トレンチコートとモッズコート Act1.岩窟族の隠れ里(3)
承前
(これまでのあらすじ)
シトリとトゥは荒事専門のよろず屋だ。トレンチコートの侍と、モッズコートの格闘家のコンビで、侍のほうがシトリ、格闘家のほうがトゥ。
ある雪の日、タンクトップの筋肉男・クアドの「村を救ってほしい」という依頼を受け、二人は岩窟村に辿り着く。そこに待つのは、アンと名乗る超常の少女であった
Part3
「クアドは、はじめは悪魔なんかじゃなかった」
村の中心に向かって歩きながら、サンはことのあらましを話し始めた。
岩窟族クアドが現れたのは、2年ほど前のことだった。ボディビルダー・スマイルを浮かべたその男は、この地の岩石を糧としたいこと、そしてその対価として村の仕事を手伝うことを申し出た──
「あの頃は、ホントにいい奴だったんだ。力仕事も、子供たちの世話もやってくれるし、狩りだって手伝ってくれた。あいつがいるだけで野盗は逃げていく。すごく助かってたんだ」
どこか遠くを見つめながら話すサンは、奥歯を噛み締めた。
「きっかけは……あの女が来てから」
「あの女?」
トゥが問い返す。サンは神妙な顔で頷いた。
「アンって名乗ってた。金髪で、黒ずくめで、顔色の悪い女の子。あいつが来てからクアドは悪魔になったんだ。それこそ、人が変わったみたいに──」
──BLAM──
サンの言葉を遮るように、少し離れたあたり──村の中央付近から、銃声が聞こえた。
「なんか始まったみたいだぜ! 行くぞ!」
***
リロード不要の連射式小型ミサイル。
アンと名乗った少女の手にした武器をシンプルに表現するなら、そのような言葉になる。銃撃を避け続けながら、シトリは呟いた。
「……滅茶苦茶だな」
「うっさい! アンタのせいで私の人生も滅茶苦茶よ!」
BLAM! BLAM! BLAM!
広場や周辺の建物が穴だらけになっていく。間合いを詰めようとしたシトリの足元で銃弾が爆ぜた。近づかせないつもりだ。
初撃で肩を破壊されて膝をついていたクアドは倒れ伏しており、助けは望めない。
「トゥ……早く来い」
「あんな奴でも私の父親だったのよ! 生きるためには必要な奴だったの! あんたが殺してくれたおかげで私は一度死にかけたのよ!」
BLAM! BLAM! BLAM!
アンは喚きながら銃撃を続ける。シトリはそれを無視して、舞い上がった石のつぶてをキャッチする。
ゴルフボールくらいのサイズのそれを、シトリはアンへと投げつけた。
「あの人が私を拾ってくれなかったら、今頃私は──……っ!?」
「隙ありだ」
瞬時に間合いを詰め、音速で抜刀。トレンチコートが翻る。
渾身の居合は、アンの胴を袈裟懸けに──
「…………!?」
シトリは咄嗟に飛びのいた。一瞬前まで彼がいた場所を銃弾が抉る。アンがニタリと嗤った。
「ざぁんねーん」
アンの胴──今しがたシトリの刀が通過した空間には、ぱっくりと夜色の裂け目が広がっていた。その内側から、エコーの掛かった声が響いてくる。
<あまり無茶をするな、アン。あの人が泣くぞ>
「わかってるわよ、ダブ。そろそろ終わらせるわ」
つい先ほどまで怒りに染まっていたアンの目は、今では正気に戻っていた。刀を手に警戒するシトリの見る前で銃を仕舞うと、アンは地に伏せるクアドへと視線を移した。
「いつまで寝てるのよ、クアド──いや、違うか」
アンの声に反応するかのように、クアドの身体がビクンと跳ねた。彼は突如として苦しみだし、声をあげる。
「ぐあっ……やめ……てくれ……やめろ……」
シトリは眉をひそめた。クアドの声音が変わっていく。依然として起き上がれない様子のクアドは、地に伏せたままもがいている。
「アアッ……ガッ……アガガッ……アアアアア」
「アハハハッ! おもしろーい! ダブが悪戯してるのね? いいわいいわ!」
アンはケラケラと嗤う。もがき苦しむクアドに向かい、彼女は言葉をつづけた。
「さあ目覚めなさい? 岩窟族の生き残りの双子、その兄、唯一の生き残り──」
「ヤメロアアアア」
アンの言葉が、まるで呪文のようにクアドへと作用している。次なる居合のために刀を収めたシトリの見る前で、クアドがゆっくりと立ち上がる。
そして──アンは少しだけ間をあけて、とどめの一言を放った。
「──"共喰らいのカルテ"」
「アアアアアアアアアアアアア!!!」
クアドが慟哭し、その身体が変化を始めた。
浅黒かったその身体が、鉛色へと変色した。
砕けたその肩に引き込まれるように、クアドの顔が消失する。
そしてその肩から、別の頭が──角を持つ三つ目の頭が生えてきた。
「…………AGGGGGG」
獣のような声を上げ、悪魔のようなその男は、シトリと対峙した。
(つづく)
おかしいな、前中後編で終わると思ったんだけどな。
完全に書いて出しでやってるせいでその辺の管理ができてなくてゴメン。次こそ終わります。
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