やっぱり皮がスキ 13
J⑤
成り行きで乗り込んだクルマは、まるでアミューズメント・パークのバッテリーカーみたいで、乗り込んだ瞬間から腰が痛くなった。小さいのはクルマだけじゃなくて、フリーウェイの道幅も信じられないほど狭い。確かにこんなに狭い道を走るには、これくらい小さいクルマじゃないとすぐにコースオフしてしまいそうだ。
それにしても、辛うじて都市と呼べる程度の地方都市から、更に田舎町に向かっているようだ。ドクター・ミウラからは遠ざかる一方のような気がしてならない。
ドライバーの女性はマドカと云った。なんと27歳。東洋人は若く見えるとは聞いていたが驚きだ。ハイスクールの学生だと云われても納得しちゃう。一時は女スパイかとも疑ってはみたが、そもそもオレが軍属だということは知らないだろうし、色仕掛けの様子もない。安心して良さそうだ。
少年の名はハヤト。ガンガルのことをやたら聞いてくる。オレたちのマシンは下半身だけなんだけど、それを話すワケにもいかないし、サーベルやシールドのことを聞かれても、それらを持つ手がそもそも無い。
パーキングエリアでトイレを済ませたところでスマートフォンが鳴った。サミーからだ。ようやくお目覚めのようだ。ハヤトに「ここで待ってて」と告げ、離れたベンチに腰を下ろしながら通話ボタンをタップする。
「ジェフ、何かあったか?」
サミーの寝ぼけた声がした。
「何かあったかじゃねぇよ。留守録聞いてねぇのか⁉」
「聞いたがノイズが酷くて何云ってんだかサッパリ判んねぇ。大変な事態らしいことは伝わってきたが・・・」
「大変なんてもんじゃねぇよ。出発前に渡されたクレジットカードが、2000ドルも使わねえうちに限度額をオーバーしちまった。いったいどうなってんだ?」
「なんだって? そりゃ大変だ。といってもオレにはどうにもできねぇ。あとで副司令に云っておくからしばらく辛抱してくれ。それより、ジャイロは見付かったか?」
「全然見付からねぇよ。そもそも、キーマンはドクター・ミラーだと云ったな? 本当はドクター・ミウラじゃねぇのか?」
「ミウラ?」
「日本人の名前なら、ミラーよりミウラの方がメジャーだって親切な日本人が云ってたぞ」
「そうなのか? でも、みんなミラーって呼んでたけどなぁ。まぁ、ジャイロさえ手に入れば、どっちでも良い。」
「それはそうだが、ミラーもミウラも見付からねぇ。おまけにカードは使えねぇで、どうにも身動きが取れない」
「判った判った。とにかく副司令に早急になんとかするよう云っておくから何が何でも見付けてこい! 判ったな!」
「判ってるよ。カードの件は頼んだぞ」
リスタートしてから20分ほどで狭いフリーウェイを降りた。相変わらず長閑な景色が続いていたが、一般道は一段と狭い。緑の山に囲まれた小さな畑の間に小さな家がポツリポツリと点在している。想像以上の田舎町だ。
畑の間を縫うように進んでいると、ハヤト少年が尋ねてきた。
「ジェフはどのくらいの期間になりますか?」
どのくらいこっちにいるか、ってことかな?
「うーん、判んないけど、カードが復活したらすぐに出発しないといけない」
こんな田舎に長居は無用だ。早く東京に戻らなくては。
ハヤト少年は暫し考え込むような素振りを見せながら続けた。
「では、明日はまだありますか?」
「どうだろう? 多分、明日には出発しなきゃいけないかも」
「そうですか・・・」
彼は沈んだ表情を見せた。出会ったばかりのオレとの別れを悲しんでくれるのか。なんだか嬉しいな。
「ハヤト、元気出せよ。また、いつか会えるさ」
「うん」
名残惜しそうなハヤト少年に、手を差し出した。彼の小さな手を握ったが、この狭い車内で身体を捩じるのは相当キツイ。
イヨドイ・ステーションでハヤト少年と別れ、再び細い道をクネクネと走り、10分ほどでマドカの家に着いた。農業を営んでいると聞いていたので広大な農地の外れの巨大な邸宅を想像していたが、ジャパニーズ・スタイルの小さい家だ。
スライド式のドアを開けマドカが室内に向かって呼び掛けた。
「ただいまー、顧客を連れて来ました」
靴を脱ぎながらオレに向かって「ちょっと待ってください」と云い残し、家の中への入っていく。
日本人は家に入るときに靴を脱ぐというのは聞いていたが、靴を脱ぐ専用のスペースがあるのは初めて見た。なるほど、家の中は靴を脱ぐスペースより一段高くなっているので、外の泥や砂を室内に持ち込まないようになっているのか。これは合理的だ。
一人で納得していると、マドカと共に小柄な女性が現れた。年齢的にマドカの母親のようだ。
「ようこそ。ああ、大きな外国人。汚いところですが、上がってください」
汚いところ? 靴を脱いで上がるわけだし、それほど汚いようにも見えないが、眼には見えない細菌などがいるのだろうか。
戸惑っていると、マドカが間を繋ぐように続けた。
「この人は私のお母さんです。こちらはジェフです。アメリカから来ました。さあ」
一晩お世話になるのだし、愛想よく挨拶しておかなければ。
「突然押しかけて申し訳ありません。ジェファーソンと申します」
すると、お母さんは不思議なモノを見るような眼でオレを見ている。すかさずマドカがフォローした。
「翻訳者は少し奇妙ですが、あまり心配しないでください。どういうわけかそれは理にかなっています」
翻訳には確かに違和感はあるが、奇妙というほどでもないと思うが。
狭いリビングルームに通され、ソファを勧められる。肩に掛けていたバックパックを下ろして、部屋の中を見廻した。30インチくらいのテレビジョンに、ウイスキーのボトルが並んだ棚。その上には、魚を咥えたクマの彫刻や、トラディショナルなジャパニーズガールの人形、片手を上げた猫の置物。それから、あれはなんだろう? 木製の棒の上に丸い顔が載せられている偶像的なモノ。なんだか統一感がない。そして壁には、子供が描いたような下手な絵が貼ってある。どう見ても子供の絵にしか見えないが、日本で有名なアーティストの作品か何かだろうか?
そこへマドカが皿を持ってやってきた。
「ディナーはまだ早いから、こんな物が好きなら食べてください」
皿にはチーズがとろりと蕩けたスモールサイズのピザが載っていた。やった。やっとピザにありつけた。
「イエス! 最高だよ。ピザ食べたかったんだ!」
「冷凍したものを温めただけなので、美味しさはわかりません。飲み物は何が好きですか? お茶、コーヒー、ビールがあります」
「じゃ、じゃあ、ビール貰ってもいい?」
「オッケー、持ってきます」
やった。ピザにビール、最高の組み合わせじゃないか! グローバル化の波は、日本のこんな片田舎にまで浸透していたのか。
ピザを一切れ頬張ったところへ、マドカがビールを持ってきてくれた。缶には「ASAHI」と書いてある。プルタブを引いて一口煽る。口の中に残るトマトソースとチーズの味を、スッキリとした苦味が洗い流しながら喉の奥へと誘っていった。
プハー! グローバリゼーション最高‼
ピザと缶ビール二本を平らげた後、バスルームへと案内された。ジャパニーズは湯に浸かるとガイドブックに書いてあったが、これがそうか。木製のバスタブをイメージしていたが、ツルツルのプラスチックだ。日本らしくはないが清潔そうだし、湯に浸かるのは一度試してみたかった。おおっ、気持ちいい。ちょっと窮屈ではあるが、案外良いものだな。
マドカもマドカのお母さんも、とても親切だ。洗濯物があれば洗っておくから出しておけとか、「少し小さいかもしれません」と云いつつ着替えも用意してくれた。
初対面の外国人に対して、日本人はどうしてこんなに優しくしてくれるのだろうか? やはり何か裏があるのか? 疑い過ぎるのは良くないが、気を付けておくに越したことはない。間違っても軍属であることはバレないようにしなければ。
しっかり汗を流して風呂を出る。あれ、フラフラするな。ショート缶二本くらいで酔っぱらうハズは無いのだが、1ガロン飲み干した後のような気分だ。ASAHIは飲み口は軽やかだが、実はアルコール度数がかなり高いのだろうか。
ふっくらとしたタオルでしっかり身体を拭き、用意してくれた着替えを手に取る。濃いブルーのピンストライプ柄。ガウンのようではあるが、それにしては生地がペラペラだ。試しに羽織ってみる。もしや、これはキモノではないか? ベルト代わりの紐もある。これで結ぶのだな。やはりキモノだ。でも、袖は辛うじて肘が隠れるくらい、丈は膝までしかない。ちょっとじゃなく、だいぶん小さいな。
風呂を上がってから夕食までの間、隣にあるマドカの祖父の家に行き、一部屋お借りして少し横になった。ASAHIの酔いで火照った身体に、藁のような植物で出来た床がヒンヤリとして気持ちいい。虫よけだという渦巻き状のインセンスの香りにも誘われ、知らぬ間に眠りに堕ちていた。
「ジェフ、起きて」
マドカの声に目覚めさせられた。薄暗い部屋の隅に、蝋燭が一本だけ灯されている。その仄かな灯りが映し出すマドカの影が、オレの身体に覆い被さっていた。そこで異変に気付く。まるで身動きが取れない。キモノを着た身体ごと、ベッドに縛り付けられているではないか。
「マドカ、これは一体・・・」
口を開きかけて思わず口籠る。まるでティーンエイジャーのようにあどけなかったマドカが、黒いエナメルボンテージに身を包み、ボディラインを強調した妖艶な姿を晒していたからだ。
「フォートステュワート第88機甲部隊所属、ジェファーソン・ジェンキンス・ジュニア、あなたが来日した目的を話しなさい」
素性がバレている。何故だ。いつの間に?
「アトランタ国際空港にチェックインしたところから、あなたの動きは全てマークしていたわ。さあ、白状なさい。USアーミーは何をやろうとしているの?」
コツコツとヒールの音を響かせながら、マドカはすぐ傍まで近付いて来て、オレを見下ろした。目前に晒された豊かなボディラインに目を見張る。こんなにデカいバストを隠し持っていたとは到底信じられない。
しかし、いくらマドカがセクシークイーンだったとしても、話すワケにはいかない。
「知らない。オレはだたのツーリストだ」
「あくまでもシラを切るつもりね。判ったわ。やりなさい!」
マドカが号令を掛けると、いつの間にか枕元に立っていたマドカのお母さんが、ハンドル状のモノを廻し始めた。ギリギリと身体が締め付けられていく。
「うっ、苦しい・・・」
全身を括りつけるロープが身体に食い込んでいく。特に腹部の締め付けが強烈であった。
「うっ、し、知らない・・・。オレは何も知らない・・・」
「さあ、いつまで頑張れるかしら。早く吐いてしまった方が身のためよ」
お母さんはハンドルをグルグルと回し続け、身体がギリギリと締め付けられていく。
「ジェフ、正直に云いなさい。ジェフ、ジェフ・・・」
う、うぅ、もう、ダメだ・・・。
「・・・ジェフ、ジェフ、わたしは食べる準備ができています」
そこで目が覚めた。
視界を占めるほどにドアップのマドカの顔が映っていて、慌てて身体を起こした。
「xxx、xxxxxx!」
マドカが何やら驚嘆の声を挙げたが、何を云ったのかはわからない。。
それよりも、隣で尻餅をつくその姿はエナメルのボンテージではなく、ピンクのポロシャツとジャージーパンツ姿だった。
胸はほとんど膨らんでいない。
『やっぱり皮がスキ 14』へつづく