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トロピカルストーム「クリストバル」の軌跡

少し長い記事です(画像が多い)

今月初めにメキシコ・ユカタン半島で猛威を振るい,さらにメキシコ湾を北上し,あやうくアメリカ・メキシコ湾沿岸都市部にも甚大な被害をもたらしかけたトロピカルストーム「クリストバル(英:Cristobal)」の軌跡について紹介します.

5月30日(土)
それはiPad ProのHurricane Tracker Appの通知から始まった

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これによると,現在進行形で不穏な雲の集中が見られており,20%の確率で5日以内にメキシコ・カンペチェ湾で雲の発達が見られる可能性が示唆されることをNHC (National Hurricane Center) が発表していました.

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余談ですが,ハリケーン地区に住み始めてから,特にハリケーン期(6月〜11月)は気象情報に注意を払うようになりましたが,なかでも悩ましかったのは「invest」という言葉でした.「invest」は直訳すると「投資する」「包む」という意味になりますが,気象学における invest は investigative area の略でした.ここではハリケーンやその前身のトロピカルストームに注目しているので,それらになる可能性の発達しそうな雲,と定義づけできると思います.
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5月31日(日)
再び,Hurricane Tracker Appからの通知で前日20%だったのが50%に上昇しているのを確認.
最後の文に,48時間以内の発達は40%,5日以内の発達は50%と記載があるので,熱帯低気圧への発達は遅かれ早かれほぼ確実である,という解釈になるのでしょう.

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6月1日(月)
再びHurricane Tracker Appから.
最初の文のTropical Depressionとは熱帯低気圧のことです.いわゆる低気圧に窪み(Depression)言い換えると台風の目のようなものができると熱帯低気圧に区分されるようです.

ついに今年3番目の熱帯低気圧がメキシコ・カンペチェ湾に出現し,NHCは48時間以内にトロピカルストーム「クリストバル(Cristobal)」となると示唆しました.Cristobalとは,日本でいうところの「台風19号(去年のカテゴリー5)」の19という数字と同じで,その年のトロピカルストーム(熱帯暴風域)以上の暴風雨に冠されるAから始まる名前のことです.Cristobalの頭文字はCなので,今年は既に3度目ということです.
本来ハリケーン期に突入するのは6月からで,メキシコ湾を脅かすトロピカルストーム以上の暴風雨は8月下旬から始まると言われているので例外中の例外ですが,すでに6月初旬にして3つもの「名前付き」が出現したこと自体,温暖化を示す証拠とも言われています.

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この図を見ると,メキシコ湾の海上に北上するのは6月6日(土)となっており,熱帯低気圧から熱帯暴風域への発達期間中ずっと,カンペチェ湾上空に停滞すると予測されています.また下のGIFで示されているように,熱帯低気圧は反時計回りに渦を巻きます.今回のクリストバルはDepressionがメキシコ湾上空にあり,低気圧によって吸い上げられた海水の水蒸気が渦の進行方向に集められるため,Depressionの東側において局所的な暴風雨が見られるというのが特徴付けられています.

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GIFサイズを小さくしたので見にくいですが,GIF中央付近の脱色部分がDepressionです.その東側の赤黒い領域が暴風域の中心部です.Depression周辺は実は空からの被害は少ないはずです.ただし最も気圧が低くなるので高潮等には注意が必要のはず.今回のケースでは,カンペチェ湾上空はそこまで酷くなく,カンペチェ東側のユカタン半島で甚大な被害が出たと聞いています.

6月2日(火)
所属しているテキサス大学医学部ガルベストン校(以下,UTMB)からの気象情報メールでクリストバルのテキサス州直撃予測という戦慄を味わう.
(実はこの時点でDepressionがガルベストンやヒューストン上空を通過するという進路だったのでルイジアナ州の方がヤバそうだなと思っていた人は多いらしいが,正直そんなことは知らないし,ガルベストン島は高潮でライフラインが1〜数週間壊滅する街なので)

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予測に過ぎないが,それでもカンペチェ湾内を右往左往している熱帯低気圧→トロピカルストームが突然進路を変更して北上すること自体不思議であるし,この時点でここまで予測できるほど事前情報(事前確率)が揃っていることに驚きです.もちろん上空の風向きや風速等も考慮に入ってると思いますが…(科学的にはここからが興味い
午後のブリーフィングで,少し東にずれ込む軌道に予測修正が.

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テキサス州直撃は免れないかもしれないということを他の日本人メンバーに確認しつつ,ライフラインがダウンしたときのことを想定して水の買い占めに奔走したのもこの日から.もしかしたら外出禁止令のときよりも必死に1ガロンのクリスタルガイザーを数日間に渡って買い続けました.

6月3日(水)
ここからはブリーフィング毎にどう軌道修正されていくかについて見ていきます.軌道は徐々に東へ変動していきます.
上から午前3時,午後3時,午後9時の予測進路

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ちなみに中北米全体の気圧配置は以下の通りでした.

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実は前日の2日(火)の時点で,ブリーフィングのKey pointsに興味深いことが記載されていました.

Key Points
1. Tropical Depression Three could dissipate in Mexico on Thursday, but a new low may develop to the north. That low could threaten the Northwest Gulf as a tropical storm over the weekend.
2. Additional severe flooding and mudslides are expected over Central America and southern Mexico.

もちろん2番目の内容は恐怖ですが,興味深いのは1番目です.
和訳すると,
「熱帯低気圧3は木曜日(4日)にメキシコで消滅しうるが,新たな低気圧が北部に発生する可能性がある.その低気圧は週末にトロピカルストームとしてメキシコ湾の北西沿岸部を脅かすだろう」
ん?消滅?なんで?という感じですが,まあ日を次に進めましょう.

6月4日(木)
上の気圧配置図を見ると分かるのですが,正直なかなか実感は持てませんがテキサスってアフリカ大陸の中北部とほぼ同緯度であることが分かります.2008年のハリケーン・アイクは,上図の大西洋アフリカ側(気圧数値:1016や1018と書かれている辺り)で既に渦を巻いていたそうです.

では,4日の分のブリーフィングの結果を表示します.徐々に東に逸れていますね.午前3時,午前9時,午後3時,午後9時の4枚です.

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Our Forecast
Once Cristobal moves into the Gulf, environmental conditions should only be marginal for intensification. In addition, the expected very broad structure would also work against rapid intensification. For this reason, we have not raised the peak predicted intensity beyond the 60 mph that it was in the previous advisory, despite the latest model guidance trending stronger.

Expected Impacts on Land
Southern Mexico and Central America: Continued flash flooding and mudslides should cause widespread major flood damage.
Northern Gulf Coast: Power outages due to strong winds are likely. Coastal flooding is also expected. Heavy rains could cause areas of street flooding.

ここでは,これまでの同条件の気象情報(メキシコ湾南沿岸部で発生したトロピカルストームが北上したケース)でトロピカルストームが激化したケースが殆どないので,今回もそこまで巨大化(ハリケーン化)することはないと予測しています.また,南メキシコと中米では洪水が継続して起こること,メキシコ湾北沿岸部も強風によっては停電が起き,高潮と波浪による沿岸洪水が起こる可能性があり,さらにスコールなどの大雨により道路の冠水も示唆されるとあります.

ガルベストンでは少しのスコールでも道路冠水するので,かなり良い迷惑なのです…

6月5日(金)
この頃から,おそらく直撃しないんだろうなと思い始め,水の買い込みやら停電対策が疎かになっていきます笑

停電対策の話を少ししましょう.
ガルベストンのライフラインは絶望的で,強風や大雨で電柱が倒れると最低でも1週間,業者のやる気次第ではそれ以上停電が続きます.歩合制にしないと(人より働いた分,給金を貰えないと分かると)人より働かなくなるのがアメリカ人ですから(アメリカに住んで初めて知る真実の一つですね).ホント日本人は優秀です.話が逸れてしまいました笑

そのため,停電対策をしっかりしておかないといけません.自分がそれとなく行ったのは冷凍庫の整理でした.ハリケーン・アイクを経験したUTMBの日本人メンバーから冷凍庫に肉類を入れて停電に遭遇すると目に見えるものが繁殖してヤバいと聞いていたので,それはまずいと処分しました.後は,このご時世,身の回りにあるものは全てバッテリーで動くものばかりのため,MacやiPad, iPhone, Windows, Android, などなど充電が必要なものはことごとくフル充電しておき,さらにモバイルバッテリーと実は(結果不要になった気もしないでもないが)幾つかソーラーパネル付きのモバイルバッテリーも用意してフル充電しておきました.

あとは直撃直前にすべきことですが,電源を自ら落とすということでしょうか.これは日本にいた頃,毎年,大学では全学停電を行っていて,マニュアル通りに電源を落としてコンセントも抜いておかないと,幾つかの精密機器を修理に出さないといけないということを何度も経験していたからです.他の日本人メンバーからは浴槽に水を溜めておくことを勧められました.停電により上水道が停まるのでトイレの水も流せなくなるということで,飲み水以外の生活用水の確保も重要だという話でした.
アメリカでアルファ米が手に入れば,日本から持参しておけば良かったと本気で思いましたね.

とにかくブリーフィングの結果を見てみます.今回は5日の最後,午後9時の1枚だけ示します.完全にヒューストンの東側,ルイジアナ州直撃に軌道修正されています.さらにDepressionがルイジアナ州直撃なので,さらに東側のミシシッピ州に被害が予想されます.

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あと気圧配置図も掲載しておきます.クリストバルの直ぐ北部,メキシコ湾の北沿岸部とフロリダから大西洋まで伸びている停滞前線がありますが,恐らく初期はこの停滞前線の西端を避けるように北上すると見られ,テキサス州直撃が疑われたのかもしれません(専門外なので何とも…).でもクリストバルの北部の雲は停滞前線と同化しているように見えるのは自分だけですかね?

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6月6日(土)
もうテキサス州直撃は無く,おこぼれ程度のスコールくらいは来るだろうと思いながら大人しく過ごした週末でした.トロピカルストームのせいか,とにかく蒸し暑かった週末でもありました.さすがに土曜には直前になってみんな慌てたのか,緊急事態宣言直後ほどではないものの,飲料水の在庫が少なくなっていました.1ガロンボトルのクリスタルガイザーは売り切れ.

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さて,ルイジアナ州直撃コースは変わらず,ブリーフィングの結果は前日の5日と変化しないのですが(上図)その後の気象情報に変化無く,とはいえ,メキシコ湾沿岸部には,特にメキシコほどの被害は出なかったので,今回のトロピカルストームは良い意味で宣伝効果が薄かったということになるのかなと思います.

この気圧配置図を前日の気圧配置図と比較すると,北沿岸部と北米大陸に存在していた2つの前線が1つにまとまったかのように思えます.この辺りの気圧配置の変化もトロピカルストームの強度に影響を与えたのかもしれませんね.

ガルベストンはというと一切雨に遭遇することなくクリストバルは過ぎていきました.「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とはよく言ったものですが,まだまだハリケーン期に突入したばかり,今週も大気が不安定でずっと雨,偶にスコールのような気候ですし,気にするからこそ悪いことは重なるとも言うので気をつけていく必要がありそうです.
日本も梅雨が明けると野分の時期に突入するので充分に注視して欲しいと願っています.沖縄は梅雨明けしたと聞いており,その分,台風上陸時期が早まっていくかもしれませんね.

終わりに
日本にいた頃,といっても高校生の頃はよくラジオを聞きながら白地図に天気予報を書き込んで気圧配置図を作成するというのを毎晩やって,雲の流れを推測したりしていました.アメリカ上空では,たとえば偏西風がどうやって吹くのかとかよく分からないことだらけですが,実は日本とアメリカを直行で結ぶ便の中で,東海岸のワシントンD.C.やニューヨークよりも長時間飛ぶのが自分がよく利用するヒューストン便です.特にヒューストンから東京へ向かう便は14時間かかります.普通に東に飛ぶよりも南下する方が時間がかかったり,同程度の時間がかかるのは必ず理由があるはずで,そのあたりを趣味レベルで紐解いていくとまた面白いかもしれません.

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