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レンヌ近郊にアルヴァロ・シザ建築を見に行く

 2018年2月上旬、フランスのサン=ジャック=ド=ラ=ランドという地方都市にアルヴァロ・シザ設計の教会ができた。なので同月の下旬にさっそく行ってきた。
 サン=ジャック=ド=ラ=ランドはブルターニュ地方のレンヌ近郊の町。まずはパリ・モンパルナス駅から格安特急列車(Ouigo)に乗ってレンヌへ。早朝便だと格安列車のなかでもさらに安値なので、頑張って早起きして6時台の列車に乗った。パリ、レンヌ間で往復でたしか20ユーロちょっとだったと思う。セ・パ・シ・シェール(やすい)!
 パリを出たときはまだ真っ暗だったけれど、ロワールからブルターニュへとフランスののどか極まりない畑風景を突き進むにつれ、しらじらと夜が明けてきてとてもうつくしかった。冬の夜明けであったために空気の清冽さが車窓越しにも感じられた。わたくしは教養にあふれかえっているので思わず « L’hiver, saison de l’art serein, l’hiver lucide » と、マラルメの詩の一節が口をついて出てしまったが車内に乗客はほとんどいなかったので幸い誰にも聞かれずにすんだ。
 90分くらいでレンヌ着。レンヌ駅からはローカル線に乗り換え。思った以上に路線や行き先が複雑で、どれに乗ったらよいか分からなかったので駅員さんに尋ねて自分が乗るべき電車を教えてもらう。1時間強に1本くらいの本数だった。次の便までまだ時間がある、というわけでとりあえずクリスチャン・ド・ポルザンパルクの公共建築やルイ・アレッチの集合住宅など、駅前の他にも見たいと思っていた建物を見て回ることにした。アレッチの集合住宅があまりにもすばらしくて夢中になって写真を撮っていたら、迂闊なことに電車を乗り過ごしてしまった。次の電車はそのさらに1時間後くらいで、しょんぼりする。ところでレンヌは上述のアレッチの建築の他にも、ものすごくかっこいいモダン建築や現代建築が目白押しで建築ファンには非常におすすめの都市なのだけれど、それはまた別の記事でいつか書きたい。
 サン=ジャック=ド=ラ=ランドに行く電車に今度こそ無事に乗り込んだときには結局もうお昼どきになってしまった。空腹です。電車を1本乗り過ごして予定が狂った分、時間を節約せねばとて昼食は移動中に食べることにし、駅で買ったサンドイッチ(チキン)を手に、電車に乗り込む。

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 車内はなんかやたらとファンシーだった。フランスにはかれこれ5年くらい住んだけれど、この国の、しばしば唐突に出現するこういう謎のファンシー路線は結局最後までよく理解できなかった。この国は非常に大人だなと感じることも一方では非常に多かっただけになおさらよく分からない。車内の謎の意匠に幻惑されているうちに電車はいつの間にか静かに発車しており、我に返ってさてサンドイッチを食べようとパンにかじりついた途端もうサン=ジャック=ド=ラ=ランド駅に着いた。チキンにたどり着きさえもしなかった。慌てて下車。

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 建築巡りをしていると、建築に興味なかったら絶対来なかっただろうな、と思うような土地をよく訪れることになる。サン=ジャック=ド=ラ=ランド駅はまさにそういう所だった。なんもない。教会は駅から1.5kmくらい。駅からの道順は下調べしており、感じのよさそうな散歩道があったのでそこを歩くことに決めていた。サンドイッチはてくてく歩きながら食べた。朝は寒かったけれど日中になると割と暖かくなってきた。天気が良くて助かった。青空の下、緑の景色のなか、サンドイッチをかじりながら歩くのはとても気持ちよかった。

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 たぶんまだ植えられたばかりであろう木々の合間に、目的の教会がひっそりと佇んでいるのが見えた。近づいてみると、まだ完成途上の周りの景色のなかでそこだけ時が停止しているかのように、静かにそこに在った。アルヴァロ・シザらしい真っ白な外壁が、真冬のブルターニュらしからぬ快晴の太陽光をまともに反射して非常にまぶしい。

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 建物は不思議な形状で、外壁のさっぱりした白さもあいまって、何か純粋な形態的遊戯の産物が目の前に存在しているように見えた。色々な角度から見れば見るほど、ここはどうしてこんな形をしているのだろうという好奇心がかきたてられ、不審者かと思われそうなくらい周囲をうろちょろした。建物の要所要所に与えられたどんな角度もどんな量塊もどんな曲線もただ気まぐれに何となーく決められたもののように見えるのに、それらのどんな要素も、それ以外のあり方では決してあり得なかったと思われるくらい、ぴったりとそこにふさわしい形で納まって落ち着いており、一言で表現すると驚異的な物体だった。そこには多分敷地の条件とか法規的なこととか施主の要望とかシザ自身の思い入れとか様々な与件が複雑に重なり合っているのだろうとは思ったけれど、目の当たりにする建物はそういったことをぜんぶ超越して、恬淡とした自由を体現している態だった。

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 恣意的に造ったようにしか見えないのにそこに必然性が宿っているかのごとく物を在らしめる、というのはもはや造物主のなせる業ではないか、と思った。ひと昔前にはやった表現を用いればシザ、神ってる、である。ものの理(ことわり)がまずあってその理に従う範囲内でものが自由に造られる、というのではなくて、自由奔放に造ったものの内に、ものの理が自然と宿ってしまうのである。真に自由で、創造的であるということとはそういうことだよね、と、教会を眺めながら、シザ先生に静かに諭されているような気になった。常人が自由奔放に造ったら、たぶんそこには幾分のほころびや不自然さが入り込んでくるだろう。
 これは良いものを鑑賞した、とすっかり満足して、いや、建物の中を見ることができなかったので若干の心残りがありつつ、教会をあとにする。それからはまた歩いた。歩いたというよりは歩いたり走ったりして、およそ2.5km以上離れたレンヌ市街の、シェア自転車のあるところまで移動した。疲れた。自分の脚を交通手段にしたことをちょっと後悔した。

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 というわけで、サン=ジャック=ド=ラ=ランド教会は非常におすすめな建築なのだけれど、やや不便な所にある。現実的には、レンヌ市街とレンヌ=ブルターニュ空港を行き来する「57番バス」に乗って行くか、レンヌ市のシェア自転車を1日借りるプランを利用してサイクリングで行くか、レンタカーで行くかの3択くらいになるのだろう。でもそれくらいの労を費やしてでも訪れる価値のある建築だと思った。
 竣工からもう2年以上経った現在はもう周りの景観の造成ももう完全に終わって土地も馴染んできている頃だろうから、どんな風になっているか、また見に行ってみたいなあ。

 サン=ジャック=ド=ラ=ランド教会の他の写真は以下の拙ブログに掲載しております。よろしければぜひ!

 あと、レンヌの建築は以下でまとめてます。こちらも興味があればご覧ください。


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