祖父のふすまの向こう側
祖父が死んで3日。
葬式などのごたごたもひと段落して、私は父と共に、祖父の遺品整理にやってきた。
「俺、二階やるから、下よろしくね」
そう言って父は階段を上がっていく。私は「はーい」と言いながら廊下を歩く。数メートルの廊下の突き当たり、ふすまに手をかけたところで、私は動きを止めた。
ふすまの向こうから、笑い声がしたのだ。
子供の笑い声のようだ。まさか、どこかから近所の子供が入り込んでいるのだろうか。私は眉をひそめ、ふすまを開けた。
「誰かいるの?」
返事はない。話し声もぴたりとやんでいる。見回しても、部屋の中には誰もおらず、置いてあるものは私の記憶にあるものと変わらない。本棚、執務机、旧式のパソコン。部屋の隅に置かれている古びた記念メダル販売機は、製造技術者だった祖父が退職記念に貰ってきたものだそうだ。
「……気のせい、かな」
家の付近で遊んでいる声がしただけかもしれない。そう思い私は、片付けをはじめた。
執務机を開け、祖父の遺品を箱に詰めていく。机の下にダンボールが置いてあって、開けると透明なミルクティが大量に遺棄されていた。そういえば以前、祖父が水と間違えて箱買いしたとか言っていたっけ。
一本拝借し、飲みながら作業を進める。そうしてしばらくして、声のことなどすっかり忘れたころ。ふとトイレに行きたくなった私は、祖父の部屋を出て、ふすまを閉めた。
するとまた、ふすまの向こうから笑い声がした。
「え?」
私は驚き、その場から動けなくなった。
その声は、会話をしているようだった。他人が電話をしているのを聞いている気分だ。なにか面白いことでもあるのか、たびたび笑い声がする。
私は意を決し、再びふすまを開けた。やはり、声はぴたりとやむ。
しんと静まり返った部屋は、先ほど私が出ていったときとなにも変わらない。
その後も何度か襖を開けたり閉じたりと試してみたが、襖を閉じている間だけ声が聞こえてくる。それも、間違いなく部屋の中から聞こえてくるのだ。
無言でふすまを何度も開け閉めする自分を客観的にみて、ふと私は冷静になった。というか、面白くなってきた。
この怪奇現象と少し遊んでみよう。害のあるものなら、私が部屋の片付けをしている間になにか起こっているだろうし。
そうして私はふすまを閉じた。話し声が再開する。
「誰かいますか?」
私は少し声を変えて、ふすま越しに声をかけてみた。話し声は一瞬止まったが、なんと数秒後に「どちらさん?」と声が返ってきた。ワクワクしながら、私は名乗ってみる。
「この家のお爺さん……ニハチの孫、霞です」
「んえっ!? 人間!?」
途端、驚いたような声と共に、ゴロゴロバタンと大きな音がした。私も驚き、思わず襖を引き上ける。
畳の上に、祖父の形見の記念メダル販売機が転がっていた。私はそれに近づき、起こしてみた。
「……声の主?」
前から後ろから筐体を調べてみたが、なんの変哲もないし。喋りもしない。
仕方がないので、部屋を出てまたふすまを閉める。今度は、話し声はしなかった。
「うーん。もうちょっと話してみればよかったなあ」
少なくとも声の主は人間ではなかったようだ。こちらが人間だと気付いて、隠れてしまったらしい。
「あ。トイレトイレ」
すっかり行きそびれていたことを思い出し、私はトイレの扉に手をかける。
そこでまた、手を止めた。
<おーい? どうしたー? もしもしー?>
中から、声が聞こえてきた。
完。
あとがき
最近星新一をたくさん読んだせいでめっちゃ寄ってる気がする。
友人に一文一文の情報量について指摘をもらったので考えながら書いていたら、いつも以上に筆が遅くなってしまった。精進が足りぬ。
さすがに2時間経つと本来の趣旨からだいぶ外れ(て言い訳できない)ので打ち切りみたいになりました。ちゃんと腰を入れて書きたいなー。
実際に祖父母の家が田舎でふすまだらけで、子供心にめっちゃ怖かった覚えがあります。こういう想像だけじゃなくて、もっと怖い創造とかもいろいろしちゃって。怖かったなぁ。
・時間:1時間54分。
・お題は3名分。ご協力ありがとうございました。
透明なミルクティー@sn_white51
記念メダル販売機 @owaown117
ふすま @Hakuto8910
思考メモ
透明なミルクティってあれお年寄りは普通に水と間違えて飲みそうよね。ディストピア飯とか呼ばれてるけど見た目の問題だとそっちが気になってしまう
記念メダルって子供のころめっちゃ欲しかったんだけどなんであんな欲しかったんだろう。今となってはすっかり懐かしみの対象になってるなぁ
ふすま。破る? 最近星新一の作品を大量に摂取したせいか、ふすまを破ったら異次元につながるみたいなのを想像してしまった・・・と、ここまで書いて気付いたけど破れるのは障子だな? ふすまは分厚いやつだな? いやまぁふすまも破れるけど。ふすまってあれでしょ、ニンジャスレイヤーがターン! ってするやつでしょ。「バカな。行き止まりだと」ってやつでしょ
冗談はさておき、ふすまってことは日本家屋。そして薄皮一枚で隔てるようなかんじかな。話し声は聞こえるけれど、中は見えない、みたいな。
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