やっぱり皮がスキ 2

M①

 コンピニのサラダと鶏皮唐揚げを食べ終えたところで、メールの着信に気付いた。ユカからだ。
 来週の旅行のことだな。二泊三日のデイリーランド三昧。本当は夏休みまでに彼氏を見つけて、淡路島とか、しまなみ海道辺りをゆっくりドライブしたいなぁ、なんて思ってたのに、まったく人生巧くいかないわ。巧くいかない女2人、夢の国で燥ぎまくって現実逃避よ!
 メールを開くといきなり『ごめんなさい』の文字が眼に入った。

  ごめんなさい。
  急に都合が悪くなっちゃって、
  来週行けなくなっちゃったの。
  詳しくはまた話すけど、
  本当にごめんなさい。

 ええー!
 何よ急に。そんなの困るじゃない。お盆休みの予定が直前で白紙になるなんて、こんな田舎で5日間もわたしはどう過ごせば良いって云うのよ!
 すぐに返信する。

  なんで? どうしたの急に?
  体調でも崩したの?
  ご家族に不幸でも?
  それとも、オレオレ詐欺に引っ掛かって
  お金なくなっちゃった?
  お金なら相談に乗るから云ってね。

 動揺したとはいえ、我ながら酷いメールを返してしまった。
 と悔やむや否や、すぐに返事が来た。

  いや、そういうのじゃなくて、
  詳しくはアレなんだけど
  行けなくなっちゃったの。
  キャンセル料とかは大丈夫だから
  マドカは全然悪くないし。
  だから本当にごめんなさい。

 全く要領を得ない。いったい何があったのだろう。あの金に汚い、いや、倹約家のユカが『キャンセル料は大丈夫』だなんて、余程のことに違いない。
 ただ、はっきりしたのは、お盆休みの予定が白紙になったってことだ。
 ガッカリする間もなく昼休憩の時間は終わり、仕事に戻る。
「休憩終わりました」
 受付のカネダさんに声を掛ける。
「じゃあ、2番のミヨシさんお願い。また入れ歯の具合が悪いって」
 本人は白髪染めだと云うけれど、明るい茶髪のセミロングは今日もツヤツヤだ。四十代半ばにしては若々しい。
「えぇ、またですか? 絶対ただの暇潰しですよ」
 患者さんには聞こえないよう気を付けながら愚痴る。高校生と中学生のお子さんがいるカネダさんには、ついつい甘えてしまう。
「そうだろうけど、そんなこと云わない。お仕事、お仕事」
「はぁい・・・」
 渋々、3台あるうちの真ん中のユニットに向かう。
「ミヨシさん、こんにちは。今日はどうしました」
 笑顔で挨拶。歯科衛生士は技術よりも何よりも、とにかく愛嬌。
「入れ歯の具合が悪うて、メシが噛めんのじゃ」
「またですか。一昨日調整したばっかじゃないですか。まぁ診てみますけど」
 お座なりな対応に聞こえるかも知れないけれど、毎日毎日こんなのばっか相手してたら、そりゃこうなるって。それでも「お仕事、お仕事」と心の中で云い聞かせ、ゆっくりとユニットの背凭れを倒し、ライトを口元に当てる。
「はい。お口を開けてください」
 ミヨシさんは昭和17年生まれの79歳。半年ほど前に、左下の五、六、七番を部分入れ歯にしていた。いい加減慣れてもらわないと困るんだけど。
 口の中を覗き込むと、豪快にネギが挟まっている。でも部分入れ歯とは関係のない場所だ。
 歯医者に来る前には歯くらい磨いて来いよ、と胸中で愚痴る。表情にも出ているだろうが、半分以上をマスクで隠してるから多分バレてない。
 プローブでネギを取り除き、入れ歯の収まりを診る。特にガタツキはない。
「うーん。ちゃんとはまってますけどねぇ。まだ違和感とかありますか?」
「いまは判らんけど、メシ喰うとおかしなるんじゃ」
 そう言われてもなぁ。
 留め具を少し調整して、というか、これ以上調整するところもないので調整したフリをしても、ミヨシさんは納得せず、別の患者さんの治療が終わったヤスダ先生に交代してもらった。お爺ちゃん同士の気兼ねのないお喋りの後、宥め賺してようやく帰っていった。
 後期高齢者の医療費負担、もっと増やして良いんじゃねぇの?
 午前中はミヨシさんのような暇潰しがてらのお爺ちゃん、お婆ちゃんばっかし。午後の早い時間は畑仕事帰りの比較的若いお爺ちゃん、お婆ちゃん。そのあとは学校帰りの小学生、夕方以降は中高生。この町には年寄りと子供しかいねぇのか?
 職場での出会いのチャンスは皆無だ。新居浜あたりまで行けば、インターンの先生が来るような歯医者もあるんだろうけど、土居じゃなぁ。
 午後の早い時間、歯列矯正中の小学5年生の男の子のブースに入る。月に1度のペースで診察に来ているハヤトくん。素直で大人しく、扱いやすい子だ。いつもより早い時刻だと思ったら、そういえば子供たちは大絶賛夏休み中か。
「やっぱり奥の方が上手く磨けてないなぁ。矯正は順調だって先生も云ってたから、歯磨きももう少し頑張ってみて」
「はい」
 うん。素直で良い子。
「じゃあ、今日はおしまい。また来月ね」
「ありがとうございました」
 ペコリを頭を下げて立ち上がった少年は、ブースを出て行こうとした足を止め、振り返った。
「あの、もう少し『ガンガル大図鑑』見ていっても良いですか?」
 ガンガル大図鑑?
 待合室に置いてある子供向けの本のことかな?
「いいよ。でも、あんまり遅くならないようにね」
「はい」
 物分かりの良い返事をして、ハヤトくんは待合室へと戻っていった。

 19:50、一日の仕事を終え愛車に乗り込む。ここ、安田歯科医院に就職が決まった時に祖父が買ってくれた軽自動車。先月10万キロを突破したが、まだまだ元気だ。
 発車する前にスマホを確認したものの、それっきりユカからの着信はない。1週間前のドタキャンだなんて、何があったんだろう?
なんだかモヤモヤする。
 そんなときは、甘いモノでも食べて自分自身を癒してあげるしかない。
 途中でコンビニに立ち寄った。バスク・チーズケーキにするか、それともプレミアム・ロールケーキにするか、この際、両方いっちゃう? とスイーツコーナーを物色していると、「あれ、マドカ?」という聞き慣れた声。
「あ、ナツミ。どうしたのこんな時間に?」
 小中高と同級生だったナツミだ。
「それが、旦那が季節外れの風邪でダウンしちゃって、今まで仕事」
 ナツミは夫婦で美容院を営んでおり、幼稚園の娘が1人いる。昔はよくツルんでたんだけど、ナツミに子供ができてからなかなか遊べなくなった。ラインでの遣り取りは毎日のようにやっているけれど。
「じゃあナツキちゃんは?」
「お婆ちゃんとこ。こういうとき親が近くに住んでると助かるわ」
「そうね・・・」
 正直、実感は無いけれど、共感したフリをしておく。
 唐突にナツミがタイミングの良過ぎるネタを振ってきた。
「そういえば、お盆休みにユカとデイリーランドに行くって云ってなかった?」
「そうだったんだけど、行けなくなったってさっき連絡来たんだよね」
 ナツミは驚きもせず、何故か困ったような顔をした。
「やっぱり? いや、さっきね、ユカが店に来たのよ。それで遅くなっちゃったんだけど」
「今日? 平日に美容院って珍しいね」
「そうなの。そうしたら、髪をバッサリ切ってくれって。この間まで、髪伸ばすんだって云ってたのに」
 確かに、春先まで明るい茶髪だったのに、急に黒く染め直して髪伸ばすって云ってたな。もともと気儘なヤツではあったけど・・・。
「それって、もしかして?」
「怪しいでしょ? それで問い詰めたら、新しく出来た彼氏が、ショートカットが好きなんだって」
 やっぱりか。クソッ、アイツに先を越されるとは。悔し紛れに悪態を吐く。
「相変わらず媚びるなぁ、アイツ」
 わたしの口の悪さにナツミも嬉々とノッてくる。
「そうそう。だから、もしかしたらマドカ、ドタキャン喰らうんじゃないかって嫌な予感がしたんだよね。そうしたら案の定なんだもん」
「そっかぁ。そういう理由かぁ。どおりで歯切れが悪いと思った」
 納得はしたが、スッキリはしない。するワケがない。
 そんなわたしの心情を感じ取ったか、ナツミが続ける。
「でも、まぁ、良かったんじゃない。もともと、ユカとそんなに仲良くもなかったでしょ?」
 核心を突かれてたじろぐ。
 だってだって、しょうがないじゃない。幼馴染たちの大半が高校を卒業すると、高松とか松山とか広島とか大阪とかに出て行っちゃって、地元にはほとんど残ってないし、地元に残った数少ない友達はさっさと結婚して子供作っちゃうんだもの。好き嫌い云っていられる状況じゃないし、多少のことは目を瞑っていかないと、友達いなくなっちゃうし。
「いやいや、まぁ、嫌いではないから・・・」
 なんとか言い繕おうとする言葉を遮るように、ナツミは尚も核心を突く。
「気が合うワケでもない二人で旅行したって、マドカは愉しめるのかなって、ちょっと気になってたんだよね」
 だから、しょうがないんだって。彼氏のできなかったこの夏を、ボッチで過ごすなんて辛すぎるじゃない。でも暖かい家庭を築き上げたアナタには、ワタシの気持ちは判らないわよね。だから反論は諦める。
「そ、それは、どうも・・・」
 ユカに続いて、ナツミにも打ちのめされた思いだ。悪気が無いのは判るけど。
「あっ、そろそろ行かなきゃ。じゃあ、気を落とさないでね。またご飯でもしょう。じゃあね!」
 ナツミは云いたいことは云い終えたと云わんがばかりに小走りで行ってしまった。
 スイーツコーナーに取り残されたわたしは、一層モヤモヤが深まり、視界が霞んでくるようだ。

 バスク・チーズケーキに、プレミアム・ロールケーキ、さらにダブル・シュークリームとイチゴ大福の入ったレジ袋を持って家に帰ると、リビングが何やら騒がしい。また兄貴たちが来ているようだ。
「おぅマドカ、おかえり」
 頬を赤く染めた兄が、ビールのグラスを手にしている。
「おかえりなさい。お疲れさま」
 キッチンから何やら盛られた皿を持ってきた兄嫁が、微笑みかける。
「ただいま。よく来るね」
 嫌味っぽく云う。もちろん兄貴に向かって。
「こっちで喰えばメシ代浮くからな。コウジ、しっかり喰って帰れよ」
 長男のくせに、よく臆面もなく云えたものだ。いや、長男だから云えるのか。両親の畑を継ぎ、一生この田舎町で暮らすと決めたのだから。ちなみに、コウジとは兄の子供で、小学一年生。
「コウちゃん、お菓子食べる?」
 モヤモヤを吹き払う勢いに任せたら買い過ぎたので、レジ袋の中を甥っ子に覗かせる。
「いいんですか? すいません」
 兄嫁が芝居じみたお礼を云う。別にこの人のことも嫌っているワケではない。毎日子育てしながら、農作物の選別に梱包、あと会計も担っていると聞いている。慣れない環境で頑張っている。
「よかったらお義姉さんもどうぞ。ちょっと買い過ぎちゃって」
「良いの? ありがとう」
 コウジはバスチー、お義姉さんはシュークリームをピックアップした。
 部屋着に着替えてからリビングに戻り、食事を摂る。
 里芋の煮付に蒸トウモロコシ、あとはサバの塩焼きか。あっちにあるナスとズッキーニの炒め物と、トマトのカプレーゼはお義姉さんが作ったのだろう。
「ご飯は食べる?」
 母がキッチンから顔を覗かせる。
「いらない。トウモロコシ食べるから」
「ビールは?」
 今度は兄だ。
「やめとく」
 ビールも嫌いではないけれど、特別好きでもない。
 そういえば、お祖父ちゃんの席がポッカリ空いている。同じ敷地内の隣の家に住んでいるが、食事は毎日こっちに食べに来る。
「お祖父ちゃんは?」
「また同窓会だって」
 三年前にお祖母ちゃんに先立たれたお祖父ちゃんは、月に一、二度、近所に住む幼馴染三人で飲み会を開くことが数少ない楽しみになっている。飲み会といっても行先はいつも同じ、喫茶店のようなスナックだけ。そこのママさんも同年代の幼馴染らしい。みんなのマドンナだったかどうかは知らないけど。
 3分の1ほどにカットされたトウモロコシに噛り付く。薄らとした塩味が甘さを引き立てていて凄く美味しい。
「美味しい! これ、うちで採れたやつ?」
「当たり前だろ。農家が他所から野菜買ってきてどうすんだよ」
 兄貴が誇らしげに答え、父は嬉しそうにグラスを傾ける。
「へぇ、やるじゃん。去年のより甘くなったんじゃない?」
「試しに新しい品種をちょっとだけ作付けしてみたんだよ。やっぱ、こっちの方が旨ぇよな?」
「うん。旨い旨い」
「そうだろ? これは『ミルキースウィート』っつう品種でな、糖度が十五度くらいあるんだよ。一般的なトウモロコシの糖度は・・・」
 兄貴の農業オタクが炸裂し始めたので、聴いてるふりをしながら食事に専念する。トウモロコシを食べ終えるとサバを一切れ取って、皮をきれいに剥がしてベロリといただく。おいしい! まったりと舌に絡みつくような脂に、焦げ目から漂う香ばしい香り、塩加減も絶妙。皮ってどうしてこんなに美味しいのかしら。
 至極の時間を満喫するわたしに、不思議なモノを見るような目で義姉が零した。
「そんなふうに皮から食べる女の子、始めてみたかも」
「変だろ? こいつ子供のころから身より皮の方が好きでさ、オレが皮を残してると、片っ端から喰っていくんだ」
 兄貴がそう云うと、義姉は一層不思議そうな顔をした。
「皮が、おいしいの?」
「皮、嫌いですか? 魚でも鶏でも、皮が一番おいしいじゃないですか? 今日はお昼に鶏皮唐揚げ食べました」
 悠然と云い切る。好きなモノは好きなのだ。
「そ、そうなんだ。好みは人それぞれだけど、人前でそういう食べ方は恥ずかしくない?」
 尚も義姉はわたしの嗜好が理解できないらしい。
「何云ってんすか。この町のどこに、恥ずかしがらなきゃならない場所があると云うんです?」
 一瞬ポカンとしたが、すぐに納得したようだ。
「まぁ、それもそうよね。お年寄りか子供か幼馴染しかいないものね」
「そんなこと云ってっから、彼氏の一人もできねぇんだよ」
 兄貴が嫌なツッコミをする。父親は、尚も嬉しそうに黙ってグラスを傾けていた。

『やっぱり皮がスキ 3』へつづく


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