見出し画像

中村直人・山田和彦『弁護士になった「その先」のこと。』



日経新聞の弁護士ランキングでも常に上位にいらっしゃる中村直人弁護士が、自らの事務所の若手弁護士のために行った所内研修の書き起こしを、山田和彦弁護士が補足する、という体裁になっている。

今後、アソシエイトや若手弁護士には、「この一冊を読んでおいて」と手渡しておけばひとまず済む、そういう内容になっている(実際にそうすると思う)。


印象的なくだりをいくつか。

「「早朝型の勤務スタイル」というのは、僕がどうなんですけど、早朝型だと夕方に来た相談のメールを翌朝早い時間に返せるんですね。そうすると、依頼者からすれば夕方に相談メールを送って業務終了、1杯飲みに行って、さて翌朝9時に出社するともう弁護士からの回答が届いていた、となり、非常に無駄な時間がなくて嬉しいということになります。実は僕が一番お客さんに褒めてもらえるのはこれですね。「先生んとこに夕方に質問送っておくと、朝には回答が来ているのでとっても嬉しい」と、これはもう何度も言われた。」(P4)

これは依頼者としてはうれしいですね。


「いろんな弁護士を見てて、咄嗟に動く弁護士と咄嗟に動かない弁護士、すぐに動く、反応がいい弁護士と、そうでない弁護士を見てると、だいたい8割方、腕のいい弁護士は尻が軽いんだな。そういうことが30年以上弁護士をやっていると分かるんですね。なので、何かあったらパッと動くっていう、お尻の軽さって大事なのでやってくださいね。」(P18 )

共感します。


「次に行きますと、「仕事の納期に遅れない」とありまして、例えば法律相談の回答とか意見書とかの納期は絶対遅れちゃダメです。僕も30何年やって納期に遅れたことは1回もないですね。何故ダメかっていうと、僕らと、相談に来ている法務の人たちの、その2人の間だけではなくてですね。遅れると法務の人たちが社内で責任問題になりかねないですね。だいたい法務は自分たちのところで問題を起こすことはなくて、営業部隊とか製造部隊とかいろんな部隊で起きた問題をやっているので、いろんな部署と連携しているわけです。で、弁護士の意見書が来たら社長に相談してとかいうふうに、段取りも組んでいるので、もしこちらが「遅れました」っていうことなるとですね、社内でとんでもないことになってですね、「この先生は頼んでも期限までにやってくれないかもしれないんだ」とか思ったら、怖くって怖くって二度と頼む気がしなくなっちゃいますので、これは気をつけてください、ということでございます。」(P28)

「納期に遅れたことが1度もない」と言える弁護士は、中村先生以外にいらっしゃらないのではないだろうか?(苦笑)

でも、これがおそらくブラフではないところが中村先生のおそろしいところ、というか、日本を代表する企業法務弁護士たる所以ではないだろうか。


「1ヶ月後に準備書面を出すことになったら、主任弁護士はいつ第1案を出すか?1ヶ月後に提出するなら、基本的にはその1週間前くらいには一応完成しているべきである。顧客での検討に1週間かかるなら、その期限の2週間前に顧客に出すべきことになる。だとするとその1週間前には先輩の弁護士に案を出す必要がある。すると主任弁護士は、3週間前、つまり今から1週間以内に起案すべきだ、ということになります。」(P55)

これは弊所内でも「起案ターンについては、期日の1週間後に構成案を固める、2週間後までに起案」というルールを作ってみたことはあるが、その後なあなあになってしまっているなあ(苦笑)。

でも、合理的に考えると、こうなるよね、でもなかなか実行できない、というお話。


「法律相談の回答はいつ出すべきか?メールでいっぱい来ますよね、質問が。で、「今日来た法律相談(質問)に対する回答は、原則として今日か明日には返すべきだ」と僕はいつも言ってきました。まあ、うちの事務所はそういう人が多いんじゃないかと思うんだけども、これが重要なんです。何故かっていうと、1週間で返信するのが普通の弁護士だとすると、2週間かかるとのろまな弁護士ってお客さんに言われるんですね。1週間のところを4日で返すと「あ、ちょっと早いね」ぐらいの感想で、まだまだ印象には残らない。でも、今日明日で回答すると、お客さんはびっくりするわけね。これ、うちみたいな事務所でないとなかなかできない。今大手事務所は新人に作業をさせると、必ず先輩が何重にもチェックする仕組みがあるみたいで、回答まで何日もかかったりするらしいんですよね。こんなふうに即答するなんていうのは、うちみたいなプロばっかり揃ってる事務所でないとできない話なので、お客さんの評価が高くなって、「中村先生に頼むと、「いつまでにやってね」って期限をいちいち言わなくても、すぐに返してくれる」とか、そういう評価ができてくる。」(P59)

ここまで来ると、中村先生のスピードに対するこだわりが半端ないことに気づく。中村先生は依頼者の期待がスピードにあることをよく理解されたうえで、それをしっかり実行していらっしゃる。

あと、おもしろいのは「依頼者を驚かすくらいやらないと弁護士として印象に残らない」という趣旨のフレーズが本書のなかで何度か出てくることです。「まあまあ良い弁護士」と「すごい弁護士」を分ける差はここなんだろうな、と。


「どういうときに会社は高い評価をしてくれるのか?
・圧倒的に早いこと
・答えを言ってくれること
・理由を言ってくれること
・目からウロコの言葉を持っていること
・知恵を出せること
・訴訟に強いこと/深く理解していること
・最新の情報をもたらしてくれること
・実務/会社の事情を理解してくれること
[嫌いな弁護士は?]
・無駄にタイムチャージを付ける弁護士
・結論を言わない弁護士
・「経営マターですから」と言って逃げる弁護士
・自己保身ばかりを気にする弁護士
・仕事くれ/お金くれとうるさい弁護士
・本当のことを言わない弁護士(要するに自己の利益を最優先する人)」(P102 )

中村先生のスピードに対するこだわりはここでも表れていて、「「圧倒的に早いこと」。これはね、ただ早いだけじゃダメなんです。「圧倒的に」が付くんですね。圧倒的に早いとね「ハッ!!」って驚く。そうするとね、この先生にお願いしよう、ってなるんですね。」とコメントされている。

自分に近いところでは、弊所の塩野入弥生弁護士が似ている。いつもびっくりするようなスピードと確度でアウトプットを出してくる。

みんな、頭ではわかっているけど、実行が難しいんだ(苦笑)。


「まず法律関係では、法律雑誌のチェックはちゃんとしようと。僕も昔は判例時報と判例タイムズをとっていまして、あそこに載ってる判例を読む、っていうことをやっていたんですね。読むといっても全文でなくてね、サマリーを読んで、面白いと思ったやつの全文を読むということをやる。でも、自分で個人で判例時報をとっていると、ここに積んであるからなんとなく読むのは後回しになっていく。「ま、いつでもいいや、来週でもいいや」みたいになってくる。それじゃまずいと思って、ある日、弁護士5年目くらいだったかな。これは届いたら捨てようと決めました。判例時報を捨てると。すると捨てる前にもったいないから読むんですよ。それを5年くらいやって、読むってことを習慣づけましたね。」(P133)

これは取り入れてみたい。


と、まあ、印象的な部分を備忘録的に引用してみた。

本書には、上記引用したような仕事に対する心構えや仕事の仕方といった記載がほとんどで、タイトルにある「弁護士になった「その先」」にある、弁護士として何をやるか、やるべきかについては、ほとんど書かれていない。

新人研修ということなのでそれは当然でもあるのだが、おそらく、それは各自が各様のやり方で見つけるべきでボスが押し付けるものではない、との中村先生のお考えもあると思う。

また、本書のような仕事の仕方をしていれば、自らがやりたいことがなくても、仕事に自らが選ばれることになるだろう、というようなスタンスも見て取れる(想像ですが)。

そういう観点では、エリート弁護士によるエリート弁護士のための指南本という趣きは否定できないように思う。

それが決して悪口ではないのは本ポストを読んでくれればわかるはず。雑草には雑草なりの生存戦略がある、くらい言わせてください…そういう感じ(苦笑)。わかってもらえますか?

自分の勤務弁護士時代、つまり弁護士としての最初の3年間を振りかえりながら、本書を読んでいた。

自分はダメなアソシエイトで、ボス弁や兄弁に怒られてばかりだったけど、そこで怒られていたことはこの本にほとんど書かれていることである。

たった3年間だったけど、あの濃密な3年間に今では感謝している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?