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21XX年プロポーズの旅 (9)

(承前)

- 9 -

 僕は扉についた小さな窓から、"王国"の兵士達を閉じ込めたコクピットを覗き込んだ。
 ガラハッドは俯いたままだ。先ほどまできっちり整えられていた白髪はすっかり乱れており、毛先からポタポタと水が垂れている。左腕の義手は肘から先が取り外されており、部屋の隅に転がされている。他の兵士たちはもがいているが……縛っているのは僕特製の逃走用ネットだ。そうそう外れるものではない。

「"オクト"ー。たぶん大丈夫だよ!」
「ありがと、"レオン"」

 僕はコクピットを離れ、続く通路を歩く。
 この先には、さっき突っ込んできて停止したままの船がある。そう、”王国”の軍用船だ。戦闘能力の高い"レオン"こと愛しのリカコは先に行って残党がいないかの確認をしている。

「それにしても……うまく行ってよかった」
 通路を歩きながら、僕はひとりごちた。

 あの時──踏み込んできた”王国”の兵士に囲まれたとき、僕は咄嗟に足を一本切り離して、天井に張り付けていた。クラーケン族の足は切れやすいのだ。そして、切れてもすぐに生えてくる。まぁ、結構痛いのであまりやりたくない手(いや、足?)ではあるけど。

 天井に張り付いた僕の足に気付かないまま、ガラハッドたちは僕らを包囲した。僕は両手を上げて、ただ"待って"いた。いち早く作戦に気付いたレオンも同じくだ。
 なにを待っていたかって? ”僕の足が消えるとき”をさ。切り離された僕の足は、しばらくすると消滅するんだ。

 そしてその時──周囲の酸素と急激に反応を起こし、発火する。

 もともと機体温度が高かったところに突如発火が起こり、星間バスの安全装置が作動した。僕らはその時を待っていたんだ。
 警報がミュートされていたのも良かった。本当になんの前触れもなく、天井についたスプリンクラーから水が噴き出して、さしものガラハッドもほんの一瞬気が逸れた。

 そしてその一瞬は──怪盗"レオン"にとっては充分な隙だった。

 一瞬で間合いを詰めた彼女は、ガラハッドの左腕のガトリング義手にしがみ付き、同時に尻尾で3人の兵士たちを打ち据えて昏倒させた。
 反応が遅れた残りの兵士たちは僕の攻撃で沈黙させた。

「やった! レオン、そのまま──」
 作戦が上手くいったことに喜び、僕は声をあげた……が。

 ガラハッドは左手にまとわりつくリカコを、片手で持ち上げてぶん投げた。

 彼女が僕に向かってすごいスピードで飛んできて、僕は全力で抱きとめるハメになった。愛する彼女が胸に飛び込んでくるなんて幸せな瞬間ではあるのだけど、車に跳ねられたみたいな衝撃で割と死ぬかと思った。

 そこから交戦すること15分ほど。
 手持ちのデバイスの8割を使い切ってなんとか取り押さえたのが、今から10分ほど前のことだ。

「こっちの見張りはひとりだけだった。バスの中に置いてくね」
 回想に耽る僕に、リカコが声をかけてきた。その肩にはノビた兵士を抱えている。

「うん、よろしく」

 僕はガラハッドのコクピットに入り、操縦席に着いた。

 星間バスは相変わらず月に向かって邁進しているが、5分後に木星に向けて進路変更するようにプログラムした。あとはこの船で月に向かえ、ガラハッドとはしばらく戦わなくて済むわけだ。

「月まではどのくらいでつきそう?」
「んー。わかんないけど、小型でも軍用船だからね。星間バスより速いと思うよ」
 後ろから届いたリカコの問いに、僕は軍用船のハッキングをしながら答える。「あとはこのAPIを叩けば──」

 グオン!
 軍用船のエンジンが駆動しはじめた。

「…………よし」
 リカコが駆け込んできたのを確認して、僕は軍用船のハッチを閉じる
「じゃ、月に向かって──」

 僕が言いかけたとき、異変がはじまった。

 軍用船のサイドバーナーが噴き出し、その場で180度ターンした。

「えっ!? あれ!?」「ひゃっ!?」
 予想外のGを受け、僕らは思わず転んでしまった。それをあざ笑うかのように、軍用船はあらぬ方向へと全速力で飛び始めた!

「っ……しまった…………!」
 僕はリカコの手を借りて立ち上がり、呟く。

 ──これは"王国"軍の罠だった。彼らは、僕らが船を乗っ取ることまで予測していた。

 僕らの乗る船は、月とは真反対……火星に向かって、凄まじい速度で飛んでいく………

 ──月面の日食"ダイヤモンド・リング"まで、あと1日。

(つづく)

続き


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桃之字/犬飼タ伊
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