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顔の良いメンチカツと暗黒の珈琲

折角の休日、何か特別なことがしたい。
しかし親と同居して暮らしている以上、いきなりアウトドアに出かけたり、いきなりカレー作りをスパイスから挑戦する……部屋に充満するスパイスの香り……、そんな真似をするわけにもいかないので、いつかは一人暮らしがしたいんですけど。誰にも迷惑をかけずに、カレーを作ったりしたいのです(一人暮らしでも迷惑になりそうな料理ですが)。
そういうわけで、限られた選択肢の中で休日にできる特別といえば、知らない街を歩くことになりました。

本日は駅の周りを要塞の如きラブホテルが固めた街、鶯谷へ参りました。北口はとにかくラブホ圧が強いのですが、まっすぐ歩いて交通量の多い道路を過ぎると、入り組んだ道の住宅街に着き、雰囲気が落ち着いてきます。

日暮里の近くだけにお寺が多いです。寺と寺の間の道をジグザグに歩いてゆくと、見えてきました。洋食屋の『香味屋』さんです。既に予約のお客さんでいっぱいで、しばらく待ちました。

二階(天井が高いのか、なかなか階段が長い)に上がり、白いテーブルクロスがかけられた席へ案内されメニューを開けばハンバーグにオムライスと、クラシックな洋食が並んでいます。いずれもお値段は2000~3500前後。自分としてはちょっとお高めです。
確か有名なのはメンチカツだったはず。これで行く。

メンチカツは、色の濃いデミグラスソースの溜まりの上に二つ載っかる、衣が細かくて綺麗な楕円形をした、丁寧なものでした。こんなに外見の良いメンチカツだとは。衣バリバリで、ドンと置かれたやつも好きですけど。上品ですね。ザクザク切れば内側から肉汁が溢れてきます。ただし、出過ぎるということはない。

口に運ぶと、油ものだけどクドくないです。やっぱり上品です。こういう時、自炊ができたらもっと言葉が出てくるんでしょうけど。美味いしか言えない。付け合わせのチーズが混じったポテトサラダ、ブロッコリー、甘い人参グラッセも良いです。
二個のメンチカツがなかなか大きいので、ご飯の方が足りなくなってしまいそうです。ご飯切れました。大盛りにすればよかった。

食後はお茶とコーヒーを勧められますが、目が泳いでアイスクリームを選んでしまいました。でもこれまたミルクとバニラの味わいに、力を入れたら崩れそうな棒状の焼き菓子が付いた綺麗なものだったので満足です。
ちょっと予算オーバーですが、美味ければ仕方ないのです。

食後に、もう一つの目的地へ向かいました。
鶯谷から線路沿いに歩いた先にある、珈琲店です。喫茶店ではなく、珈琲店です。『北山珈琲店』といいます。
そこは珈琲しか置いておりません。そして飲むだけです。「写真撮影禁止」「読書禁止」「30分以上の滞在禁止」「メモを取るなどの通ぶった行為、禁止」と恐ろしげな張り紙が内にも外にも張られた、初心者お断りの店なのです。その分、きっと凄い珈琲が飲めるに違いない。
ドアを開けたら、あまりに暗いので定休日かと思いましたが、声をかけられました。伺うように。
「お客様、外の張り紙はご覧になられましたか?」
はい。見ました。
「当店は珈琲以外お出しできないのですが、大丈夫ですか?」
はい。知ってます。

メニューを受け取る。おお……、いい値段だ。980円から3000円まで、これが一杯の珈琲の価格であります。いったいどれを選べばいいのだろうか。
「決まりましたか?」
急げ。時間がない。ブ、ブラックでお願いします。1100円。
そして待つ。店内には珈琲の機械、山積みされた麻袋、様々な産地の豆……見事に珈琲絡みしかありません。「再加熱は風味が落ちるので致しません」の張り紙を目にするに、なるほど、本格はぬるいものらしい。
聞こえるか聞こえないか程度の音楽と、全体を包む珈琲の香りを味わっていると、粒の細かいものと荒いもの、二種類の砂糖、氷によって冷やされたミルク、そして小さなカップに注がれた真っ黒な液体が出てきました。つまり、ブラックを注文してもミルクは出ます。
テーブルの説明書きによれば、半分くらいはブラックで飲み、残りをミルクと砂糖で甘く飲んでください……というのが作法になります。実践。
ンン! 濃い!
挽いた豆の粒感が舌で感じられるほどの濃度です。
焙煎というか、炭そのものでは……しかし、突き抜ける苦みの中に別の味わいも感じる……深みがある。
半分くらい飲んで、砂糖を入れます。次にミルク。これは浮かせるだけで、混ぜないのだそうです。さてこれで甘く……やっぱり苦い。どちらかというと、ブラックの状態で飲んだ方が個性的な味を感じられたかもしれない。
30分も座っている前に飲み終わってしまうので、お店の禁止事項には触れずに退店できると思います。

お店の人は大変丁寧でした。飲んだことのない珈琲が飲めるので、本格を求める方は、気になったら一度どうぞ。今回飲んだブラックも相当ですが、さらに濃いブラックもメニューにありました。もっと値段の張る豆が気になる……。これ以上なら、暗黒物質を溶かしたような深い味の珈琲が飲めるのではないでしょうか。

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