化粧を施した女しか相手にしてこなかった秋生にとって、おそらく幼い頃から、あらゆる庇護の元で純粋培養されてきたであろう彼女の気品のようなものに圧倒され、

 「よ、よろしく」

なぞという日雇いの汁男優のような返事しか返すことができなかったのである。

これには、すぐさましくじった思いがよぎったが、根が極めてシャイボーイかつジェントルメン気質にできている秋生はその日はついに言を交わすことなく終わってしまうのだった。  

 講義を終えた秋生はしばし、元から腑抜け丸出しの顔をさらに痴者然とさせた顔でA子の事を思うのであった。

そして、足りない頭でもってどうすればA子とお近づきになれるかどうか思慮し、これも常識の外れた田舎育ちの世間知らずの考えそうなことだが、どういうわけだか、香水なぞを購めることとしたのであった。

しかしこれには、秋生なりの成功体験なるものが絡んでいた。

 その昔、高校時分に、秋生は文化祭で近所の高校の女生徒に声をかけ、奇跡的に2人だけで逢う約束を取り付けた。

それで、友人がからかいの意もあっただろうが、餞別にとドルチェアンドガッバーナの香水を譲ってくれたのだ。

当然、秋生はそれまでそんなものを嗜んだことはない上に、此処でも持ち前の田舎者の貧乏人気質を発揮し、1プッシュつければ十分な所を20プッシュ身体に満遍なくふりかけたのだった。そして、十二分にエチケットを害するレベルの臭いを漂わせ(今、自分がそんな学生に出くわせば遠慮会釈なしに足蹴にしてやるが)、意気揚々と待ち合わせの場所へと向かって行くと、案外と相手の女は好意的にそんな秋生に好意的に、実に、優しく接し、その日のうちに御目当ての童貞脱出を達成し、快哉をあげるかたちとなったのであった(ゴムの装着に存外な時間をかけてしまい、相手の情慾をうせさせかけたりしたが)。

 そんなことがあって、秋生にはあの時の臭いは成功の臭いに他ならないのだ。

そしてあの時の成功を再現するためにはなんといっても香水なのである。

早速と、池袋駅の東口の目の前にあるディスカウントショップに駆け込み、5階まであがるとあの時と同じ物を購めたのだった。

そして自分の居室に戻ると、翌日のA子へのアプローチを考えるだった。




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