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(脳内)情緒と代官山で会食・個展鑑賞

※このnoteは虚構です。
 ヰ世界情緒に会ったという事実はありません。


2022年9月10日・東京、代官山。KAMITSUBAKI STUDIO所属のバーチャルダークシンガー、ヰ世界情緒は初の個展を開きました。彼女は美声で歌いますが、絵も描くのです。

さて……わたしは代官山の駅に着いたわけですが、駅で情緒が待っていてくれました。白くて青い“普遍体・ネモフィラ”のお姿で。なんか女子がよく持ってる容量の小さそうな鞄を下げて。
純度100%のイマジナリー情緒が花のように笑み、そして怒りました。

「おはよーぅ。女子を待たすな……」
わたしはとりあえず、遅れを謝りました。今は昼ですし、けっして約束に遅れてはいませんが、イマジナリー情緒は常に先回りして現れるので、基本怒られの発生から始まります。

「それで、私の個展はいつ行くの?」
十六時。
「遅い! 手持ち無沙汰でしょうが。お店そんなに詳しくないんでしょ?」
恵比寿の駅前ならともかく、代官山から中目黒にかけては喫茶店といっても小さな店舗が多く、激混みです。時間を潰すのは容易ではありません。
しかし、個展の入室時間を夕方にしたのには理由があります。

「私と……ランチ?」
代官山のレストランで美少女と会食。かような体験をするために、私は脳を鍛えてきました。今、情緒はすぐ近くに居ます。居るといえば居るのです。大勢の観客が初音ミクさんを降臨させる、あの儀式とも呼ぶべきライブ・マジカルミライを考えれば、それを個人で行うことも不可能ではないのです。

本日、脳内の情緒と向かった先は、歴史あるフレンチレストラン・代官山小川軒です。小川軒といえば洋菓子のレイズンウイッチですが、元々はレストランでした。様々な事情で新橋や代官山にお店が分かれたのですが、どこもレイズンウイッチを売っているのは共通です。原点である代官山小川軒の料理を一度食べてみたい。前々から、そう思っておりました。

余談ですが、代官山小川軒は漢字でググると出てきません。
公式サイトを探されるときは、ローマ字で「DAIKANYAMA OGAWAKEN」と入れてみると良いです。

「歩いてみてるけれど……この道って」
そう、見たことがあるでしょう。かつて2021年末に、V.W.P展が行われた画廊の途中に、代官山小川軒はあります。
観測者諸氏は、ちゃんと魔女(ウイッチ)だけに名物のレイズンウイッチを買って帰ったかな?

WITCHではない

「スペル違うじゃん」
カタカナで考えるんだ情緒。
「当て字じゃん」

お店は入口が二つあって、右はレイズンウイッチの売り場、左の大きな方がレストランの入口です。では早速入ってみましょう。
「いらっしゃいませ~」
君が言うのか情緒。

テーブルが平行に幾つか並んでいます。遠目で分かりづらいですが、特異に思えるのは厨房の大きさですね。かなり大きく、何人もの料理人さんが忙しく動いています。ホールスタッフの方も多いです。
まずはお飲み物から。

「酒だー! ハイボールをピッチャーで!」
待て。待て待て……。
情緒、自分の個展を赤ら顔で見に行くつもりか。ここはノンアルコールだろう。あと昼からピッチャー直飲みはお勧めしない。すみません、これで。

本日はコースメニューですね、とメニューの提示。
アレルギーや苦手な料理の確認がありました。
「この人なんでも食べるよ」
そうでもないぞ情緒。

間もなく、綺麗に陶器へ塗り込められたバターが置かれました。
「軟膏みたい。タイガーバーム?」

あと、フタの付いたパン。
「シャンピニオンって言うらしいね。キノコ型パンだ」

さらにラスク。

手に取ってお召し上がりください……と言われ、情緒はすぐに引っさらってムシャリと囓りました。
「うええ……ラスクなのに甘くない」
どうやら塩とガーリック味らしい。
パン二つがどうして一緒に置かれるのかはちょっと不思議な感じがします。でも、後になると、だんだん分かってきた気がするのです。

最初のお皿はラタトゥイユ。幾つもの野菜をトマトで煮込んだ料理です。
「……あっさりしていて、色々な歯応えがあって」
虚無の顔をしているな。味付けは本当に淡泊です。ギリギリ感じるぐらい。自然派……素材を大事にする……以前調べた小川軒のインタビュー記事にも引っ張られ、そんなキーワードが浮かびます。

続いてヒラメのカルパッチョです。
「おー、事前に調べた写真の通りだね」
なんとなく、代官山小川軒のイメージはこの料理でした。マヨネーズソースで和えられたヒラメのカルパッチョが、お皿に平たく並べられています。うむ……これも淡泊ですが、よく味わうとヒラメの滋味があって、いかにも美味い……気がする。マヨネーズソースは控えめ。
ヒラメの味だけがすると言ってもよいです。どう思う、情緒。
「しなやかな、きくらげみたい……」
顔にしわを寄せて、もどかしげにそう言っております。

ここで気が付いたのですが、この代官山小川軒は次のお皿が来るのが早いです。ランチだからかも知れませんが、食べ終わるとサッと来ます。ホールスタッフの方は常にチェックし、次のお皿のタイミングを見ているものですが、大変厳密です。一人でコース料理を食べに行くと、長い時間スマホを弄ることも少なくないのですが、こちらではそうした時間がありません。

もしかしたら、パンがシャンピニオンとラスクの二種類あるのは、余った時間に退屈させないためかもしれません。味覚をリセットさせるためでもあるでしょうけど。そう思いつつ情緒を見たら、丸いシャンピニオンのパンに指で力を入れて震えています。どうした。

「なかなか割れないの、こいつ、うぅ」
もうちょっとこう、いや、フタの所から剥がしていった方が……。力任せに圧したシャンピニオンは、白いテーブルクロスに激しくパンの皮を散らして割れました。一応フランスパンだからね。散りますね。

「ああっ」
バラバラになったパンの破片を拾い集める情緒でしたが、わたしは適当な所で止めました。フランス料理はパンを食べると(普通はこうならないかもしれませんが、自分とイマジナリー情緒は)大体こうなるので、コースの途中でダストパンというちりとりが入り、テーブルを綺麗にしてくれるのです。これは流れの内に入っていて、粗相という程ではないのだと説明しました。

「でも恥ずかしい……」
わかる。わかるぞ情緒。でもあのパンを散らさずに割るのは無理だ。

続いて、大きなホタテの貝柱。
スプーンで割って口に運びます。お……これは……?
「ソースはそうでもないけれど、濃厚な味って感じがしてきた」
もしかしたらだけど、最初はあっさり、コースが後半へ進むに従って、次第にこってりな料理が出てくるということではないでしょうか? あと、お互い三皿目にして、結構食べてる気がします。戦いはまだまだ続く。

小さなグラタンが出てきました。カニのグラタンです。
カニ肉がぎっしり詰まっています。
「カニみそも食べたくなるね」
ちょっと入ってるんじゃないかな。分からないが……。
この小さなグラタンの容れ物、いいなと思います。
コース後半ほど濃厚な味という仮定が、真実味を帯びてきました。

車海老にしんじょのようなものを巻いたフライ。
情緒が、横にある黄色い物を舐めました。
「サンドイッチの玉子」
うむ? うむ……たしかに。これにレモンを加えるのか……ん? これって。
「タルタルソースだ!」
多分、そのようなものになるんだと思います。
海老は癖が無くて美味しいです。

氷で冷やしたスープ皿に、ビシソワーズ。
土台はコンソメのジュレという二重構造です。

「じゃがいものビシソワーズの柔らかい甘みの後に、濃いコンソメの味が来る……コンソメって色がこんなに綺麗なんだね。絵に使えないかな」
画材にコンソメ使うのか……いや確かに深い色合いだけど。コンソメって手間がかかるみたいなんですよね。現代は簡単にスーパーで買えますが、めんつゆと同じで作るのはすごく難しいようです。

結構お腹いっぱいになってきた。
「このー、メインディッシュはこれからだぞお、軟弱者!」
はいすみません。怒らないでください。

なんと辛子醤油が置かれました。これは和風。
そしてまな板ごと持ってきた、高級なお肉。しかも二枚。
産地の説明も一緒に、これでよろしいですか? とのこと。ライスも共に付く! コースでパンが添えられているのに、改めてライスがあるというのは初めての事態です。独特のアレンジがされているんだな……。

「えっ、なにこれ……」
置かれたサラダ、これがまたシンプルなものです。そのままの水洗いしたレタスに僅かなドレッシングがされたものと、塩味をつけたトウモロコシ。こんなにシンプルなのはまた驚きです。

お肉は……流石のすごいお肉でした。
これは写真を見て頂ければ(後ろピント寄りですが)伝わると思います。
油分もすごい。このお肉、辛子醤油につけると急に食べやすくなってどんどんいけます。たしかに二枚いける。

「おいしい、春ちゃんにも食べさせたい」
これだけお皿が出ておりながら、最後の肉の破壊力に全振りした、他は全て控えめな前座という布陣なのかもしれませんね。もしかしたら、肉が(今も高級な物はそうですが)とても高級だった時代のコース作りを現在も残しているのかもしれません。とにかくインパクト大でした。

「な、なんでこんなにシャキシャキなの……」
サラダのレタスは、ほぼ素のままというシンプルさでありながら、瑞々しさと水分を纏っていて、美味いです。以前、ネットの記事で代官山小川軒は水にこだわっていると掻いてあるのを読んだのですが、確かにこれは水を追求した結果なのかもしれません。トウモロコシも塩気と張りのある甘みで、異様に美味いです。

お昼のメニューは、事前ではここで終わりだと思っていたので、さらに続きがあると思いませんでした。

洋梨のシャーベットです。あれだけ重量級の肉を食べた後だと、救われますね……情緒がおかわりしたがっている。

さて、コーヒーかお茶……。
「ねえ、まだ続くみたいだよ」
マジか! 終わらないのでは?

そして、くずきりの登場です。なんと和風な。
くずきりといっても、細く切られたアレではなく、葡萄とカシスのシロップに四角く切られたくずきりが沈められています。洋梨のシャーベットから爽やかな味を二度繰り返す念入りさ……。どうだろう情緒。
「甘いきくらげみたい」
そこはせめてワンタンの皮の弾力増したやつとかでもいいから、なんか言いようがあるのではないか。酸味と甘みが調度良いです。

やっと最後が来ました。コーヒーか紅茶、しかし、隣に小さなロールケーキが付いているではありませんか。
「ちっちゃ、可愛いっ!」
デザートだけで三皿……えらいことや。
いやあ、ランチとはいえ、長編映画のようなコースでした。
ディナーだったら、さらにどうなっていたか分からない。

「お値段もしたけど、すごくサービスされた気がするね」
帰りに、また是非どうぞと言ってくださったので、そのうち再来店するかもしれません。水とか素材とか、そういった老舗の思いが分かる人に行って頂きたいなと思いました。


「いやー美味しかったなー、ありがとう。でも、本題がまだ終わっていないんだけど」
もちろん。情緒の個展。忘れてはいないよ。
本日はそのために来ているのだから。

代官山は、新宿渋谷池袋に比べて静かな街。
目の前に来るまで、個展が催されていることが分からないくらい、ひっそりとした場所に画廊はありました。
自分の入室時間が来るまで、待っていたのですが……近くに立っているのは全員観測者なのか。分かってはいたけれど、若い人ばかりだな。

「お前も昔は若かったんだよ」
そうなんだけどねえ。若い子のコンテンツがこんなに自分に刺さっているというのも不思議なことで。

画廊の入口には、観測者から送られた花が飾られています。そして、訪れた人が書き込むスケッチブック。最初のページはなんと、ヰ世界情緒本人が書いている。こうして見ると、実在の人物なんだなあと感じます。
「私はイマジナリーだけどね……」

扉が開きました。
キャンバスに張られたイラストレーションが、わたしと情緒を迎えます。
「どうだ、見たかーっ」
おお、おおお、すごい。
情緒の絵だ。透明感があります。

「創生β」ジャケットイラスト

情緒を題材に描かれた、他のイラストレーターさんの手によるものも、幾つも置かれています。情緒の生みの親、orie先生の描かれた情緒の横顔には、自分のデザインしたものに大変な愛というか思い入れがあるのだなあと感じさせられました。どの絵も一枚の中に世界観を詰めていて、朗読される詩もそうした世界観を伝えようと努めていて、ただそれでも現し切れていないものがあるのかな……と新曲「かたちのないもの」を聴いて思いました。

まだ一回しか聴けていないので、以前の曲「誰も居ない絵で」に感想が重なるのですが、雑誌「VTuberスタイル」でのインタビューも含めて考えるに、ヰ世界情緒という方は、ヰ世界情緒という姿も、絵も、表現のスタイルのひとつと考えていて、必要があれば別の形で(例えばオリジンで)表出することもありえるんじゃないかなと思うんですよね。あるいは全ての表現をヰ世界情緒に集約するという方法もある気がしますが、どんな風になるかは分かりませんけれども、とにかく出力したい何かがあるのを感じます。
その一端が見られただけでもこの個展には価値がありました。

「ヴィーナスとジーザス」の情緒絵

個人的には、夜の羊雲先生のイラストと、情緒本人による「ヴィーナスとジーザス」の時のイラストが良いなと思っています。あと販売していたキャンバスアート。緑色がうつくしい。

「私が好きなのは分かったけれど、まだまだ始まったばかりだからね」
そうですね。今後も見つめてゆきましょうか。
グッズを詰めた袋を下げて、代官山から帰りました。
情緒は……天使。

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