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ぼおるぺん古事記二次創作三

こうの史代先生の「ぼおるぺん古事記」二次創作小説です。オリジナルキャラクター(神)や独自解釈及び妄想を多分に含みますので、ご容赦ください。


いひおもむき

 神在月。
 この月の中旬から下旬にかけて、神々は天津神国津神の別なく出雲の社に会し、この国の様々な縁結びの会議を行う。

 あと三ヶ月もしたら臨月ということで、スセリビメは無理のないよう休憩を取りつつ、例年通りに会議の書記役を務めていた。
 神々の意見が飛び交う度に、お腹の御子神がぽこぽこと蹴ってくる。まるで自分も参加したいと言わんばかりに。
 その度に、スセリビメは記録を取りながら、もう片方の手をそっと当てて、心の中で囁いた。
(あなたが生まれてきて、大きくなったら、お手伝いしてもらうからね)

 こうしてすべての日程が終了し、直会となった。
 民達が供えてくれた様々な神食や神酒を運び込んでのどんちゃん騒ぎ。そこでの専らの話題は、スセリビメの懐妊についてだった。
 何せあの大戦の後で、久方ぶりに新しい神が──それも、元葦原中国の主たるナムヂもといオオクニヌシと、その正妻たるスセリビメとの御子神が産まれるとあれば、盛り上がらないはずはない。
 スセリビメもナムヂも、これまた天津神国津神の別なく、多くの神々から声をかけてもらった。
 その時、夫も昔助けてもらったキサガイヒメとウムギヒメ、助産師をしているサクヤビメとその姉であるイワナガヒメが義母のサシクニワカヒメと共に出産に立ち会うと約束してくれたのだった(両親は相変わらず忙しいということで泣く泣く諦めていたが、せめて安産と母子の無事を祈ると言ってくれた)。
 そして、体調を考慮して一足先に寝屋に行かせてもらった時──
「スセリビメ様」
 夫によく似た若々しい声が、背後からかかった。
 振り向くと、声の主はキマタノカミ──ナムヂの御子神の一柱で、ヤカミヒメとの間に産まれた男神──だった。
「キマタ」
 スセリビメはまじまじと、彼の母親──ナムヂの妻の一柱であるヤカミヒメ──によく似た美しい顔を見つめた。
「直会を抜け出して何のご用?」
「お呼び止めてしまい申し訳ありません」
 キマタノカミは頭をさげるなり、その場にひざまずいて、
「──スセリビメ様の御出産の際、私も産科医として立ち会いたくお願い申し上げます」
「……あのね」
 スセリビメは大仰にため息をついた。突然何を言い出すと思えば。
「何度も言ってるけど、私はあなたの母を追い出したのよ? そんなヤツの出産に立ち会いたいとかどんな神経してるのよ?」
 カマをかけるつもりで、あえて過激な意地悪を言ってみる。
「まさかとは思うけど……、どさくさに紛れて、赤ちゃんを殺す気?」
「それはありません!」
 キマタは即座に否定した。その真っ直ぐな瞳に──父神のナムヂに似ている──確かに嘘はない。
 キマタノカミは言葉を続けた。
「スセリビメ様は、母のない私のことを気にかけてくださいました。激しく嫉妬した女神の御子神だというのにも関わらず、最低限の面倒を見てくださった。
 そうして何度も、『大きくなったら自分の母親の元で暮らせ』と言ってくださったではありませんか」
「あれは自分が嫌なヤツだって思いたくないからやってただけよ。ナムヂとお義母様の目もあったしね」
 スセリビメは頭を振った。
「あと、私に懐かれでもしたらあなたの母がさすがに可哀想すぎるし。
 ……わかったら、さっさとみんなのところに戻ってどんちゃん騒ぎするかスクナビコナどの達と仕事の話でもしていなさい。こっちは人員間に合ってんだから」
「……いけませんか、どうしても」
 キマタノカミはなおも食い下がる。
 どうしてこういうところはナムヂに似たのやら。スセリビメはそこが腹立たしくもあり、愛おしくもあった。
「どうしてもダメ」
 きっぱりと言い切り、なおも何か言いたげなキマタノカミを真っ直ぐに見返し、
「代わりに、あなたは因幡の民を見てやりなさい。あなたが抜けて、向こうに何かあった時に大変だもの」
「しかし……」
「いい加減察しなさいよ。私はね、追い出した女神の子に診てもらうほど、手弱女でも厚顔でもないのよ」
「……然らば、御意のままに。安産をお祈りいたします」
 キマタノカミは、ようやく頭を垂れた。
 そのまま後退り、
「御免」
 とまた一礼して踵を返し、部屋に戻っていく。
 その柱の陰に、彼の母の姿が見えた気がした。
 こちらに小さくお辞儀して、部屋に戻る気配もする。
「……」
 今までの会話全部を聞かれていたようで、ばつが悪い。
 何とも言えぬ気持ちで立ち尽くしていると、心配するかのように、お腹の子が蹴ってくる。
「大丈夫よ」
 スセリビメは優しくお腹を撫でた。
 戸口から覗く月を見る。
「……全く、自分の母親の事だけ心配してればいいのに」
 やっぱり、変なところはナムヂに似ているのね。
 お腹を擦りつつ、スセリビメは寝屋へと歩いて行った。

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