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【短編小説】菊之助じいさんの朝は早い #グラライザー

 朝は5時ちょうどに目が覚める。

 カーテンと窓を開け、外の様子を確認。天気は晴れ、麗かな陽気。今日も街は平和そう。

 寝巻きからジャージに着替えて庭に出る。別に室内でも運動自体はできるのだが、天気が良い日は外でやるようにしている。

 まずは軽いストレッチから。次いで、型の基礎を確認してゆく。正拳突き、蹴り、歩法──もはや身体に染み付いた動き、そのひとつひとつを確かめるように繰り返す。

 生身での確認がひとしきり終わると、次は変身後の動作確認だ。縁側に鎮座する変身デバイス(グランナックルと呼んでいる)を装着し、ボタンを押して変身する。

 まずは身に纏った鎧──装震装甲の状態を確認。基本動作およびカメラ映像、問題なし。自己診断実行──結果、89点。芳しくない。

 症状はエネルギー変換効率低下。これはいつものやつなので無視。減点起因は……右膝関節の緩衝剤に劣化傾向。そろそろ取り替え時か。

 劣化傾向とはいえ、動作に問題はなさそうだ。そのまま変身後の戦闘訓練を開始する。

 とはいえやることは同じで、正拳突き、蹴り、歩法の確認。鎧にも、自分の身体にも、軋みがないことを確認する。

 繰り返し繰り返し、型を確認する。時を忘れ、拳を繰り出し、納め、また繰り出す。と──

「よォ菊さん、おはようさん」

 話しかけてきたのは、お隣の佐藤さんだ。晴れの日は犬の散歩に出てくるので、こうして挨拶するのが日課になっている。

「おはよう、佐藤さん。ゴローもおはよう」

「ワン!」

 佐藤さんの愛犬ゴローがひと吠えする。昔は変身後の姿を見てはちゃめちゃに吠えられたものだが、今では慣れたものだ。

 佐藤さんを見送るのが、だいたい6時半ごろ。そこで朝練は終了だ。

 変身を解除し、整理体操。程なくして家内から声が掛かるので、息を整え、服を着替え、食卓へ。

 朝食はいつも、ご飯と味噌汁、そして漬物。空手の型と同じくらい身体に染み込んだ味だ。家内と多くの会話はない。せいぜい天気の話と、その日のパトロールコースの話くらいか。

 朝食が終わると家内は家の掃除を始めるので、邪魔にならないよう地下の研究室に篭ることにしている。結婚したてのころに手伝おうとしたらそれはもう大惨事で、以降は掃除機に触らせてすらもらえない。

 研究室のPCを立ち上げる。新着メール、なし。チャットツールのほうに通知──

「……38件?」

 眉を潜める。通知が出ているのはいつも賑やかな若手連中のいる部屋ではなく、ベテランヒーローの集まるチャットグループのほうだ。珍しい。

「おいおい。誰か臨終でもしたか?」

 呟きながらログを確認する。最新発言は1時間ほど前。遡るとそれ以外にも俺を呼んでいる声が多数。

『菊さん反応ないな』『ケータイをケータイしないんだよねあの人』『そもそもガラケーじゃなかった?』『家に電話してみましょうか』『もう少し待とう。いつもなら7時ごろには見るはず』

「……なんだおい、このジジイに今更なんの用だ?」

 呟きながら更にログを遡る。カラカラコロコロとマウスホイールが鳴る音を聞きながら、ようやく事の発端に辿り着いた。送信日時は……21:34? いや寝てるわこの時間。

 発端となったのは3つ下の後輩ヒーローからのメッセージのようだ。内容は──

>>DAICHI:パトロール中に遭遇。一時交戦するも逃げられました。皆さん、警戒を

「……え?」

 そんなメッセージと共に添付されていた写真を見て、思わず声が漏れた。

 その写真は、変身装置のアイカメラ映像だった。戦闘中に撮られたもののようでブレが激しいが、被写体には見覚えがある。ありすぎるほどに、ある。

 それは「ドラキュラ」と聞いて8割の人が頭に思い浮かべるビジュアル──撫でつけた黒い髪。装いは西洋貴族風の黒ずくめ──の、目つきの悪い男。

 ──忘れるはずもない。50年前に倒したはずの、宿敵の顔だった。

「…………リュウ?」

 久しく呼んでいないその名を口にする。間違いない。50年ほど前に壊滅させた"悪の組織"・秘密結社イザナギの総帥、人造人間リュウだ。もちろん死人──の、はずだ。

「まじかよ。再生怪人か……?」

 呟きながらタイピングをして──その時、研究室のドアがガチャリと開いた。家内だ。

「菊、電話。ダイチくんから」

「ん」

 家内はぶっきらぼうに言いながら、電話の子機を投げ寄越した。ノールックで受け取って耳に当てる。

「もしもし」

『あ、菊センパイ! チャット見ました!?』

「ああ、今見た」

 応えたのは、聞きなれた後輩の声。件の写真をアップした奴で、名を須崎大地という。こいつももう65になろうかというのに、口調は昔と全く変わらない。

『あー良かった! マジで早くスマホにしてくださいっつーかせめて携帯電話を携帯してください!』

「るせぇ。電池の持ちが悪いんだよあれ」

 音漏れするほどの声で言われて顔を顰めた。家内の耳にも届いているのだろう、こちらを見てクスクスと笑っている。俺は咳ばらいを挟むと、少しだけ声のトーンを下げて口を開く。

「……んで、奴の件か」

『そっス! さっき、中央町の交差点あたりで監視カメラに映りました。なんか探してる風でしたけど──』

「中央町だな。まずはそっちに行く」

『お願いします! すんません、俺は俺でちょっと別のトコ行かなきゃいけなくて』

「オーケー。援護は期待しないでおく」

 その後2,3の会話を挟み、電話を切る。部屋の入り口に目を遣ると、そこに立っていたはずの家内の姿はなかった。上に戻ったらしい。

 いつもの革ジャンを羽織って、グランナックルを手に研究室を出る。と──トン、トンと階段を下る足音。家内だ。

「出動?」

「ああ。ちょっくら行ってくる」

「そ。はい、これ」

 言いながら彼女が手渡すは、小さな弁当箱と──装震装甲用の、膝パーツ。

「え」

「右膝パーツ、調子悪いでしょ。時間もないし取り換えちゃいな」

 確かにそれは、緊急時のために作っておいたスペアパーツだ。単価は高いが、緩衝材を入れなおすよりも手っ取り早い。が──

「な、え? なんで知ってんだ? 自己診断結果見せたっけ?」

「いや? んでも、見てりゃわかるよ。それよりほら、時間ないんでしょ? 行った行った」

「あ、ああ……すまん」

 そうして俺は階段を上がる。後ろから家内がついてくる。トン、トン、と二人の足音が重なる。

 玄関で靴を履いて、バイクのヘルメットを手に取って。

「……よし、行くか」

「ん。夕飯要るようなら連絡ちょーだい」

「おいおい、要らん前提かよ」

「いつものことでしょ」

 ケラケラと笑う彼女を見ていると、こちらも不思議とリラックスできる。無意識に緊張していたことに気付き、大きく深呼吸をひとつ。

「……ふぅ。よし。行ってきます、ナギサ」

「ん。行ってらっしゃい、菊くん」

 ──単なる夫婦から、『菊くん』と『ナギサ』へ。

 50年前と同じ笑顔で俺を送り出す彼女に手を振って、俺は玄関の戸を開ける。戸が閉まるその瞬間まで、家内は微笑みながらこちらを見ていた。

 これから戦うのは、50年前のラスボス。俺だけでなく、家内とも因縁浅からぬ、宿敵だ。

 バイクのエンジンをかけて、我が家をもう一度振り返り──俺はぽそりと、呟いた。

「……晩飯までには、帰ってきたいもんだがなぁ」

(終わり)


◆あとがき◆

 本作は、拙作『装震拳士グラライザー(68)』の前日譚スピンオフです。

 菊之助爺さんは50年前に悪の秘密結社を壊滅させたヒーローですが、なんやかやと今だに現役で、怪人関係のトラブル解決のために若手と共に東奔西走している──という設定です。

 奥さんの「ナギサ」さんは50年前の戦い、装震拳士グラライザー無印のヒロインの人です。良い奥さんを貰ったな菊之助。

 さて、ここから先の戦いは本編にて語られていますので、良かったらそちらもチェックしていってください!

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