トレンチコートとモッズコート Act1.岩窟族の隠れ里(2)
承前
(これまでのあらすじ)
シトリとトゥは荒事専門のよろず屋だ。トレンチコートの侍と、モッズコートの格闘家のコンビで、侍のほうがシトリ、格闘家のほうがトゥ。
ある雪深い日、彼らの元にタンクトップの筋肉男・クアドが現れ、「村を救ってほしい」と言ってきた。岩窟村の入り口で、彼らはオレンジ色の髪の女が率いる武装集団に手荒い歓迎を受けるも、それをなんとか退けたが……?
(2)
10分ほど走って、シトリとクアドは村の中心付近へとやってきた。
そこは広場のようだ。一般的な作りの住居が並び、すべての入り口がシトリのほうを向いている。
辺りを見回しながらシトリが立ち止まると、ドスドスと後ろからついてきたクアドが口を開いた。
「シトリ。話が違うじゃないか」
「なにがだ」
周囲には他の岩窟族の気配も、人の気配もない。ゆっくりと周囲を見渡すシトリに向かい、クアドはボディビルダー・スマイルのまま言葉を続ける。
「私の依頼は、奴らをどうにかしてくれ、というものだった。なのになぜ逃げたんだ。お前たちなら簡単に──」
「簡単に、殺せるだろうと?」
言葉を遮られ、クアドがたじろぐ。少しの間を開けて、彼は答えた。
「…………そうだ」
「生憎と、”話が違う”はこちらのセリフでな」
シトリはゆっくりとクアドに向き直る。腰に提げた刀に右手を添えたまま、シトリは口を開く。
「クアド。お前ならあんな連中、1分もあれば全滅させられるはずだ」
「そ、それは……」
あからさまにたじろぐクアド。
「”重機を伴ってやってきた侵略者たちをなんとかしたい”がお前の依頼だったな、クアド。では問うが、その重機はどこにある。お前の家はどこにある。侵略者たちをお前が殺さぬ訳は、どこにある」
シトリは鯉口を切る。
「…………答えろ。お前はなんのために、あの雪の中我々の元へやってきた?」
クアドは立ち尽くしたまま、震えている。
トレンチコートが風に揺れる。
シトリの眼光に射抜かれ、慄くままに、クアドは口を開いた。
「わ、私は──」
BLAM!
突然の銃声。飛来した銃弾が、クアドの肩を粉砕した。シトリは即座に地面を転がる。一瞬前まで彼がいた場所が爆ぜた。異常な威力だ。銃弾よりも爆弾に近い。
シトリは銃弾の軌跡を追い、その出元へと視線を遣った。同時に、甲高い女の声があたりに響いた。
「だーめだよ、クアドちゃん。余計なこと言っちゃさぁ」
そこには、夜色の裂け目が走っていた。まるで写真が破られたかのように、なにもない空間に突如、その裂け目は広がっていた。
裂け目からは銃を持った手だけが出ていたが──すぐにそれは奥へと引っ込んで、ズルリと一人の女が現れた。
「久しぶりねぇ、シトリちゃん?」
年の頃は15歳ほどだろうか。金髪で、目の隈が濃い、黒づくめの女だ。彼女はケラケラと笑いながら、シトリを挑発的に見つめていたが──
「………………………………?」
沈黙し、首を傾げたシトリを見て、その動きが止まった。
「……え、覚えてない?」
「まったく記憶にない。誰だ貴様は」
女が奥歯を噛み締める音が、10m離れたシトリの元まで聞こえてきた。
「私はね、アンっていうの。あんたが殺した、商人ワンの娘よ」
「……ああ、あの奴隷商。娘なんて居たのか」
「現場で会ったでしょうが! 死ね!」
BLAM!
***
村の南西部。トゥはオレンジ髪の女を抱えたまま、赤茶けた岩々を跳び渡る。既にトゥの周囲からは生物の気配は感じられず、彼は「このあたりか……」と呟くと、足を止める。
「はーなーせーこの悪魔!」
10分ほど経つというのに、女は尚も暴れている。見上げた体力だ。腕を極められた状態で暴れるその女を見かねて、トゥは声を上げた。
「だっから暴れるなっつの! 腕取れるぞお前!」
「構うもんか! 悪魔に負けるくらいなら腕くらい!」
「はぁ……さっきからなんだその悪魔ってのは」
トゥはため息をつくと、女の拘束を解いて地面に降ろした。同時に彼女がナイフを抜いたので、トゥはそれをいなして避けた。さらに足をかけて彼女を転ばせる。
「わっ!? この、ナメやがって……!」
「そんくらいにしとけ」
彼女は、トゥの声に顔を上げた。
その眼前に、トゥの拳があった。
風がオレンジ色の髪を揺らす。その背後で、岩山が陥没した。
「ひっ……」
「少しは身の程がわかったか、オレンジ。いいから話を聞け」
短い悲鳴を上げた彼女を見て、トゥは構えを解いて距離を取る。
「お前、名前は」
「あ、悪魔の仲間に教える名前なんて……」
「俺はあのマッチョマンの仲間じゃない。アレは依頼人だ」
語気を強めたトゥに驚いたのか、彼女はビクッと少し跳ね、静かになった。
「……サン」
「オーケー、サン、よく聞け。お前の言ってる悪魔ってのはあのタンクトップの筋肉野郎のことだな?」
トゥの問いかけに、サンは頷いた。不満そうな顔ではあるが仕方ない。
「その悪魔の依頼は、"人間に住処を奪われそうだ、助けてくれ"だった」
「ハァッ!? なんで──」
「待ーてって。みなまで言うな。わかってる」
叫ぶサンに手のひらを向けて、トゥは言葉を続けた。
「あの筋肉ダルマには"なにか"ある。力を貸せ、サン。お前らの力が必要だ」
(続く)
前後編のつもりが前中後編になった。そんなこともある。
→その後4部構成になった。そんなこともある。
🍑いただいたドネートはたぶん日本酒に化けます 🍑感想等はお気軽に質問箱にどうぞ! https://peing.net/ja/tate_ala_arc 🍑なお現物支給も受け付けています。 http://amzn.asia/f1QZoXz