装震拳士グラライザー_設定集__8_

【おまとめ版&あとがき】阿吽昇天:装震拳士グラライザー(68) #グラライザー

◆はじめに◆
 本記事は、2019/11/6~12/08の間に連載していた『装震拳士グラライザー(68)』第1話のおまとめ版です。内容は、誤字脱字を直したりはしていますが、基本的には連載時のままです。
 おまけとして、文末にあとがきというかライナーノーツというか、そういったものも収録していますので、良かったら合わせてお楽しみください。


装震拳士グラライザー(68)


第1話
「阿吽昇天:装震拳士グラライザー(68)」

装震拳士グラライザー 設定集 (6)

- A part -

「……で、だ」

 敵から奪った剣を喉元に突きつけたまま、俺は変身を解除する。

「リュウ。お前を蘇らせた黒幕は、誰だ?」

「ゲホッ……はは……息上がってるの初めて見たなぁ、グラライザー」

 この状況でなお、そいつはペテン師めいた笑みを浮かべている。

 人造人間リュウ。

 世界征服を目論む秘密結社<イザナギ>の大総統にして、俺の最強の宿敵だった男。

 そう。宿敵、だった。

 ──50年前までは。

「痛てて……にしても強えーなおい。今いくつだ? 70歳くらいか?」

「68だ。いいから答えろ。ジジイは気が短けぇぞ」

「誤差じゃねぇか。痛ってて……」

 リュウは喉元の刃を雑に払いのけて起き上がり、胡座をかくとこちらを睨めあげた。

「で、黒幕がなんだって?」

「とぼけんな。再生怪人が出てくるからにゃ、黒幕がいるだろ。そいつは誰だ。お前の尊厳のためにもぶっ潰してやるから、言え」

「怪人が生き返ったくらいじゃ驚かねぇか。年の功だな」

「てめっ──」

「まぁ落ち着け。気持ちは嬉しいが、今回はそういう話じゃない」

「……ンだと?」

「さっきのは腕試し。そんでこっからは……頼みごとだ」

 そう言うと、リュウは不意にペテン師めいた表情を引っ込め──神妙な面持ちで、その名を口にした。


「立花徳之助を、助けてほしい」

「は?」

 立花、徳之助。

 腐っていた俺の性根を叩き直し、正義の心を教えてくれた魂の師。俺の、おやっさんの名だ。しかし──

「待てよリュウ。おやっさんは」

「ああ。50年前、俺が殺した」

 リュウはあっさりと頷く。これはこれで思うところはあるが、それはさておき。

 ──おやっさんは、もう死んだ。

 それを、助ける?

「……話が見えん」

徳さんは今、死後の世界にいる」

「死後の……っておい、ちょっと待てなんだ徳さんって」

「いいから聞いてくれ、グラライザー。いや、千寿 菊之助」

 そいつは胡座をかいたまま俺の名を呼び、両拳を地について頭を下げた。


「頼む。俺と一緒に、天国にきてほしい

 …………………………は?

「……天国?」

「ああ、天国だ」

「そりゃお前アレか? パチンコ屋は天国だとかそういう」

「違う。普通の天国だ。徳さんはそこにいる」

 …………天国。

 頭を下げたままのリュウを見下ろし、俺はしばし考える。

 おやっさんが居る場所なのだとすれば、そこは本当にあの天国なのだろう。地獄の対義語で、一般には生前良いことをした者が逝ける、あの天国。だが──

「……悪の大総統が、なんで天国に居んだよ?」

「それは、その……色々あンだよ」

 言いながら顔を上げたリュウは、なんというかムスッとしていた。……そうやこいつ、昔よりも表情が豊かになった気がするな。と──そこでリュウはふいと目を逸らす。

「……とにかくだ、グラライザー。天国が今トラブっていて、徳さんがピンチ。で、お前の助けが必要。ここまでは良いか?」

「…………………………」

 ぶっきらぼうに、しかしやはりどこか懇願するように紡がれた言葉を、俺は無言で吟味する。今回ばかりは怪人の、それも宿敵の申し出だ。普段ならば絶対信用しないところだが──

「……リュウ」

 俺はそこまでで、考えるのをやめた。このペテン師を相手に、信用するもしないもありはしない。……だから俺は、リュウの首元に、再度剣を向けた。

「念のため言っておくぞ。おやっさんの名前まで出しといて、嘘だったりしたら──」

 ペテン師を睨みつけ、俺は言葉を続けた。

「そん時ゃ、もういっぺん殺すぞ」

「……………………」

 そいつは臆すでもなく、ただまっすぐに俺を見つめ返す。

 数秒間の沈黙。そして彼は降参と言わんばかりに両手を上げ、いつもの調子でペテン師めいた笑みを浮かべた。

「わーかってるよ。徳さん殺した直後のお前の顔、ありゃトラウマだからな。50年経っても忘れやしねぇ」

「そうか。わかってりゃいい」

 俺は剣をおろした。まじでやりやがったら平成のヒーロー連中集めてボコボコにしてやる。

 頭の後ろで手を組んで余裕ぶった笑顔を浮かべるリュウに、俺はまず一番気になっていることを問いかけた。

「聞きたいことは山ほどあるんだが、とりあえず……天国に行くってのはどういうことだ。孫の顔見る前に死ねってか?」

「……あン? まさかお前、ガキがいんのか?」

 リュウが片眉をあげて問い返してくる。

「ガキどころじゃねぇ、愛娘はもう人妻だ」

「ああそうか、もう70だもんなお前」

「68だ」

「誤差だ誤差。……さてと」

 リュウは不意に言葉を切り、気だるそうに立ち上がった。相変わらずの西洋貴族風の黒づくめ。身長190㎝の大男。背が縮んできた俺には首が痛い。

 彼はポンポンと尻を払ってから、口を開く。

「まぁ順に説明する。が……ちょっと後回しだな」

 その眼光が鋭くなる。見据えるは俺……の、背後。

「お客さんだな」

「ああ。グラライザー、剣を返せ」

「へいへい」

 俺は手にしていた剣を逆手に持ち換え、リュウの足下に突き立てた。そして自分の変身装置・装震拳グランナックルを取り出して振り返り──

 思わず、目を見開いた。

「…………おいおい、まじかよ」

「ググフフフ……! 久しぶりだなぁグラライザー!」

 方や、3メートルくらいのイカのバケモノ。

「よーしぶっ殺ーす! 裏切り者の人造人間共々ぶっ殺ーす! 今すぐそこに直れー!」

 方や、両手に銛を持ったデカい二足歩行のシャチ。

「……なるほど、そういう感じか……」

 そんな二体と、そいつらが引き連れた藁人形めいた雑兵の軍勢を目にして、俺は思わずため息をついた。

 忘れもしない。イカの方はイカオーガ。シャチの方はシャチデビル。

 ……そいつらは、30年ほど前に俺が壊滅させた組織の、幹部怪人だった。

 ハイドロ帝国。それが、イカオーガとシャチデビルの所属する組織の名だ。今から30年ほど前に地上支配を掲げて侵攻してきた連中で、その実態は「古代ムー帝国」の超テクノロジーで海洋生物と融合した古代人だ。

 当時の主担当ヒーローは、同じくムー帝国の遺物を借りて変身する男、崎守大地こと大地守護士ジオセイバーだった。ダイチはすこぶる真面目な奴で、日夜休むことなく戦いを繰り広げていた。が──

「ゲソゲソゲソ……ここであったが百年目。グラライザーよ、今日こそ刺身にしてやる!」

「今度は、殺ーす!」

 そう。俺とこいつらは因縁がある。

 ムー帝国は、伊達に"帝国"を名乗っちゃいなかった。とにかく規模がデカかったのだ。

 ダイチひとりでは限界があり、俺や他のヒーローも何度か戦いに参加し、最終決戦の手伝いに行ったりもしたわけだ。イカオーガとシャチデビルは最後の戦いで俺が直接ボコボコにした連中で、恨みひとしおと言ったところだろう。

 ……などと考える俺の横で、リュウが刺さった剣を引き抜き、担いだ。

「あの軍勢……天国襲撃のときにも居た奴らだ」

「なるほど。要はお前の邪魔をしにきたのか」

 俺は拳を、リュウは剣を構える中、ムー帝国の連中は10メートルほど向こうで進軍を止めたイカオーガはゲソゲソと笑い、その横でシャチデビルが雄叫びを上げている。と──

 俺の脳裏にふと疑問がよぎった。

 ……こいつら、四人組じゃなかったか?

「……おい、リュウ」

「あん?」

「跳べ」

 言うやいなや、俺は装震拳グランナックルを装着した右拳で地面を突いた。刹那──

 大地が、揺れる。

「「「ヌゥッ!?」」」

 装震拳によって引き起こされた、超局地的かつ瞬間的な地震。その震度は7を超える。怪人の軍勢が足を取られ膝をつく中、俺は目を瞑って意識を集中させ──

 ──見つけた。

「……リュウ。そこの自販機の裏と、3時方向の赤い屋根の上。任せるぞ」

「なるほど、任せろ」

 魔法で空中浮遊していたリュウは、その言葉を受けて宙を蹴った。

 砲弾のような速度で件の自販機に肉薄し、リュウの剣──装震剣グランセイバーが空を切り、自販機を真っ二つにしたが──ギンッと鋭い音と共に、その剣は止められた。

「ぬぅ、見つかったか……!」

「……天狗?」

「カジキだ!」

 人間めいた身体にカジキマグロの顔を据え付けたような怪人。鼻先は刀のように鋭く尖っている。

 両手に持ったサーベルでグランセイバーを受け止めたその怪人は、カジキヤイバ。イカオーガと同じハイドロ帝国の怪人である!

 ──その様子を横目に、俺はイカオーガとシャチデビルに向かって地を蹴った。

「こっちも行くぜ。今夜はイカとシャチのタタキだ」

「っ……か、かかれィッ!」

 イカオーガが手を挙げて、軍勢に指示を出す。藁人形の一団がわさわさと躍り出てきたが──

「薄いッ!」

 全速力からの、踏み込み。大地の反作用、慣性、全身の筋力、関節、バネ、全ての力を拳に集め、放出するイメージ。

 装震拳グランナックルが──吼える!

 次の瞬間、10体の藁人形は粉微塵に吹き飛んだ。余波でイカオーガが吹っ飛び、シャチデビルはクロス腕でそれを堪える。

 藁人形ズの灰塵をかき分けて、シャチデビルが地を蹴った。迫りくるは鋭い銛。俺は拳を開き、銛先を手首の回転で受け流すと、体制の崩れたシャチデビルに左拳を叩き込んだ。

「ずおりゃぁっ!」

「ウゴーッ!?」

***

 ──その頃、カジキヤイバと切り結んでいたリュウは、全身から黒い霧を発生させていた。黒霧はぞわぞわと蝙蝠めいた形を為し、「赤い屋根の家」へと飛び立つ。

「なっ……!?」

 声をあげたのは、そこにいた女怪人である。得物を振り回して応戦する彼女の周りを、黒霧の蝙蝠が旋回。しばしの混戦ののち、ついに屋根の上から放り出した。

 そいつは両肩と腰が二枚貝に置換された人間……といった様相の怪人であった。アコヤ貝の怪人、その名もウィッチアコヤだ。恐るべき真珠の弾丸を駆使する女ガンマン。今回はスナイパー役のつもりだったのだろう。

「っ……ばかな、見つかっていたのか……!?」

 ウィッチアコヤが無様に着地したその隙を見逃すリュウではない。カジキヤイバに蹴りを入れて斬り合いを強制キャンセルすると、即座にそちらに飛びかかった。

「チィッ……!」

 慌てて地を転がったウィッチアコヤの真横に、グランセイバーが突き刺さる。女怪人は起きざまに真珠色の弾丸を射出、リュウを襲う!

「甘い」

 リュウはそのままグランセイバーを大きく振り上げ、風圧だけで真珠弾を無効化。さらに、振り抜かれた剣は後ろから斬りかかってきたカジキヤイバの喉元にビタリと当てられ、その動きを牽制した。

「……弱いなお前ら。三下か?」

「ッ……うるさい! 私はハイドロ帝国四天王の紅一点! ウィッチアコヤ様だ!」

 ヒステリックに叫んだウィッチアコヤは、両肩の貝から大量の真珠弾を射出。サブマシンガンめいて襲いかかるそれらを、リュウは身を翻して回避する──

***

 ──一方その頃、俺はイカオーガのトリッキーな8本足コンビネーション攻撃をいなし続けていた。ちなみにシャチデビルは道端でノビている。

 イカオーガの触手はその一本一本に毒がある。俺は傷つけられぬよう慎重に、しかし確実にそれらを叩き落としていく。

「ぐぬぬぬぬぬ! なぜだ! なぜ当たらん!」

「ハン。若造にゃ30年ばっかし──」

 痺れを切らしたイカオーガが8つの触手で一斉に攻撃してくる。俺はその懐にひと息で踏み込み、ガラ空きになった身体にショートフックを叩き込む。

「早えよっ!」

「オゴフォッ……!?」

 怪人の身体が軽く浮いた。すかさず右拳をひきしぼり、俺はトドメの一打を──否。

「……!」

 俺は直感で、その場から飛び退いた。刹那。

「ゲェッシャアアア!!!」

 イカオーガのその身から、膨大なエネルギーが放出された!

 周囲の民家の窓が割れ、電信柱が傾き、アスファルトが抉れる。相当な破壊力だ。爆心地にいたら流石にヤバかった。

 放出の余波に揺さぶられ、道端でノビていたシャチデビルが目を覚まして起き上がる。2対1に逆戻りだ。

 俺はひとまず退避とばかりにバックステップして、そいつらから距離をとった。と──

「よぉ、苦労してんじゃねぇかグラライザー。歳のせいか?」

 そう言ったのは、同じく間合いを取ってきたリュウだった。あちらも多少苦戦しているらしい。

「……そっちこそ、天国で鈍ったんじゃねーだろな?」

 煽り返し、俺はリュウと背中合わせで拳を構えた。そして敵を睨み──そこでふと、気付く。

 怪人たちの体から、血色の煙めいたものが立ち上っている。

「ゲソゲソゲソ……気付いたかグラライザー! だがもう遅いッ!」

 俺が眉を顰めたのに目ざとく気付き、イカオーガが哄笑した。立ち上る血色の煙は見る間にその量を増し、怪人たちの身体を赤く染めてゆく。

「見せてやろう……我々の新たな力を!」

 イカオーガの宣言と共に、四体の怪人は雄叫びを上げる。吹き荒れる暴風。立ち込める血の匂い──不意に現れた地獄の嵐の中で、四体の怪人は目をカッと開くと、同時に叫んだ。

「「ヨモツ・ヘンゲ!!」」

 直後、怪人の身体が赤き光を放つ。光は血色の粒子へと姿を変え、怪人たちの全身に群がるように旋回、その速度を上げてゆく。

 イカオーガの身体にはのっぺりとした金属鎧がまとわりつき、その10本脚全てを余すことなくアームカバーが覆いつくす。

 シャチデビルの流線型の身体には甲殻類を思わせる装甲が装着され、手にした銛は棘を備えてより殺意の篭った形状に変質した。

 カジキヤイバは西洋甲冑めいた鎧を纏い、両手と鼻先の刃はノコギリめいて真紅の細かな刃を備え、禍々しさを増す。

 ウィッチアコヤの身体は二枚貝を思わせる流線型の装甲に隠れ、その背から二丁の砲塔が生え出でた。

「……こいつは……」

 俺は目を細める。怪人たちのパワーアップはこれまで何度も目にしてきた。しかし今回のヨモツ・ヘンゲとやらは、これまで俺が見てきた怪人のパワーアップとは毛色が違った。

 まるで全身が機械化するような──否、違う。これは……

「……ヒーローの、変身か?」

「ゲーッソゲソゲソ! これがヨモツの力! 我々を破ったヒーローをもとに作られた強化鎧! 人呼んでヨモツアーマーだ!」

 イカオーガは全身の装甲をガシャガシャ言わせながら高笑いし、俺たちを指差して言い放った。

「さぁグラライザー、そしてそっちの人造人間! 刮目せよ!

 その言葉に合わせるように、渦巻いていた負エネルギーが爆発! それを背景に、四体は声を揃えて宣言した。


「「ヨモツの導きにより、貴様らを排除する!」」

「……そこはジオセイバーのパクりなのか」

 半目で言った俺のツッコミは、爆発音に流され届くことはなかった。ちなみにジオセイバーの決め台詞は「大地の導きにより〜」だ。

「ゲッソゲソゲソ〜〜〜! 言っちゃった言っちゃった!」「大地の導きでぶっ殺ーす!」「これ結構気持ちいいわね!?」「ウム、悪くない」

 口々に言い合う海産物四天王。なんともまぁ余裕なことだが……確かに先ほどまでとは段違いのエネルギーを感じる。その自信は伊達ではなさそうだ。

 と……その時、俺の背後でリュウが訝しげに呟いた。

「ヨモツ……黄泉国(よもつくに)のヨモツか?」

「恐らくな。おやっさんの件と無関係じゃあるめぇ」

 リュウに答え、俺は肩をぐるりとひと回しする。はしゃぎ終えた海産物四天王が戦闘態勢を取るのを睨みつけ、リュウに声を投げた。

「さてと……リュウ。お前まだ変身できるのか?」

「当たり前だ。そっちこそ70歳でやれんのか?」

「まだ68だ」

「誤差だっつの」

 言い合いながら、俺は装震拳グランナックルの甲にあるボタンに、リュウは装震剣グランセイバーの柄頭に手を添え、押し込む。

>>Ground-Rise,Ready.
>>Dragon-Rise,Ready.

 ドシュンッと響く音の後、装震の武器たちが淡々と言葉を発するのを聞きながら──俺たちは怪人たちに言い放った。

「そっちがそうくるなら、こっちも変身だ」

 俺は右拳を、左の手のひらに打ちつけて。

「地獄に叩き返してやる」

 リュウはその剣を、大地に強く突き立てた。

「魂を、震わせろ──」
「怖れ、震えよ──」

 そうして背中合わせのまま──同時に、叫ぶ。


「「グラライズ!」」

 瞬間、世界が震えた。

 大地が、大気が、大空が震撼し、発生したエネルギーが光の粒子となって俺たちの身体を取り巻いてゆく。定着した光は超震動と共に強く輝き、装震装甲へと姿を変える。

>>GRAND-RISER......QUAKE UP

 グランナックルの宣言に応じ、革に近い質感の鎧が俺の身体を包み込んだ。次いで、金色の兜、胸当て、肩当て、そして重厚なグリーブブーツが顕現する。

 ウエストクロスがバサリと伸びて、光の粒子が宙を舞う中──俺は大地を踏みしめて、両腕の重厚なガントレットを打ち合わせた。

「拳・震・入・魂! 装震拳士、グラライザー!」

>>BRACK-DRAGON......QUAKE UP

 一方、グランセイバーの宣言と共にリュウの全身を覆ったのは、漆黒の重鎧だ。複雑な細工が施されたフルプレート・アーマー。その左右の肩口に顕現するは獰猛なる龍の意匠。黒一色のその身体で、同じく龍を模した兜の目元だけが赤く輝きを放つ。

 仁王立ちで地を踏みしめ、漆黒のマントをはためかせ──三つ首龍の騎士は、手にした剣を打ち振るった。

「龍・震・当・千……装震覇王、コクリュウ」

 余剰エネルギーが巻き起こす爆風の中、装震の武器たちが打ち震える。

 金色の拳士と黒き覇王は、背中合わせのまま得物を構え──そして同時に、言い放った。

「「震えて、眠れ」」

 戦いの幕が開く。


- B part -

「かかれぃっ!」

 イカオーガの号令一下、シャチデビルとカジキヤイバが地を蹴った。

「ぶっ殺ーす!」

 こちらに襲いかかってきたのはシャチデビル。両手に持った真紅の銛をガコンと打ち合わせ、突き攻撃が凄まじい速度で襲いくる!

 俺はそれを半身で回避。カウンターの力を乗せて、反撃の拳を繰り出す。が──返ってきたのは、硬い手応えだった。

「むっ……」

「ヌハハハハ! 効かーん!」

 シャチデビルは笑い、銛を振り回して追撃を阻む。先程ぶん殴った肩装甲には傷ひとつついていない。

「ちっ……伊達な装甲じゃねーんだな」

「当然だ! わかったなら死ね! ぶっ殺ーす!」

 一歩引いた俺を追い、シャチデビルの銛攻撃が続く。今度は両手の銛をフル活用したラッシュだ。目にも留まらぬ速度で繰り出される連続突きは、炎すら纏ってこちらを貫く。

「おらおらおらどうしたァッ! さっさと刺されろォッ!」

 往なすには手数が多すぎる。俺は回避に専念し、シャチデビルの隙を──

「──うぉっとォッ!」

 刹那。背後で殺気が膨れ上がり、俺は反射的に身を投げ出した。受け身を取って振り返ると、一瞬前まで俺がいた地面が溶解、緑色の蒸気を上げている。

「うお危ねぇな!? 酸かなんかか!?」

「ゲッソゲソゲソ!」

 高笑いしたのはイカオーガだ。触手の一つがなにやら粘液を垂らしている。あれか。

 俺の起き上がりざまを狙い、シャチデビルの銛が迫る。ガントレットで叩き落としつつ体制を整えた俺に向かい、イカオーガは触手の先端を向けた。

「食らえィッ!」

 ドプンッと不快な音とともに、毒弾が放たれる。

「うげっ……」

 それも一発二発ではない! 機関銃めいて立て続けに放たれる毒弾を辛うじて回避し、俺はイカオーガを中心に駆け出した。

「グググェッソゲソ! 無駄だ無駄だァッ!」

 イカオーガは、孔雀のように広げたその触手から無数の毒弾をばらまく。被弾したアスファルトが溶け、街路樹が一瞬で枯れ、付近の壁は爆ぜて抉れる。

「おいおいおい、どの弾もとんでもねーな!?」

 俺は走り、転がり、側転し、致命の弾丸を回避しながら思案する。

 シャチデビルは少し離れたところにいる。今のうちに、厄介な毒弾を放つイカオーガを先に片付けたいが、この弾幕はなかなか侮れない──

「ゲソゲソゲソ! どうしたグラライザー! 動きが鈍いな、歳のせいか!?」

「やかましい!」

 そうして言い返しながら、俺が側宙で毒弾を回避した──その時だった。

 シャチデビルが、真横に出現した。

「ぶっ殺ーす!」「なッ!?」

 ──いつの間に!?

 致命のひと突きが迫る。俺は空中で身を捩って切っ先を躱すが──避けきれない!

「ぐっ……!?」

 トゲの生えた銛が俺の脇腹を掠め、装甲が削れて火花が散る!

「ヌハハハハ! 弱い弱い!」

 その勢いで、俺はそのまま吹っ飛んだ。辛うじて四つ足で着地しつつ、俺は目を細める。こいつの今の動きはなんだ。どうやった?

 着地のタイミングを狙って再び飛んでくる毒弾に、俺は思考を中断する。サイドステップからのスプリント。イカオーガを中心に、シャチデビルから離れるように──

「ヘイらっしゃい! ぶっ殺す!」「どわっ!?」

 俺は瞠目する。眼前に居るのは紛うことなきシャチデビルだ。まただ。離れていたはずの怪人が、何故か目の前にいる!

「死ねィッ!」「このっ……!」

 俺は咄嗟に、繰り出された銛をぶん殴った。軌道が逸れた銛を踏みつけ、跳躍。宙返りし──そのまま勢いを乗せ、グランナックルを地面に叩きつける。

「グランブレイク!」

 グランナックルが打ち震え──

 直後、半径5メートル圏内の地面が、爆ぜた。

「ヌオオッ!?」「ゲソーッ!?」

 眼前のシャチデビルのみならず、少し離れたイカオーガの足元までもが崩落し、怪人たちが足を取られる。俺は猫めいて着地すると、即座にイカオーガへと肉薄する。

「ゲッ!?」

「まずはテメーだ、イカ野郎!」

 シャチデビルの瞬間移動は後回し。まずはイカオーガを倒して、厄介な毒攻撃を止める!

 俺はいまだ体制の整わないイカオーガの身体を目掛け、右の拳を叩き込んだ。

 ──その、はずだった。

 しかし俺の拳は手応えなく、イカオーガの身体を突き抜けた。

「!?」

「ゲッソゲソ。なにしてんだァ?」

 刹那。イカオーガの声は、瞠目した俺の頭上から聞こえ──背中に、衝撃!

「ゴハッ……!」

 それはシンプルなボディプレスだった。しかし、体高3メートルに金属のフルアーマーを纏った巨大なるイカだ。繰り出すそれは、装震装甲でも軽減しきれないほどの凄まじい衝撃となり、全身を襲う!

「ゲッソゲソゲソゲソ! ざーんねんでんしたー! 撃つだけが毒液じゃないのさ!」

「っ……毒液だァ……?」

 このイカ野郎、幻覚剤の類をばら撒いたのか!?

 イカオーガは笑いながら、人の上でドスンドスンと跳ね回る。メットのバイザーいっぱいに浮かぶ複数のアラート。胸部装甲にダメージ。過負荷、過衝撃、溶解、毒……こいつ、ストンプに加えて毒液も塗りつけてやがる!

「よくやった相棒ー! ぶっ殺ーす!」

 装甲が軋む音の合間に聞こえるは、シャチデビルの声。イカオーガの身体が再度浮き、シャチデビルの銛が迫り──

「おいジジイ、なに苦戦してんだ」

 不意に、リュウの声がした。次いで響くは剣戟音。

「のがっ!?」「ゲソォッ!?」

 怪人たちが吹き飛ばされる音。俺は顔を上げ、音のしたほうを見た。

 ──そこに佇むは、黒き覇王の後ろ姿。

「まだ死んでねーだろうな?」

「痛っててて……大丈夫だ。恩に着る」

「うるせぇ、いいから立てジジイ」

 起き上がる俺に言葉を投げながら、装震覇王コクリュウは剣を構えた。

 その向こうには得物を構えた血色のハイドロ帝国四天王の姿。全員を油断なく睨みつけながら、コクリュウは言葉を続けた。

「……こっちも結構、手一杯だ」

 そう言うコクリュウの鎧は、右の肩当てがバッサリと斬り落とされていた。

 いや、それだけではない。右肩の龍は上顎を斬り飛ばされ、左肩の龍はぺしゃんこ。漆黒のマントは穴だらけで、兜のツノも折れている。

 かく言う俺も、胸部装甲はヒビだらけ、革部分もウェストクロスも一部が破れていたりする。ダメージレベルだけで言えば、変身が強制解除される寸前といったところだ。

「ググググェッソゲソゲソ! 『震えて、眠れ』とか言ってたクセにざまぁないな!」

「言われてんぞ、グラライザー」「オメーもだろ……」

 会話しながら、俺はコクリュウに並び立つ。海産物四天王は、ボロボロの俺たちを見て心底愉快そうに笑っている。

「ゲーソゲソゲソゲソ。にっくきグラライザー、そして音に聞く装震覇王コクリュウがこーんなにもボロボロだ! 気分が良いなぁ!」

「いい調子だー! ぶっ殺ーす!」

 海産物どもが声をあげる中、バイザー内の視界にイカ毒の解析結果が表示された。遅効毒。主な作用は視野の歪みと遠近感の狂い。なんつー厄介な。

「……おいリュウ、なんか打開策はないのか。悪の総統だろ」

「なんだその無茶なフリは──」

 俺の言葉にコクリュウが答えたとき、イカオーガがその言葉を遮った。

「ではトドメだ! 行くぞお前たち!」

「「おうよ!」」

 そう言って諸手(8本)を挙げたイカオーガの周囲に、海産物四天王が集結する。

 イカオーガの前に、ウィッチアコヤが鎮座した。その砲台に、得物を持ったままのシャチデビルとカジキヤイバが手を添える。紅く輝く切っ先がこちらを向き──最後に、イカオーガが挙げていた諸手(8本)を砲台の上にペタリと置く。

 …………おいこれ、見たことあるぞ。

「……まさか」

「察しがいいなァグラライザー! だがもう遅い!」

 思わず零した俺の言葉を聞きつけてイカ野郎がゲソゲソと叫ぶ中、こちらを向いたウィッチアコヤの砲塔に赤き輝きが灯った。据えられた銛と刀の切先から赤い稲妻がバチバチと迸り、砲塔の中に吸い込まれていく。

「なんだ、こいつは……!?」

「リュウ。装震装甲の全エネルギーを防御に回せ……やべーのが来るぞ!」

 驚愕の声をあげるリュウに、俺は戰慄と共に声を投げた。

 昔、カラフルな変身ヒーローたちが異世界から迷い込んできたことがある。あいつらは怪人に対し、全員の武器とエネルギーを一箇所に集めて撃っていたのだが……今、海産物四天王が、それをやっている!

「ゲッソゲソゲソゲソ! 逃げないか! 大した覚悟だ! 流石はヒーローだな!」

 砲塔に膨大なエネルギーが集まり、その先端で血色の球体を形成していく。大地が揺れんばかりの高エネルギー。海産物四天王の周囲でアスファルトがひび割れ、血色の稲妻が怪人たちの周囲を迸る!

「さぁ、消え去れ……グラライザー!」

「畜生、やるっきゃねぇ……!」

 イカオーガが声をあげる中、俺は装震装甲の出力を最大にして、両足で地面を踏みしめた。そして──


「「ヨモツ・ハイドロ・カノン!!!」」

 世界を、轟音が塗りつぶした。

 放たれたのは、人の背丈を優に超える血色のビームだ。それは経路上の地面を消滅させながら音速で俺たちに迫り──俺の視界を血色の光が塗りつぶした。

「──……!!」

 俺の声を掻き消して、ビームはなおも直進する。

 その圧倒的な熱量によって凄まじい破壊をまき散らしながら、ビームは1キロほど先のビルに直撃。そのまま貫通し、空へと消えた。

 ──轟音が、消える。

 経路上の建物は余波で崩壊。停めてあった車は爆発炎上。地面は熱でドロドロに溶け、赤々と燃えている。

 そして、俺たちが立っていた場所には、最早なにも残っていなかった。

「グググ……ゲゲゲゲゲェーッソゲソゲソゲッッソォ!!」

「跡形もなーし! ぶっ殺したー!」「やったわー!」「ウム!」

 海産物どもが歓声を上げ、互いにハイタッチしたりハグしたりして喜んでいる。

 ──俺は、その様子を見ていた。

 ……上空から。

「……………………え!? お!? へ!?」

 気付けば俺は、付近のどの建物よりも高いところから街を見下ろしていた。テレビで見たドローン映像のような視点。勿論足場などない。つまり──俺は今、空中に浮いている。

「ちょ、え、なんだこれ!? は!?」

「……落ち着けジジイ。年甲斐もない声を出すな」

 不機嫌そうな声は隣から聞こえてきた。コクリュウだ。

「お、おいリュウ。これはお前の仕業か!?」

「騒ぐなっての。消し飛ぶ寸前、飛翔魔法で上空に逃げただけだ」

 コクリュウは面倒くさそうに答えた。そういえばこいつ、魔法を使えるんだった。なら……ってそういう問題じゃねぇ!

「いや街が大変なことになってるじゃねぇか!? だめだろこれ!」

「アホか。あの威力を二人で止められるわけがねーだろ」

「アホはそっちだ! そこら中ズタボロじゃねぇか! 確かに街の人は避難してるが、こんだけボロボロだと復旧にどれだけ時間がかかるかわかんねぇ。それにあっちのビルは避難が終わってるかわから──」

「ヒーローっつーのは、色々と考えることが多くて大変だな」

 言い返す俺に掌を向け、コクリュウは言葉を遮る。

「あン? そりゃそうだろ、守るために戦ってんだから」

「俺は悪の総統だからな」

 眉を顰めた俺に向かって、コクリュウは自虐的に笑ってみせ、更に言葉を続ける。

「まぁなんだ、その辺は俺に考えがある」

 そうしてコクリュウは言葉を切り、剣を肩に担いで不敵に言い放った。

「今はそれよりも……反撃だ」

 そう言った、直後。

 コクリュウは、飛翔魔法を解除した。

「えっ──」

 俺の声が置き去りにされた。

 上空200メートル。髪が逆立ち、暴れる。内臓がせりあがる。景色が急激に流れゆく!

 突如やってきた落下感に、俺は思わず悲鳴を上げた。

「ウオアアアあああああ!?!?!?」

「情けねー声出すなジジイ!」

「あああああああ死ぬ死ぬ死ぬ待て待て待て待て!?」

「待たん! 腹ァ決めろ!」

 怒鳴るコクリュウは剣を振り上げている。みるみる内に地上が、そして海産物四天王の姿が迫る!

「行くぜ、構えろ!」

「あああああああああもうわかったよ畜生!」

「ゲーッソゲソ……エッ?」

 俺たちの喚き声が聞こえたのか、ハイタッチなどしていた怪人たちは空を見上げた。ギョッとした様子の連中に向かい、俺たちは得物を構え──叩きつける!


「「グラン・インパクト!!」」

 大地が、震え──捲れ上がる!

「ゲソーッ!?」「ウオーッ!?」

 柱の如く吹き上がる土砂と共に、怪人たちが悲鳴と共に吹き飛んでいく。出来上がったクレーターの中心で、コクリュウは悠然と剣を担いた。

「チッ。ついでにぶった切ろうと思ったんだが、流石に避けられたか」

「おいリュウてめぇ! せめて説明してからやれ! 死ぬかと思っただろが!」

「スピード重視だ。それより──そっちの二体、任せるぞ」

 一方的にそう言って、コクリュウは怪人たちを見回した。地面を転がった怪人どもは得物を構え、俺たちを包囲する。声をあげたのはイカオーガだ。

「莫迦なっ……なぜ生きている……!?」

「ふん」

 コクリュウが鼻を鳴らす。そして──次の瞬間には、イカオーガの眼前に出現していた。

「いちいち説明する義理はねェッ!」「ゲソォッ!?」

 ガギンッと金属音が響く。振り下ろされた剣を辛うじて触腕で受け止めたイカオーガに、コクリュウが立て続けに斬撃を繰り出す!

「イカオーガ!」

「そいつから離れろ、ぶっ殺すぞ!」

 そこへきてようやく、残りの四天王が動いた。カジキヤイバとシャチデビルが声を上げ、助太刀に入ろうと足を踏み出し──その時だった。

 二人の脚が、膝まで地面に呑み込まれた

「し、沈むっ……!?」「ヌゥッ……!?」

「おいおい、あんま動くとマジでどっぷり沈むぜ?」

 怪人たちが声をあげる中、俺は腰に手を当てて警告した。じたばた藻掻きつつ、シャチデビルが恨めしげに叫ぶ。

「ぐ、グラライザー! なにをしたぁー!」

「液状化だよ、液状化。最近は社会問題になってるんだぜ? まぁお前らは知らんだろうが──」

「ッ……あんたたち、今助けるよ!」

 俺の言葉を遮って、ウィッチアコヤが声をあげた。接地面の大きさ故か、その身体は殆ど沈んでいない。彼女は背負った砲塔を動かし──

 その時には既に、俺はそいつの眼前で拳を構えていた。

「わりーな嬢ちゃん。そうはさせねーよ」

「いつの間に──ぐッッ!?」

 戸惑いの声をあげたウィッチアコヤに、俺の右拳が突き刺さる。辛うじて腕装甲で防御した彼女であったが、華奢なその身体は押し込まれる形で吹き飛ばされる。

「こ、このっ!」

 ウィッチアコヤは空中で身を捻り、背負った砲塔から真珠弾をばらまく。機関銃の如く弾丸が降り注ぎ、クレーター内の土が吹き上がる!

「うお危ねぇ!?」

「アハハハハ! どうだ! このまま撃ち殺してやる!」

 俺が声をあげたのに調子づき、ウィッチアコヤは弾丸を連発する。爆裂した大地は5メートルほども吹き上がり、そこら中に砂の柱が形成される。なるほど大した威力だ。コクリュウの装甲をボロボロにするだけはある。が。

「……まぁ、相性が最悪だわな」

 俺は呟き、真珠弾の雨へと足を踏み出した。装震装甲の力で液状化した地面を均し硬めつつ、俺はずんずん歩いていく。

「ハハハハ! 血迷ったか!? さぁ穴だらけに……って、あれ?」

 ウィッチアコヤの笑い声はそこで止まった。まぁそりゃそうだろう。

 ──なんせ俺は、弾丸の雨の中を普通に歩いているのだから。

「な、なな!? なんで歩いてる!?」

「まぁなんというか……慣れ、だな」

 答えながらも、俺は最低限の動きで真珠弾を躱し、往なし、叩き落とす。

 ──銃器やらビームやらと戦い続けて50年、このくらいは慣れたものだ。

 そうして人混みを通り抜ける程度のノリで真珠弾を避けながら、俺はウィッチアコヤとの距離を詰め……そしてとうとう、彼女を間合いの内に捉えた。

「よいしょォッ!」「チィッ!」

 俺は気合と共に、ウィッチアコヤへと拳を放つ。しかしアコヤは舌打ちと共に殻を閉じ、俺の拳はガインッと音を立てて弾かれてしまった。

「む……」

 シャチデビルの装甲よりもだいぶ硬い手応えだ。試しにもう何発か殴ってみたが、ガインガインと鳴るばかりで効果は無し。硬い。

「残念だったねぇ! 私の鎧は特に硬いよ!?」

「……そうかい」

 勝ち誇ったような声をあげるウィッチアコヤにそう答えると、俺はどっしりと腰を落として拳を構えた。

 心臓の前に右拳を置くような、裏拳の構え。

「そんなら……こいつはどうだ」

 俺は言い放ち、手の甲のボタンを押しこんだ。ドシュンと音が鳴り、装震拳が淡々と声をあげる。

>>FINISH IMPACT...Quake Up

 それを聞いて、ウィッチアコヤは余裕の声をあげた。

「おっと正面対決かい!? いいねぇ、でも無駄だよ! アンタの力じゃこの鎧は砕けない!」

「ほう? 大した自信だな」

 装震拳にエネルギーが集まってゆく。70%、80%、90%……

「当然さ! 覇王コクリュウの必殺剣すら弾いたんだからね!」

「マジかよ。あいつ実質負けてんじゃねぇか」

>>QUAKE UP,Ready.

  言い合う内にチャージが終わる。ウィッチアコヤの耳にもそれが届いたか、彼女は威圧的に殻を打ち合わせた。

「さぁ、掛かってきな! グラライザー!」

 そして俺は。

「────シッ!」

 鋭く息を吐きながら、鞭のような裏拳を放った。

 コーンッ……と澄んだ音があたりに響く。

「…………へ?」

 来るはずの衝撃が全く来ず、ウィッチアコヤが戸惑いの声をあげる中、俺は彼女にくるりと背を向ける。そして──

 その、直後。

「カっ……!?」

 ゴグンッとなにかが砕ける音とウィッチアコヤの悲鳴が、鎧の向こうから聞こえてきた。

 俺はただ、歩き出す。コクリュウはイカオーガと交戦中。カジキヤイバとシャチデビルは今だに大地に捉われ……シャチのほうは鼻先まで埋もれている。

「ガフッ……」

 そうして俺が状況を確認しながら3歩ほど進んだとき、ウィッチアコヤを包んでいたヨモツの鎧が消失した。

「な、なんだい、これは……!?」

 変わらず歩きながら、俺は口を開く。

「歳を取るとな、力押し以外にもいろいろ覚えるもんだ」

 硬い鎧、その内部にダメージを与える打撃。若いころに発徑とか太極拳とかを齧っていたのがうまく噛み合った。

「バカ……な……」

 血と共に吐きだして、元の姿に戻ったウィッチアコヤは崩れ落ち──そのままゆっくりと大地に倒れ伏して。

「リリアン、様……」

 その言葉を最後に、動かなくなった。

***

 ──そして、時を同じくして。

「ち、チクショー! なんだお前! なんだお前ーッ!」

「うるせぇ。避けるな。死ね」

 コクリュウは、イカオーガの4本目の足を切り飛ばしていた。

 彼らが居るのはクレーターの外、無事なアスファルトの上だ。イカオーガは残る6本の足を振り回しつつ、触腕の先端から毒弾を放つ。

「今度はこれだ! 溶けてしまえー!」

「だから無駄だっつの」

 触れるものすべてを溶かすはずの緑の毒弾はしかし、コクリュウの眼前でパンッと鋭い音を立てて消滅した。彼の手にした剣の風圧である。

「なんでだ! なんで効かんのだァーッ!?」

「さっきジジイが貝女に言ってたろ。相性が悪い」

 そう、相性だ。コクリュウの剣で倒せなかったウィッチアコヤを俺が倒せたように、毒のせいで俺がヤラれたイカオーガは今、リュウに追い詰められている。

 コクリュウの剣は、液体すらも斬り飛ばす。そして──

 人造人間リュウの体は、いかなる毒をも分解するのだ。

「観念しろイカ野郎。そんで死ね。天国で徳さんが待ってんだ」

「うるさいうるさい! 貴様が死ねーっ!」

 言い合いと共に跳びまわり戦う両者。一方、液状化した地面に捉われた残りの二体は……と、俺は視線を落とし──

 そこで、気付いた。

 ……シャチデビルの鼻先から、触手が生えている。

「…………あン?」

 液状化した地面でじたばたしすぎたせいで、シャチデビルは鼻先まで沈んでいる。そこに触手が生えて……いや、違うな。

「……イカオーガの、触手か?」

 リュウに斬り飛ばされた触手が落ちている。よくよく見ると、カジキヤイバの傍にも──と、気付いたその時だった。

 その触手が、風船のように膨らんだ。

「っ……!?」

 俺は咄嗟に腕をクロスさせ、防御姿勢を取る。そして──触手風船が、炸裂した!

「ウオーッ!?」「ヌゥッ!」

 ドバンッと派手な音を立て、周囲の土ごと怪人たちが吹き上がる! 爆風に耐えながら、俺は思わずうなり声をあげた。

「あのイカ野郎……!」

「ゲッソゲソゲソ! まだだ! 我々は負けん!」

 吹き飛んだ怪人たちはクレーターから弾き出され、アスファルトの上に着地する。ヨモツの装甲を活かした無理矢理な脱出術だ。

 歯噛みする俺を嘲笑うように、イカオーガが声を上げた。

「カジキ! シャチ! 行けェッ! アコヤちゃんの仇を取るべし!」

「ヌオオ! ぶっ殺ーす!」

 イカオーガの言葉を合図に、前衛海産物が雄たけびを上げる。

 先に動いたのはシャチデビル! クレーター内に残された俺に向け、その口から極太のビームを放つ!

「チィッ……!」

 俺が慌てて跳躍し、ビームを回避。クレーターを脱出しつつ、対岸にいたカジキヤイバに殴り掛かる!

 ──そんな中、リュウはその左手をシャチデビルに向けた。

「おい、魚。てめーの相手は俺だ」

 その手から立ち上るは黒い霧。蝙蝠状の塊となったその霧は、一直線にシャチデビルへと襲いかかる。

「ぬごっ!?」

「ゲソゲソ! よそ見をしていて良いのかなァ!?」

「ムッ……」

 イカオーガが触手を振り下ろす。若干の驚きとともに、コクリュウはそれを剣で防いだ。……いつのまにか本数が元に戻っている!

「ゲソゲソゲソ! 俺のゲソは不滅だァーッ!」

「ぶっ殺ーす!」

 怪人たちは口々に声をあげ、コクリュウに襲いかかる。両者の息のあった連携攻撃が、黒き鎧を打ち据え、削り取ってゆく。

「どうしたどうした! 手も足も出ないだろう!」

「ぶっ殺ーす!」「ゲソゲソー!」

「ぶっ殺ーす!」「ゲソーッ!」

「ぶっ殺ぶっ殺ぶっ殺ォす!!」「ゲソゲソゲソーッ!」

「………………」

 威勢良く騒ぐ怪人たちの波状攻撃を、コクリュウは淡々と捌いていく。時折捌ききれなかった剣が装甲を掠り、ギンッガンッと金属音が響く中──

「……よし」

>>FINISH IMPACT

 不意にイカとシャチの耳に届いたのは、フィニッシュインパクト──

>>QUAKE UP,Ready.

 ──の、チャージ完了音声だった。

「ゲソぉっ!? いきなりっ!?」

 起動音なし、チャージ音なし。ノーモーションで完了したチャージに続き、コクリュウの剣が咆哮をあげる!

「ヌオーッ!? ま、負けんぞォーッ!」

 シャチデビルが両手の銛をクロスさせ、眼前に掲げた。真紅の銛が稲妻を放ち、即座にその硬度を増す──決着の時だ。

 コクリュウはシャチデビルへと、剣を上段に構えて一歩踏み込んだ。装震剣が黒き稲妻を纏い、打ち震える。

 それを見たシャチデビルは来るべき斬撃に備え、両手に力を込めた。銛で防ぎきるという覚悟と共に、その腕がバンプアップする。そんなシャチデビルに向かい、コクリュウは踏み込みのスピードを乗せて──


 その腹に、前蹴りを叩き込んだ。

「ヌごがッ!? 蹴りっ!?」

 完全に想定外だったのだろう。 めりぃっとコクリュウの踵がシャチデビルの鳩尾にまともにめり込み、堅牢に構えた銛が弛む。

「そ、それはズル──」「生憎こちとら、悪人なもんでな」

 言い返し、蹴り足で今一度力強く踏み込んで。

 コクリュウはエネルギーを、解放する!

>>QUAKE SLASH

「装震剣──」

 縦一閃。

「ぶがっ……」

 素振りでもするかのようにあっさりと、装震剣が敵を斬る。さらにコクリュウは剣を振り上げ──もう一太刀。

「──覇王震龍斬」

 ヨモツの鎧ごと三枚におろされたシャチデビルの身体で、装震エネルギーが暴れ回る。黒色の稲妻を迸らせながら。

 悲鳴すらなく倒れたシャチデビルは、死亡と同時に爆散する。

 血ぶりめいて剣を振るい、コクリュウは冷たく言い放った。

「……地獄で寝てろ」

***

 ──その頃。俺とカジキヤイバは壮絶な打ち合いを続けていた。

 カジキヤイバの繰り出した斬撃を叩き落とすと、敵は即座に逆のサーベルを繰り出した。装震拳で殴って防ぎつつ繰り出した蹴りは、カジキの繰り出した膝で相殺される。

 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。拳とサーベルがぶつかり合って猛烈な火花が散り、周囲の地面が蜘蛛の巣状にヒビ割れる! 鳥が迷い込んできたら一瞬でミンチになるであろう打ち合いを制したのは──

 カジキヤイバであった。

「ツェィッ!」「ムっ……!?」

 サーベルと激突した俺の拳が押し切られ、俺の右腕が跳ね上がる。更に繰り出された左の刃を、俺は身を捩って回避。……体勢が、崩れる!

 その瞬間を見逃さず、カジキヤイバは力強く踏み込んだ。その第三の刃、ノコギリめいて鋭い鼻刃を、俺の心臓めがけて繰り出す!

「死ね、グラライザー!」

「っ……」

 コクリュウの鎧すら斬り裂いた刃だ、俺の鎧が防げるわけがない。鈍化する世界の中、致命の一撃が迫る。殺意に燃えるカジキヤイバの瞳が俺を捉える。俺は──

「なんのっ──」

 自分の左手を、鼻刃の先端にかざした。

「──……これしきッ!」

 血がしぶく。ヨモツの力に包まれし鼻刃は、ガントレットごと左手のひらをあっさりと貫通! 痛みをこらえて左腕に力を込めるが──抑えきれぬ! 胸部装甲を貫通、稲妻状に斬り裂かれる!

 が──俺の心臓は、無事だ。

「ぬぅっ……!?」

「痛ってぇなァこんニャロォッ!」

 鼻刃は根元まで突き刺さっている。その状態で、俺はカジキヤイバの顔面を鷲掴みにした。そのまま敵をぐいと引き寄せて、姿勢の崩れたボディに渾身の右フックを叩き込む!

「ごあっ……!」

 怪人の身体が吹き飛び、左手から刃が抜けた。ぼたぼたと血が垂れる。めちゃくちゃ痛い。俺は歯を食いしばって拳を握り込み、構える。カジキもまた空中で身を翻し、着地。互いの間合いが再び開く──

***

 ──一方、リュウは、イカオーガを着実に追い詰めていた。

「ゲソォッ……ゲソッ……クソォッ……!」

 先ほど復活させたにも関わらず、イカオーガは早くも四本脚となっていた。そこら中にイカゲソが散らばる中、怪人は必至でコクリュウから距離を取る。

「観念しろイカ野郎。大人しく刺身になれ」

 その様を眺めつつ悠然と剣を担ぎ、コクリュウは敵に言い放つ。

「やぁぁだねぇ! 生き汚なさが俺の本懐だァ!」

 イカオーガは言い返しながら更に跳躍。それを追ってコクリュウが踏み出すが──

 同時に、斬り飛ばされホヤホヤのイカゲソが爆ぜた。

「むっ……!?」

 派手な音が鳴り響く。装震装甲のお蔭で大したダメージはないようだが、コクリュウの足を止めるには十分だったようだ。10メートルほどの距離を置き、イカオーガは着地して──その全身に、力を込めた。

「ゲッソゲソ……そうだ、俺は死なんぞ……!」

 ばぢり、ばぢり。

 イカオーガの周囲で、血色の稲妻が爆ぜた。その身に宿すエネルギーが膨れ上がってゆく。禍々しきヨモツの力が赤き嵐となって顕現する。

 突如高まったその力に、俺とカジキヤイバは同時に空を見上げる。イカオーガは、その様子を見下ろして──口を開いた。

「……ここで死ぬわけにはいかんのだ。どんな手を、使ってもなァッ!」

 直後、雷が落ちた。

 ──カジキヤイバに

「ッ──…………!?」「どわっ!?」

 爆音と共に生じた血色の落雷が、悲鳴ごとカジキヤイバを呑み込んだ。咄嗟に飛び退いた俺の見る前で、カジキヤイバの身体が分解されてゆく。

 更に、落雷。今度はクレーターの内側、ウィッチアコヤの死体に。ばぢりばぢりと音をあげながら、死した怪人を分解してゆく。

「グググゲッソゲソゲソゲソ! 爆発したシャチを回収できないのは惜しいが、3人でも十分だ! これがヨモツの力ァッ! ハイドロ帝国のォッ! 力だァッ!」

 イカオーガの声が歪みゆく中、カジキとアコヤの身体が完全に分解された。そして──禍々しきヨモツの奔流が、渦を巻く!

 その中で哄笑するイカオーガの身体が肥大化する。失われた足の付け根から、カジキヤイバの両腕が生え出でた。更にその背からウィッチアコヤと同様の貝殻鎧と砲塔が生え出で、俺たちに狙いを定めた。

「ググググググハハハハアアアアッ!!! グラライザー! コクリュウ! ハイドロ帝国復活の!!! 礎となれェっ!」

 もはやゲソゲソとすら笑わなくなったイカオーガは、ヨモツのエネルギーを溢れさせながら俺たちを見下ろす。打ち合わせたサーベルが耳障りな音を立てるのを聞きながら、俺は思わず呟いた。

「まーだ隠し玉持ってやがったのかこいつ……」

 そろそろ事の真相を全部吐きだした上で爆散してほしいもんだが。

 ……と、ため息をついたその時、背後からコクリュウの声がした。

「いや、だがこれはこれで、ちょうどいいかもしれん」

「あん? なにがだよ」

「俺がこっちに来た目的に対してだよ」

 装震剣を肩に担いで、コクリュウは俺に向けて言葉を投げた。

「おいジジイ。天国に行く準備はいいか?

「……なんだと?」


 ──頼む。俺と一緒に、天国にきてほしい。

 脳裏を過るのは、出会い頭に言われたその言葉。海産物四天王と戦うのに忙しくて忘れていたが、そういえば最初はそんな話だったな。

「時間がねーから説明はナシだ。本来の予定とは違った形になるが、とにかくこれから天国に行く。ただし、地獄経由でな」

「あん?」

 俺が訝しむ一方で、イカオーガの身体はさらに変異していった。もはや言語ではない咆哮をあげるそいつは、今や10メートルほどの高さまで巨大化。サーベルを持った四本の腕と六本の触手がうねる様は、端的に言って気持ち悪い。

「おいリュウ、そりゃ一体どういう──」

「いいから。とりあえず、あいつを搔っ捌けば良い。簡単だろ?」

 俺の疑問の声を遮り、コクリュウは一方的に説明を切り上げる。そして剣を構えて巨大イカオーガを睨み上げた。

「いやいや待て待て。そんな簡単に──……うおっ!?」

 俺は慌ててツッコむが、それは巨大イカオーガのカジキサーベルによって遮ぎられた。振り下ろされた大質量に、大地が割れて土砂が吹き上がる!

「ああもう……!」

 俺とコクリュウは、回避の勢いのままに駆け出した。コクリュウの”作戦”を実行するにせよ、まず反撃の糸口を探さないとどうしようもない。

 並行して走る俺たちを、イカオーガは目で追って──サーベルを握った四本腕を振り回す! ドドドドガガガガガと派手な音と共に、巻き添えを食った周囲の建物が倒壊していく。

「いやいやいやいや! おいリュウ! お前この状況放り出してく気かよ!? 町がズタボロだぞ!?」

「それはさっき言ったろうが! 考えがある!」

「ホントにあるんだろうな!? 嘘だったらぶっ殺すぞ!」

「るせぇ! やってみろ!」

 まき散らされる破壊から逃げ惑いつつ、俺たちは怒鳴り合う。その最中、巨大イカオーガのイカゲソがこちらを向き──毒弾が放たれる!

「やべっ……リュウ!」「任せろ!」

 こちらが声をあげたとき、コクリュウは既に剣を構えていた。目にも留まらぬ斬撃と共に、真空の刃が放たれる! パァンッと派手な音がして、毒弾はいとも簡単に爆ぜ散った! が──

 毒弾の中にはぎっしりと、真珠弾が詰まっていた。

「「──ッ!?」」

 瞠目する俺たちに向かい、真珠弾が散弾銃めいて降り注ぐ!

 俺は咄嗟に跳び退き回避、コクリュウはマントを翻して防御する。衝撃が俺たちを揺さぶる中、巨大イカオーガが次なる攻撃に出る。

 GZGZGZGZGZZZZZZZ!!!

 そいつは嗤うような咆哮をあげながら、背負った砲塔から──図体に合わせて元の5倍ほどまで巨大化したそれから、特大の真珠弾を連続射出!

「「うおおおおおあああ!?!?」」

 ひとつひとつが直径2メートルほどはあろう砲弾が襲いくる。アスファルトが噴き上がり、そこここにデカいクレーターが形成される。隕石が降り注ぐような地獄めいた光景。俺たちは必死で地を駆ける。

 GGGGGGGZGZGZGZZZZ!!!

 巨大イカオーガの攻撃は続く。隕石めいた砲撃はそのままに、俺たちの行く手を塞ぐかの如く、サーベル持ちの触手が振り下ろされる!

「くそっ!」「ッぶねぇっ!」

 俺たちはギリギリのところでスライディング回避。更に追い討ちとばかりに横薙ぎに振り回されるサーベルを跳躍して回避し、俺たちは再び駆け出した。

 ──足を止めたら、やられる!

 駆け、跳ね、滑り、俺たちは雨霰と降り注ぐ大質量を辛うじて回避する。家々をぶっ壊しながら降り注ぐ毒液、真珠弾。そして巨大サーベル──

 ……キリがねぇ。

「ええい、こんチクショウっ……!」

 俺は毒づき──覚悟を決め、急ブレーキをかけた。ずざぁっと立ち上る砂埃をぶち破り、特大真珠弾が突っ込んでくる。俺はそれを屈んで躱すと、両の拳を構えた。

 GZGZGZ……GZGZGZGZZZZ……

 巨大イカオーガの目が俺を見据え、砲塔がこちらを向く。俺は目を細めながら、距離を取ったコクリュウへと声を投げた。

「……おいリュウ、ホントにうまくいくんだろうな!?」

「そうだな! ここで死ななけりゃな!」

「失敗したらぶっ殺すからな!」

「おめーこそ、歳のせいで押し負けんなよ! 70歳!」

「68だ!」

 GZGZGZZZZZZ!!!

 俺たちの怒鳴り合いを、巨大イカオーガの咆哮が遮る。狙いを定めるダイオウイカを睨みあげ──俺は大地を踏み締めた。

「スゥッ──」

 鋭く息を吸い、装震拳の甲を5連打する。

>>qqquake,quake,quake...OVER QUAKE UP

 直後、装震拳が猛烈に震動を始めた。装甲の全エネルギーを拳に集結させる、一発限りの大技。めちゃくちゃに暴れる拳を、俺はぐっと握り締め──その時。

 イカオーガの砲塔が、火を吹いた。

 極限まで集中した俺の視界に映るは、特大の真珠弾、その周囲に浮かぶ毒液、背後から迫る散弾真珠弾、そして両サイドから襲いくるサーベル。

 ひとつひとつの致命の一撃を前に、俺は大地を踏みしめ──

>>OVER MAGNITUDE

「墳ッッ──」

 音速の特大真珠弾を、殴りつけた。

 突っ込んできた戦車をぶん殴ったような衝撃が全身を貫く。後脚を起点に、アスファルトに盛大なヒビが入った。

 ギャリギャリギャリと耳障りな音を聞きながら、俺は歯を食いしばり、全身全霊をかけて拳を──

「──ッッッぬおらァッ!」

 振り、抜く!

 真珠弾が、震えた。極大の衝撃と共に、砲弾は元きた軌跡をそのまま辿って跳ね返る。毒液も散弾もはじき飛ばし、サーベルを持った触手のうち二本を引き千切り、それでもなお──止まらない!

 ──GZZZ!?!?

 真珠弾は俺の拳の勢いそのままに、巨大イカオーガのボディにめり込んだ。ヨモツの鎧がバキバキと音を立てる中──俺は残心もそこそこに、振り返る。

「かませ!」「応!」

 言いながら、俺はバレーボールのレシーブめいて手を組み、腰を落とす。全速力で走ってきたコクリュウは、そこに足を乗せ──跳躍!

>>qqquake,quake,quake...OVER QUAKE UP

 次いで吼えるはコクリュウの剣! 装震エネルギーの最大解放。迸る黒き稲妻が、巨大な剣となって天を衝く!

 GZGZGZGZGZZZZ!!!??

「地獄で、寝てろ!」

 咆哮をあげるイカオーガに怒鳴り返し、コクリュウはその力を解放した。

>>OVER MAGNITUDE

「装震剣──」

 長さ10メートルはあろうかという大剣が、巨大イカオーガめがけて振り下ろされる!

「覇王、一閃!」

 一刀、両断。

 GZGZGZGZ……ゲソゲ……ソゲ……

 唸り声が、消えゆく。巨大怪人の体内で、装震エネルギーが暴れ回る。黒き稲妻を吹き上げながら、怪人の身体が傾ぎ──そこで、コクリュウが声をあげた。

「グラライザー! ビンゴだ! 開くぞ!

 ──直後。

 巨大イカオーガの身体が、ブラックホールと化した。

 ぽっかりと口を開けた漆黒の穴。そいつは時折ヨモツの血色のグラデーションを帯びながら、生き物のごとく蠢いている。

「なんっだこりゃ!?」

 俺が唖然とする一方、轟々と渦巻く風の中平然と佇むコクリュウは剣を鞘にしまいながら答えた。

「ヨモツの力は地獄の力。地獄から供給されるからには、繋がってるだろうと思ってな」

「地獄との、繋がり……。ってことは、こいつは」

「ああ。地獄の門ってやつだ」

 コクリュウはこちらに向き直り、頷いた。口を開く。地獄の門。確かにこの禍々しいブラックホールは、そんな様相ではある。が……

「……天国に行くんじゃなかったのか?」

 首を傾げた俺の言葉を、コクリュウは「ふん」と鼻で笑い飛ばした。

「言ったろ、予定変更だ。地獄を経由して天国に行く。地獄の軍勢が使った道を通ってな」

「おいそれ大丈夫かよ。人間が通れるやつか?」

「なるようになるさ。それに──」

 そこで一度言葉を切って、コクリュウはこちらに向き直った。

「──侵攻中に本拠地を叩くってのは、敵への嫌がらせとして最高だろ?」

「……そっちが本命だな?」

 ため息をついた俺の眼前で、ブラックホールが巨大イカオーガの残骸を飲み込み始めた。というか──よく見ると、周囲の瓦礫が浮き上がりはじめている気がする。

 俺は腰に手を当て、コクリュウに言葉を投げた。

「……で。俺の経験から言うと、まもなく俺らはこいつに吸い込まれて違う世界に行くことになるわけだが」

「当たりだ。流石は70歳、年の功だな」

「68だ。お前わざと言ってんだろ。……それより、街をこのままにしてくつもりか?」

「問題ないと言ったろ。そっちはすぐに直る」

「あん? だからそりゃなんで──」

 言いかけた俺の言葉は、近づいてきたヘリコプターの音によって遮られた。

 見上げた空、猛スピードでやってきたのは20台ほどのヘリだった。ブラックホールの轟々という音にも負けず劣らずの爆音を響かせながら、その群れは高度を下げてくる。

「…………は?」

「時間ぴったりだ。流石だな」

 うむうむと頷きつつ、コクリュウはヘリの群れを見上げている。ホバリングするそいつらから降下してきたのは、複数の迷彩服連中と──多数の重機たち。それもアームがたくさんついたロボットみたいな奴だ。

 ズシンズシンとロボ重機が着地してゆく中、迷彩服連中はコクリュウの前に整列。更に迷彩服どもは町中から陸路でも姿を現し、あれよあれやという間にその数を増やしていく。100人……いや、200人はいるか?

「「「お待たせ致しました、コクリュウ様!」」」

 その群衆の、最前列。並び立った5人の黒服が、同時に頭を下げた。

 初老の、それこそ俺と同じくらいの年頃のジジイだちだ。……って、あれ? 見覚えあるぞこいつら?

「うむ。ご苦労。……お? お前あれか、九菱のセガレか?」

 大仰に頷いたコクリュウは、黒服たちのセンターにいるジジイに声を投げた。その白髪の紳士は顔をあげ、ニッコリと微笑んでみせた。

「はい。九菱清史郎でございます」

「おお! デカくなったなァおい!」

「またお会いできて光栄でございます」

 そうだ、思い出した。大財閥・九菱重工の会長だ。テレビで見たことある。

 そうして見ると、残りの黒服連中もシムズ建設だのエムティーティーだの、知る人ぞ知る大企業・大財閥のお偉方だ。

 ……そんなお偉方が、コクリュウに頭を垂れている。

 俺の脳裏を、嫌な予感が駆け巡る。そう、コクリュウは……秘密結社イザナギの、大総統だ。

「…………おいリュウ、もしかしてこいつら」

「ああ。イザナギの残党だ。俺がアタマになってからは、日本の産業を掌握してたからな」

「マジかよ……」

 頭を抱える俺をさておいて、コクリュウは黒服たちに向き直った。

「よしお前ら。元々の想定とは事情が変わったがやることは変わらん。特にそこのクレーターとあっちのビルは重点的に頼む」

「畏まりました。1時間で元どおりにしてみせましょう。……かかれィッ!」

「「「「はっ!」」」

 迷彩服どもはイザナギ式の敬礼と共に力強く応え、即座に動き出す。よく見るとどいつもこいつもジジイばっかだ。……つまりはリアルに当時の戦闘員たちってことか。

「おいおい、こんなに残ってたのか……」

「憧れというのは、そうそう消えないものですよグラライザー。あなたが今なお、ジミ・ヘンドリクスを愛しているようにね」

 俺のぼやきに答えたのは、九菱会長だった。彼は柔和な笑みを浮かべたまま、コクリュウへと視線を戻す。

「……それにしてもコクリュウ様、凄まじい被害ですな。グラライザーとよほどの激闘を繰り広げられたのですね?」

「いや、グラライザーには瞬殺された。このジジイ昔より強えぇ」

「なんと。やはり現役なだけはありますか」

「おいおいおい俺を置いてくな。話の流れが全くわからん」

 口を挟んだ俺に対し、九菱会長は「ああ、すみません」と柔らかく笑ってみせた。

「『これからグラライザーと全力で戦う。たぶん町が壊れるので、直せるようにしておけ』……というのが、コクリュウ様の指示だったのです」

「な? 考えがあるって言ったろ?」

「そういうことかよ……」

 ため息をつく俺に対し、九菱会長は言葉を続ける。

「コクリュウ様から話は伺っております。今はただ、やらねばならぬことがあるのでしょう? それに集中なさってください」

「……俺は詳細聞いてねーんだが?」

 コクリュウに言葉を投げるが、スルーされたー。そんなやりとりを微笑ましく眺め、九菱会長は口を開く。

「……グラライザー。あなたには、個人的には色々と思うところがあります。ですが……とにかく、この場は我々にお任せを」

 その言葉を残して、黒服連中は一礼。踵を返し、現場指揮へと向かっていった。

 働くジジイどもの背中を眺めつつ、俺は改めてコクリュウに言葉を投げる。

「……おいリュウ。ひとつだけ確認させろ」

「なんだ」

「こっちに帰ってこれるんだろうな?」

 その問いに、コクリュウはあからさまに首を傾げる口を開く。

「……今までその保証があったこと、あるか?」

「いや確かにねーけどな!? 原理の問題だ、原理の! 俺ァ孫の顔が見るまで死なねーからな!?」

「その意気なら大丈夫だろ。ほら、いくぞ」

 ブラックホールに向き直り、コクリュウは歩み出す。

「あ、待ておい!」

 ズンズン進む黒マントを、俺は慌てて追いかける。畜生、帰ってこれなかったらぶっ殺してやる。

 コクリュウがそうしたのに続き、俺はヨモツ・ブラックホールに手を触れた。ずるりと奇妙な感覚がして、俺の身体が飲み込まれていく。

 ──地獄経由、天国行きの二人旅。

 立花徳次郎を救う俺たちの地獄ツアーは、こうして幕を開けたのだった。


- エピローグ -

 豊かな長い赤髪を三つ編みにした女が、淡々と報告書類を読み上げてゆく。

「──蒼天翔女アマテラス、大地守護神ジオセイバー……以上です」

「……しめて8名か。上々だな」

 その男は、血色の空を見上げながら呟いた。長く伸びた黒い癖っ毛の下からは血色の悪い肌が覗く。どこか蛇を思わせるその男は、「それで?」と先を促した。

「はい。……逆に、怪人の敗北の報告も、数件上がっております」

「ほう。早いな」

 蛇顏の男は視線を落とす。赤髪の女はゆっくりと息を吸い、報告を始めた。

「生存者の名前のみ読み上げます。まず、砲神ガンブレイザー」

「ふむ……向かったのはノブナガだったか? まぁ奴はヨモツの力を使わなんだからな」

「えっ……わかるのですか?」

「ああ。勿論さ」

 目を見開いた女に、男は微笑み返す。そう、勿論だ。この力を作ったのは、他ならぬこの男なのだから。

「……それで? 生存者はひとりだけではあるまい?」

「はい、もうひとり。……装震拳士、グラライザー」

「くふ」

 その名を聞いた瞬間、蛇顔の男は笑った。

「くふっ……くふふふふ」

 それは、赤髪の女が思わず一歩退くほどの、獰猛な笑み。極限まで小さくなった瞳孔は、ここではないどこかを見つめていた。

「やはりこの程度で死ぬ男ではない、か。くくくふふふ……立花徳次郎を誘拐した甲斐があったというものだな」

「はい。それと……もうひとつ、ご報告が」

「ほう? まだ生き残りがいると?」

「はい。その、ヒーロー……と呼んで良いのかは、わかりませんが……」

「? 一体誰だい?」

「……その名は……装震覇王、コクリュウ、です」

「──……!」

 その瞬間、男の足元の地面がひび割れた。それは男の魔力の奔流。溢れ出す怒り、殺意、憎悪そのもの。

 溢れ出す力に耐え切れず、赤髪の女がよろめいた。その様を見つめながら、男は静かに問いかける。

「コクリュウ、と言った?」

「……はい」

 女は、身体が震えていることを自覚した。それは純粋なる恐怖。強大なるその男の殺気、その一部だけで、本能が警鐘を鳴らしている。

「……コクリュウ。コクリュウ。僕を殺した、あのコクリュウ、だよね?」

「はい。仰る通りです」

「……グラライザーに殺されたはずでは?」

「しかし……その、グラライザーのそばに居り、共に戦っていた、と……」

「くふ……くふふふふふ……!」

 女の答えに、彼はこらえ切れぬといった様子で肩を揺らす。床板の破片がビリビリと震える。女の恐怖はピークに達そうとしていた。彼女は半ば無意識に、腰に提げた得物に手を添え──

 不意に、男の殺気が消えた。

 耳鳴りにも似た感覚が女を襲う。息をすることすら忘れ、女は瞠目し──

 次の瞬間、その男は女の背後に立っていた。

「……ミナミ。立花徳次郎の様子はどうだい?」

「っ……!? げ、現在もまだ、牢におりますが……」

 情けなく上ずった声で、辛うじて女は言葉を返す。動けない。得物を持っていたところで、なにも、できない。

「牢か。警備の人員を倍に。あと、ヒーローと関わりのある者は独房へ」

「ど、独房……ですか?」

「ああ。むしろ可能なら、地理的に場所を分けた方が良い。奴らは隙あらば協力する……それは我々の、敗因のひとつだ」

 そうして彼は、ぽんっと女の肩を叩く。

「頼んだよ、ミナミ?」

「かっ……畏まりました。早急に対応いたします──」

 女は震えながら、歩き出したその男の名を呼んだ。

「──イザナギ様


第1話
「阿吽昇天:装震拳士グラライザー(68)」

- 完 -

【第2話につづく】


あとがき

 はじめての方ははじめまして、いつもの方はいつもよりゴキゲンでしょうか。桃之字です🍑

『装震拳士グラライザー(68)』シリーズ第一話、『阿吽昇天:装震拳士グラライザ』をお読みいただき、ありがとうございます。

 この作品は、2019年10月に開催されたパルプ小説コンテスト【逆噴射小説大賞2019】に応募した同名の作品を連載用に加筆したものです。最初の800文字を書く中でも相当色々あったんですがそれは別の記事に譲るとして、このあとがきではグラライザー連載にあたり考えたあれこれについて語ります。

ヒーローとしてのグラライザー

「グラライザーは装着変身型にしよう」というのは割と早い段階、それこそ800文字の導入を書いているときから決めていました。

 ここでいう装着変身型というのは僕が勝手に分類して呼んでるもので、例えば仮面ライダー555やカブトとかがそう。ライダーシステム的な、装置としての仮面ライダーです。

 反対にクウガとかアギトとかは生体変異型と呼んでいます。僕の作品でいうと『碧空戦士アマガサ』はこちらに近いですね(あれはレインコートが変異しているけどまぁそれはそれとして)

 アマガサがどちらかというと生体変異型なので、新たにヒーロー物を書くなら装着変身型にしよう、というのはずっと考えていました。そういうわけで、同じ時期に考えたグラライザーとクロノソルジャーは装着変身型という方向性に。なおミツマナコは生体変異型です。

 コクリュウについては、ライバルであるグラライザーが装着変身型なので必然的に装着変身型になりました。同じ原理で動くシステムで戦う両雄、アツいよね!

名前の由来

 グラライザーって名前は「なんとなく」でつけました。言葉の響きですね。はじめにグラライザーがあった。グラライザーという言葉の響きから「グラグラしてそう」という安直な発想を得て、「装着変身型」「地震」「拳で戦う」の流れで装震拳士と名付けました。スゴイ・アンチョク。

 千寿 菊之助の名前については、最初になんか「菊さんって呼ばれてる人がいいなー」みたいな漠然としたイメージがあったんですよね。古めかしい名前にしたかったので菊之助にしました。また、立花徳次郎は初代仮面ライダーの「おやっさん」である立花さん+書いてるときに飲んでいたお酒の名前「徳次郎」でつけました。

今後の話

「地獄経由の天国行き」とはいえ、だらだらと地獄を旅行するつもりは毛頭ありません。なんせ徳さん捕まってるんで!

 現状の構想だと、第2話で地獄ツアー、第3話で地獄の本部を襲撃、第4話で天国へ……みたいな感じです。予定は未定。また変わるかもしれない!

 なお第2話では、最後のほうに出てきたイザナギ氏がラスボスとして彼らの前に姿を現します。彼についてはツイッターで良い感じに「秘密結社イザナギの初代総統」説と「イザナギノミコト」説が入り混じっていてタノシイ(狙い通り)。ゆくゆく明かされていくので、お楽しみに。

いじょうだ

 末筆にはなりますが、謝辞を。

 800文字からはじまった物語は最終的に2万5千文字の第一話へと相成りました。連載にあたりスキとかシェア感想とかくれた方、本当にありがとうございます。心の支えでした。

 また連載の最中に逆噴射小説大賞2019の1次/2次審査結果が発表され、本作も見事予選通過しておりました。本当にウレシイ。逆噴射先生もありがとうございました。

 これからもグラライザーの物語はまだまだ続きます。が、次からの更新はちょっと別の作品を挟みます。アマガサか、クロノソルジャーか考え中。併せてお楽しみに!

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