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『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』

シカゴ大学の法学者エリック・ポズナーと、マイクロソフト主席研究員・経済学者のグレン・ワイルによる著作であり、共著という形をとっているが、ほとんどグレン・ワイルによる単著とみて間違いないだろう。こういう共著の形態を取るときに、通常は役割分担に触れられているものだが、私が一読した限り、本書にそのような記載は見当たらなかった。ポズナーは法的な概念の監修と謝辞のみを担当していると読んだが、どうなのだろか?(あるいは、著名なポズナーの名前を前に持ってくることで、本書の過激な主張を「ブランケット」したかったのかもしれない)。

本の内容については、安田洋祐先生の的確な解説を読んでいただければと思うので、ここでは私が気になった点を備忘録的に書き留めておきたい。

経済成長率の減速と(インフレではない)格差の拡大の同時進行という現在の資本主義が抱える問題、著者たちが「スタグネクオリティ(Stagnequality)」と呼ぶ問題に対して、市場批判の声もあるなかで、著者たちはむしろ市場をラディカルに拡大することを主張する。市場よりも社会をうまく調整する方法は、現状、そして中期的にも他に見当たらないと。

本書は私有財産制、投票制度、移民、機関投資家による市場支配、プラットフォーマーによるデータ独占等、広汎な諸問題に対してラディカルな問題提起と解決策の提案がなされているが、安田先生も書いているとおり、この本で一番過激かつ興味深い提案がなされているのが、第1章「財産は独占である」に書かれた私有財産制という資本主義の根本ルールに対して疑問を呈する部分である。現状の私有財産制度、すなわち所有権という権利は、物に対する利用権だけでなく、排他的独占権までも付与するが、この独占権が市場支配力(企業や個人が自分たちに有利になるように価格に影響を与えることができる力)となって濫用され、競争が制限されていることが現在の市場の問題点であると指摘する。そして、「競争的共同所有」という概念とオークションを組み合わせた「共同所有自己申告税(COST)」というユニークな仕組みが提案される。

法学者を含む法律家は、経済学者と比較して相対的に現状の制度をラディカルに問い直しづらいため(もちろんそれは優劣の問題ではなく、立ち位置の違いによるものにすぎない)、法律家による所有権制度に対する懐疑は(私が知る限り)多くないが、近年ではコロンビア大学の法学者マイケル・ヘラーによるこちらがあった。

私もまだ整理できていないが、両書の問題意識や解決の方向性は通底するものがある(『ラディカル・マーケット』の方が解決策がより具体的であるが)。経済学者による論と、法学者による論とを比較することで、資本主義の根本原理とされている私有財産制度の問題をより立体的に捉えることができるかもしれない。知的財産分野で指摘されてきた排他的独占(それは民事法における根幹的なルールであり、「世界観」でもある)に対する疑義、問題意識が、物に対しても向けられてきている。もちろん、そのような指摘はこれまでもなされてきたわけであるが、理論的な裏付けもなされることは多くなかったはずだ。そんな緩やかな気配を感じる。

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